異源生物がうごめく地へと時空転移した町。非現実的な世界を生き抜く日常。

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異源生物がうごめく地へと時空転移した町。非現実的な世界を生き抜く日常。

 森岡浩之の新作。This time it’s disaster!(今度は災害だ!)

 デビュー作「夢の樹が接げたなら」をはじめとする短篇では言語とリアリティの関係を探る先鋭的な試み、人気シリーズ《星界の紋章》では新感覚のスペースオペラ、『月と炎の戦記』では伝奇ライトノベルと、次々に新境地を拓いてきた実力SF作家が『突変(とっぺん)』でまた違った相貌を見せつける。

 冒頭は、病院で病を告げられた夫婦の情景だ。深刻な状況を受けとめる気丈な妻と、その妻を大事に思う不器用で一本気な夫。やりとりのなかから家族や、彼らが暮らす町の日常がありありと立ちあがる。このあたりの筆致は半村良ばりの艶だ。しかし、そのなかに不意に「沖縄は裏返った」なんて言葉が出てきてギョッとなる。

 たとえ未曾有の災害、予期しえぬ惨禍であってもひとたび起こってしまえば、それほど時間をおかずあたりまえのように受けとめられ、語られるようになる。非常時が継続していていたとしても、生活や日常は戻ってくる。戻さなければならない。SFやパニック小説は「未曾有」「予期しえぬ」の衝撃を描くのは得意だが、「あたりまえ」の視点へまで想像力を及ばせたものは少ない。スペクタクルや派手なドラマで物語をつくっても、息をしている人々、日々のことに悩む町内は取りこぼされてしまいがちだ。

『突変』はそれを逆転させる。日常のなかから描きはじめ、その背後にわだかまる異常事態を明らかにしていく。その異常事態とは突然に起こる変移災害だ。かなりの広さの地域が”裏地球”と入れ替わってしまう。最初の移災は七年前、インド洋にあるチャゴス諸島の沖合の海域で発生した。人の居住地は含まれていなかったので犠牲者はなかったが、漁船の網に、八十二種にもおよぶ奇妙な生物がかかった。裏地球から(というよりも裏地球ごと)やってきた異源生物だ。これら奇怪な動植物のありさまもスリリングで、さすが森岡浩之、オールディス『地球の長い午後』をはじめとする異様生態SFを読みこんで、その感覚を自家薬籠中のものとしている。

 さらに面白いのは、異源生物に興味を持つ子どもたちがいることだ。登場人物のひとり真上拓海(五歳)は、裏地球由来の生物が網羅されている『最新チェンジリング図鑑』を携帯し、将来は異源生物同定士になることを夢見ている。ふつうの子どもが昆虫や怪獣に夢中になるのと同じだ。これも異常事態が「あたりまえ」化している一端である。その一方で、異源生物同定士なる資格があることは事態の難しさを示している。異源生物は外来種でありこちらの地球の生態のバランスを崩す恐れに加え、未知の感染症を媒介する可能性もある。それどころか直接、人間に害を及ぼす種も存在するのだ。

 チャゴス諸島沖以降、世界各地で移災は発生しており、拓海の父も出張中に関西大移災に遭遇し、裏地球へ行ってしまった。拓海はリサイクルショップで働く母の美咲とともに、関東の酒河(さかがわ)市で暮らしている。作品冒頭に登場した闘病の夫婦もこの町の住人で、夫は町内会長だ。そのほか、家事代行会社の女性スタッフ(非常事態が発生したときに対処する予備環境警備官でもある)、移災は米軍の秘密兵器によって引き起こされたと陰謀論を唱える市会議員、仕事にうんざり気味だがとりあえず真面目なスーパーマーケット店長など、カリスマやヒーローの器はひとりもいない。

 その酒河市が前ぶれもなく裏返ってしまい、いよいよ本筋の物語が立ちあがる。地域ごとの裏地球へ変移したので、日常生活は継続している。しかし、ライフラインは分断され、食糧もやがて底をつくことは確実だ。行政機能を備えた拠点が含まれていなかったため、町内会レベルの統治で対応しなければならない。異源生物への対応は防除団、物資はスーパーが在庫品を拠出、意思決定はとりあえず町内会長。町の土建屋、地域の病院、飲食店なども自主的に動きはじめる。その一方で、二丁目と三丁目とが利害でもめたり、地域のコミュニティに属していない帰宅不能者が立ち往生したり、手がまわらないことも山積みだ。こうしたディテールが生々しい。

 混乱と閉塞のなか一閃の希望がさす。ラジオ放送を受信したのだ。ギンガジョー(?)と名乗る局が「試験放送です。臨時ニュースをお送りいたします。時空交換が発生しました模様です。時空転入してきたのは、酒河市の一部と見られ……」とアナウンスをしている。先に裏地球へ変移してきた人たちが安定した生活基盤を築いているのだろうか? そうだとしても、彼らは酒河市の住民たちに手を差しのべてくれるだろうか? 

 こうした俗世の問題に人々が対処しているかたわらで、裏地球ならではの大きな脅威が迫る。体長五十メートル級の異源生物ビューグラーが、町を横切る進路をとっているのだ。ひとつの町の命運が日常と非日常との大きな振幅のなかにある。この独特のスケール感がこの作品の新鮮さであり、森岡浩之の膂力である。

(牧眞司)

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