英語公用語化について

内田樹の研究室

今回は内田樹さんのブログ『内田樹の研究室』からご寄稿いただきました。

英語公用語化について
「ユニクロが公用語、英語に」という新聞の見出しを見て、「UNIQLO」という単語が英語の辞書に採択されたのか、すげえと思っていたら、そうではなくて、社内の公用語が英語になったのである。

日本の企業ではすでに日産と楽天が公用語を英語にしているが、ユニクロも“日本のオフィスも含めて、幹部による会議や文書は基本的に英語とする”ことになった。柳井正会長兼社長は「日本の会社が世界企業として生き残るため」と語っている。海外で業務ができる最低限の基準として、TOEIC700点以上の取得を求めるのだそうである。こんな時代にサラリーマンをしていなくてよかったなあ、と心底思う。

英語が公用語という環境では、“仕事はできるが英語はできない”という人間よりも“仕事はできないが英語ができる”という人間が高い格付けを得ることになる。英語が公用語になったある学部では、英語運用能力と、知的ランキングが同期してしまって、授業が困難になったという話を聴いたことがある。その学部では“ネイティヴスピーカー”が知的序列の最上位に来て、次に“帰国子女”が来て、最後に“日本育ちで、学校で英語を勉強した人間”が来る。

日本人教師たちのほとんどは最後のグループに属するので、教師が授業で何かを訥々(とつとつ)と話しても、ネイティブが滑らかな英語でそれを遮り「あなたは間違っている」というと、クラスは一斉にネイティブに理ありとする雰囲気になってしまうのだそうである。教師はたまりません、とその学部の先生が涙目で言っていた。

これもある大学の話。ネイティブの教員が教授会で、この大学の教員はバカばかりで、私に英語で話しかけてくる同僚がほとんどいないと(英語で)演説したことがあった。この人は“自分にだれも話しかけてこないこと”の理由をもっぱら同僚たちの英語運用能力の不足に求めていたが、“いやなやつにはだれも話しかけない”という経験則を勘定に入れ忘れた彼女の知的不調こそがコミュニケーション失調の主因ではないかという可能性は考慮しなかったようである。

というように日本の組織で、英語を公用語化した場合には、いろいろな悲喜劇が展開することになる。

私自身は『リンガ・フランカのすすめ』でも書いたように、国際共通語の習得は日本人に必須(ひっす)のものだと思っている。ただ、その習得プロセスにおいては、決して“言語運用能力”と“知的能力”を同一視してはならない、ということをルール化しなければ“植民地主義的”なマインドと“買弁資本的おべんちゃら野郎”を再生産するリスクが高いということは繰り返し強調しておかなければならない。

『リンガ・フランカのすすめ』
http://blog.tatsuru.com/2010/05/12_1857.php

リンガ・フランカの習得のためのルールをもう一度確認しておく。
(1) 会話中に、話者の発音の間違い、文法上の間違いを指摘してはならない
(2) 身ぶり手ぶりもピジン(混成語)もすべて正規の表現手段として認める
(3) 教師は“英語を母語としないもの”とする
以上3点である。

この条件が満たされなければ、国際共通語を国民的規模で円滑に習得させることはできないと私は思う。

英語とリンガ・フランカはまったく別のものである。リンガ・フランカは英米文化とは“まったく無関係”の純粋なコミュニケーション・ツールである。ツールである以上、それは徹底的に道具的に使用されなければならない。それは“道具を使ってやる仕事の完遂”が“道具運用技術の巧拙”よりも優先するということである。

真に実践的な精神は、料理をするときにトンカチを使い、糸ノコを使い、たこ糸を使い、『ホッチキス』を使うことを厭(いと)わない。素材や調理法が要求するなら、どんな道具でも繰り出そうじゃないの、というのが真の料理人である。私はこの関孫六の包丁一本しか使わないという人は“刃物フェティッシュ”ではあっても料理人ではない。その順序を過つと(たぶん過つと思うが)、英語を公用語にした企業の未来はあまり明るくないであろう。

執筆: この記事は内田樹さんのブログ『内田樹の研究室』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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