異貌の空間をかたちづくる抜群の表現力。アイデアの吃驚度にも注目。
連作《パラディスの秘録》に属する八篇を収めた短篇集。この連作に属する作品は、すでに『幻獣の書』『堕ちたる者の書』(ともに角川ホラー文庫)が邦訳されており、原書の発表順でいえば本書が三冊目。あと一冊、『狂える者の書』も創元推理文庫から近々刊行される。ただし、作品内の時系列が順番に並んでいるわけではなく、作品相互のストーリー的な関連性も薄く、連作を各個に読んでもなんら支障はない。
パラディスとは別な歴史線のパリであって、こちらのパリと共通のできごと(革命など)も起きてはいるが、決定的に違うのは神秘の密度だ。妖異なる存在や魔術の働きが日常のなかに潜んでいる。主役はパラディスという都市空間だとも言えなくもない。ただし、舞台はパラディスに固定されているわけではなく、街から遠く離れた農村だったり海外の植民地だったり、さまざまだ。
本書の題名が示すように、「死」のモチーフが全収録作品を貫いている。また、ほとんどの作品でエロティシズムや恋愛が絡む。タニス・リーのそれは俗っぽい彩りではなく、作品の主題と不可分だ。すなわち、情熱と死とがひとつコインの裏表のようにくるくる入れ替わる。それがとくに鮮明にあらわれているのが「悪夢の物語」で、ここで繰り広げられる主人公ジャンと恋人ジャンティリサとの愛執は凄まじい。この作品は父の仇を追うジャンの復讐譚として開幕し、土着の秘術と出会い(それをなす一団を目にしたジャンは「ここは悪夢の国だ」と心を砕かれてしまう)をきっかけに、戦慄の恐怖劇へ移調する。その急激な転換に相即してあらわれるのが、魅惑的な娘ジャンティリサだ。花のようでありながら黒き乙女。清純でありながら肉感的。欲情と憧憬とが交錯する。この不思議な感情の昂ぶりが、ジャンに待ち受ける残酷な運命へ結びついていく。
細かく抑揚をつけるタニス・リーの筆致のみごとなこと。ストーリーの運びだけではない。背景や雰囲気がたくみにつくられているからこそ、ドラマが引きたつのだ。この際立った表現力をまず讃えるべきだが、そのうえでさらに付け加えたいことがある。
タニス・リーは直球型の怪奇もけっこうイケる。ワン・アイデアを隠しておいて、結末でストンとオトす—-「実は○○でした! がーん!」式の—-物語を書かせても一級だ。そんな面白さも、この短篇集でいくつか味わえる。
たとえば「鼬の花嫁」。この作品では、冒頭でロマンチックな異類婚姻伝説が示され、それをなぞるかのように不吉で不幸な新婚初夜の事件が語られていく。物語に立ちこめる雰囲気からは、事件の裏に秘められた艶麗な悲劇が予感される。しかし、クライマックスで待っているのは、派手なショックだ。この一撃のためにそれまでの精緻な描写が仕組まれていたわけで、ぼくはしばらく呆然となった。一度読んだらもう忘れられない。
「美しき淑女」も同趣向。〈疫病の乙女〉〈悪疫の天使〉と噂されるジュリ・ディスの物語で、彼女が訪れた場所では重病にかかる者や、ときに死者まで出る。この女のことが気になって主人公が調べると、ジュリには魔術師が呪いをかかった取り替え子だという噂があった。そして、やはり不吉で不幸な事件が起こり、この先の興味はもちろんジュリの正体に集中する。しかし、まさかそんなこととは! このクライマックスもかなりショッキング。「鼬の花嫁」よりいちだんとパルプ小説風だ。
「世界の内にて失われ」は秘境冒険小説(「訳者あとがき」によればコナン・ドイルへのオマージュとのこと)。主人王は、広く異国を旅したふたりの旅行者が残した文書と地図と頼りに、登攀不可能な山々に囲まれ先史時代のままの環境・生態系が残っている〈神の谷〉を見つけようと試みる。好事家である主人公が暮らす部屋のたたずまい、そして冒険の旅で出会った巨大な山脈の情景—-タニス・リーはくっきりと描きだす。この筆致に魅了されながら読み進んだ読者は、結末で度肝と抜かれる。〈神の谷〉の驚くべき謎は、一発芸的なセンス・オヴ・ワンダーだ。これで文章が荒削りだったら、エドモンド・ハミルトンの初期作(それこそ〈ウィアード・テールズ〉に載っていそうな)と間違えちゃうかも。
(牧眞司)
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