謎解きに淫する読者は『フライプレイ!』を読め!

謎解きに淫する読者は『フライプレイ!』を読め!

 いわゆる「本格ミステリー」に殉じる人々の典型がここには描かれている。

 霞流一『フライプレイ! 監棺館殺人事件』は、謎解き趣味に淫したことがある読者ならば絶対に読むべき一冊だ。

 物語は舞台劇を意識した構成になっている。エピグラフで引用されているのはアンソニー・シェーファー『探偵 スルース』とつかこうへい『熱海殺人事件』の一節である。舞台劇であるということを利用して複雑な構造の謎を作り上げた前者と、「誰が犯人になりうるか」ではなくて「誰が犯人にふさわしいか」が議論の中心になった後者、その2つの要素が合体した小説なのだとしたら、皮肉な笑いが混じった内容であるだろうことは推測に難くない。

 舞台となるのは通称「冠の館」、キャリア15年を数えるミステリー作家・神岡桐仁が自らの住居兼仕事場として所有している屋敷である。書けなくなった作家である神岡は、ここで自ら「館詰め」を宣言して3ヶ月の間執筆に専念する生活を送っていた。それを助けるのは編集者の竹之内里子である。可愛らしい風貌に似合わず辛辣な性格でタケノムチ・サドコと陰口を叩く者もいる。その言動に作家たちは心身をやられてしまって相次ぎ入院、書けなくなった神岡が唯一の担当というありさまなのである。

 神岡が書斎に、竹之内がそれを見守る位置に移動した後で突然館には闖入者が現れる。ただでさえ書けない作家をこれ以上邪魔させてはならじと、竹之内は闖入者の前に立ちふさがる。しかしあえなく突破され、書斎の扉は開かれてしまった。そして事件が起きるのである。

 あらすじで書けるのはここまで。事件が起きた後の展開については一切情報を入れずにお読みいただいたほうがいいだろう。後は本屋に急行して現物を、と言いたいところだが、それではさすがに不親切なので曖昧にした形でもう少しだけ本の内容を書いておこう。

 第一に、この本の登場人物は全員が「本格ミステリー」の純度を高めるために準備されており、第一幕以降、あるときは協働し、あるときは裏切り合いながら一つの目的のために動き続ける。それを目の当たりにするのは、まるで小説を書いている作者の頭の中を覗くような読書体験であった。だいたいの場合、謎解きミステリーの作者は探偵ではなく、犯人になりきって作中の事件を構築していくはずである。舞台の上に死体を転がしておくだけでは魅力的な謎を作ることはできない。どんな環境の場所なのか、犯人は死体の置かれた場所にどの程度干渉しているのか、といった要素を加えていくことにより、犯行現場が出来上がっていくのだ。その上でこの犯人は、どのようなミスをすれば自分が犯人であるかということの証拠になるのか、という自縛の条件まで考えていかなければならない。その上で「はい、どうぞ」と探偵に一切の手がかりを差し出すわけである。

 第二に、小説内にはさまざまな情報が溢れかえっているが、そのほとんどに意味があり、謎の解決に向けて寄与しない場合も、事件を装飾するギミックとしては大いに効果を上げている。たとえば「冠の館」には神岡の趣味により先人のミステリーを思わせる器物が多く陳列されているのだが、それはたとえば「敷地の境界の鉄の門にもチャイムが設けられ、これは押しボタン式で、得体の知れぬ獣の咆哮が響く仕掛け」というようなものである。言うまでもなくマーガレット・ミラー『鉄の門』『狙った獣』『これより先怪物領域』を意識した趣向であるわけだ。それ以外にもやりとりの中で、

「うえっ、金蝿?」

「コガネムシだよ。黄金のスカラベ」

 などとあるのは、エドマンド・クリスピン『金蝿』とエドガー・アラン・ポー「黄金虫」の両方にかかっている。こういう風に細部に至るまで装飾が施された造形物なのだ。

 なによりも第三に、本書では推理の趣向をたっぷりと楽しむことができる。ドロシー・L・セイヤーズやクリスチアナ・ブランドの作品を思わせる、いつ終わるとも知れない推理のくだりは心地良く読者を酔わせるはずだ。さらに言えばどんでん返しにも芸があり、片時も油断のならない読書が楽しめる。

 霞流一は「動物の名を冠した題名」「奇想天外なトリック」「スラップスティックな笑い」などを盛り込んだ、他に例のない作風で知られてきた作家だ。しかし本書では飛び道具的な要素は極めて抑え気味にして、自身の本拠地である「本格」の趣向を貫くことに徹している。フィクションの極地をいくような内容であり、自身の新たな代表作にしようという意欲を感じる作品だ。その心情を、ある登場人物の台詞が代弁していた。

—-そうなのさ。狂おしい創造なんだよ。ミステリの先達が残してくれた数多のアイデアに通暁しなければならない。常に過去を見据えていなければならないわけだ。しかし、その上で新たなアイデアの創作にも心血を注ぐ。前進しなければならないのだ。そう、まるで、後ろを向いたまま、前に向かって疾走するようなものだ

(杉江松恋)

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