トヨタ「特許開放戦略」で燃料電池車の普及は加速する?
燃料電池車の普及に向け、インフラ整備や市場規模拡大が狙い
今年初め、トヨタ自動車は、同社が単独保有する約5,680件の燃料電池関連の特許すべてを無償公開することを発表しました。
今回の発表では、トヨタは、約70件の水素ステーション関連の特許については無期限で無償提供、燃料電池関連特許の無償提供は2020年末までの期限付とするようです。
トヨタの決断は、インフラ整備や市場規模拡大を狙ったものといわれています。
トヨタだけで全国に水素ステーションを建設するのは非現実的
特許権は独占権であり、自ら発明を独占するか、他者に実施させて利益(実施料)を得るものです。この点では、無償開放は特許の利点を放棄するものです。ただ、燃料電池自動車の場合、水素ステーションが普及しないと自動車としての運行は非常に限られてしまいます。
水素ステーションの方式はいくつかありますが、いずれも従来のガソリンスタンドより複雑な構造で建設コストもかかります。トヨタだけで全国に十分な数を建設するのは非現実的です。水素化社会自体は国策にも適うのですが、トヨタの特許使用が有償であれば補助金を支給するのにも問題が生じるでしょう。この点で水素ステーション関連の特許の無期限無償提供は納得のいくものです。
期限付の燃料電池関連特許の無償提供については実効性に疑問
それに対し、燃料電池関連特許の無償提供が他社の市場参入を促すか、その実効性はかなり疑問です。なぜなら無償開放の期間が6年程度であり、開放の方法も特許権の放棄ではなく実施許諾の無償化のようだからです。つまり、勝手に使えるのではなく、トヨタと契約すれば期間限定で無料で使わせてもらえる、ということです。
しかし、いくら特許が使えても数年で燃料電池自動車が生産可能になるものではありません。すでに燃料電池自動車を研究開発している会社も、既存の自社技術を捨ててトヨタの技術を安易に採用することはないでしょう。特許は技術開発の成果の一部にすぎませんし、6年後以降は有償化されるおそれがあるのに、それを使うでしょうか?この点では競合他社というよりは、部品技術、すなわち、燃料電池や電池まわりの装置やシステムに関わる企業にメリットがあるように思います。
期限付の燃料電池関連特許の無償提供については実効性に疑問
トヨタの決断は対外国的な戦略ともいわれています。ハイビジョンや携帯など、日本は優れた技術を持ちながら国際標準となれずに市場から撤退する例が近年目立ちました。この点で、特許の無償提供は確かに有意義な戦略です。今回の措置で、トヨタの技術が国際的な事実標準になれば素晴らしいでしょう。ただ、これも前述のように、外国企業が単純にトヨタの技術に乗ってくるのか、私は疑問に思います。
率直なところ、燃料電池自動車の市場拡大に直結するとは思えないのですが、インフラ整備や部品の技術開発の促進を通じて燃料電池技術が広く拡散する契機となるという点で産業全体へのインパクトは大きいでしょう。この点では大いに評価できる決断だと思います。
(小澤 信彦/弁理士)
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