“「サプリメントは効果なし」記事の不勉強

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“「サプリメントは効果なし」記事の不勉強

今回は安西英雄さんのブログ『米国統合医療ノート』からご寄稿いただきました。

“「サプリメントは効果なし」記事の不勉強

“「サプリメントは効果なし」米医学誌がバッサリ”*1というBLOGOSの記事が、ツイッターのタイムラインにいくつかリツイートされてきました。またか、と思いながらも時間がとれませんでしたが、ようやく原著を読んだのでコメントします。(ひどいお話でした。長文になります)

*1:「「サプリメントは効果なし」米医学誌がバッサリ」 2013年12月20日 『BLOGOS』
http://blogos.com/article/76369/

記事のソースをたどるとアメリカの医学誌、内科学紀要です。12月17日号*2にサプリメントの論文が3つ載り、さらに編集部が論説(Editorial)を載せました。その論説のタイトルが「もう十分だ:ビタミン・ミネラルサプリメントにお金を浪費するのは止めよう」という過激なものでした。

*2:『Annals of Internal Medicine』
http://annals.org/issue.aspx?journalid=90&issueid=929454

そのためいくつかの米国ニュースに取り上げられ、「ニューヨーク在住のサステナブルビジネス専門家」がそれをBLOGOSに投稿しました。おそらくいくつかの英文ニュースをなぞっただけで、大元の医学誌までは読んでないものと思われます。3つの論文と論説について、一つ一つ説明しましょう。

●第1の論文について

第1の論文*3は、マルチビタミンが心筋梗塞を起こした人の再発を防止するか、という臨床研究でした。マルチビタミン群とプラセボ群の間に有意差なし、という結論ですが、実はマルチビタミン群のハザード比は0.89で、有意ではないものの死亡リスクは低くなっています。

*3:「Oral High-Dose Multivitamins and Minerals After Myocardial Infarction: A Randomized Trial」 2013年12月17日 『Annals of Internal Medicine』
http://annals.org/article.aspx?articleid=1789248

心臓イベントの発現を表したグラフも、5年のあいだ一貫してマルチビタミン群のほうがプラセボ群の下をたどり、その差は次第に開いています。さらに層別解析では、開始時にスタチン剤を使っていなかった人々では、マルチビタミン群で38%という大きなリスク低減効果が得られています(P=0.012、有意差あり)。つまりマルチビタミンには何らかの効果がありそうだ、と示唆されているのです。

しかもこの研究には大きな弱点が見られます。弱点その1は、約半数の人(1708例中784例、46%)が途中で脱落していることです。これは研究計画に大きな無理があり、計画は失敗だったことを示しています。研究者らもわざわざ「この結論は、試験計画を守らなかった割合が高いため、弱められている」と結論に付け加えているほどです。

弱点その2は、プラセボ群がほんとの「ビタミンゼロ」群ではない、という点です。この研究では同時にキレーション療法の効果も調べようと欲張りました。試験開始後1年から2年ほどの間、参加者全員が毎週のようにキレーション注射(またはプラセボ注射)を受け、キレーションによるビタミンの枯渇を予防するため、全員が低用量のビタミン剤を飲みました。

その上、参加者の約半数(1708例中715例、42%)は、試験が始まるまで自分でマルチビタミンを飲んでいました。試験開始とともに自分のビタミン剤は止めることになっていますが、ビタミンの効果はしばらく持ち越されることがわかっています。さらに前述のように全員が最初の1・2年ほどは低用量ビタミンを飲んだので、プラセボ群に振り分けられた人でも、ビタミンの作用が一定あったものと思われます。

つまり第1の論文は対照群が適切とは言えず、脱落により症例数が予想より減少して有意差の検出力が弱まりました。有意差があるのに見出せない(偽陰性)リスクの高い試験です。第1の論文から「マルチビタミンなんて効かないんだ」という結論を引き出すとしたら、それは気が早いというものです。

●第2の論文について

第2の論文*4は、マルチビタミンが健常な高齢者の認知機能の低下を予防できるか、という臨床研究です。この研究では確かにマルチビタミン群とプラセボ群の間に有意差はなく、違いがありそうな様子も見られませんでした。

*4:「Long-Term Multivitamin Supplementation and Cognitive Function in Men: A Randomized Trial」 2013年12月17日 『Annals of Internal Medicine』
http://annals.org/article.aspx?articleid=1789250

しかし研究者らも述べていますが、この研究の対象になったのは全員が米国の男性医師でした。つまり健康維持の知識もあり、いいものを食べて栄養も足りている人々です。そういう人々には、マルチビタミンの上乗せ効果は無かった、ということです。

またこの研究で用いたマルチビタミンは、第1の論文で用いたものに比べると、はるかに含量の低いものでした。つまり第2の論文は、この特殊な対象者に対し、この低用量では効果がなかった、と理解すべきだと思います。

●第3の論文について

第3の論文*5は、ビタミン・ミネラルの心臓動脈疾患やがん予防効果についての過去の論文を網羅的にひろいあげ、それらを統計的にまとめて再解析した、メタ解析論文です。

*5:「Vitamin and Mineral Supplements in the Primary Prevention of Cardiovascular Disease and Cancer: An Updated Systematic Evidence Review for the U.S. Preventive Services Task Force」 2013年12月17日 『Annals of Internal Medicine』
http://annals.org/article.aspx?articleid=1767855

著者らの結論は次のような内容でした: エビデンスは限られており、ビタミン・ミネラルのがんや心臓動脈疾患を予防する作用は支持されていない。2つの研究が男性ではマルチビタミンががんのリスクを下げることを示しているが、心臓動脈疾患では効果がない。

つまりこの論文は「効果がない」と全否定しているのではなく、男性でがんのリスクが低減する効果を示した研究が2つある(作用は小さく有意差は境界線ではあるが)、と認めているのです。しかもこれら2つの研究は質が高い、と論文中で何度も言及しています。

このように、3つの論文を公平に読むと、どれも「マルチビタミンは効果がない」という根拠としては薄弱であることがわかります。第1の論文は、研究計画そのものに疑問があり、効果が見出しにくくなっています。第2の論文は、対象者と使ったビタミン剤に疑問があり、効果が見出しにくくなっています。第3の論文は、逆に一部では効果が否定できないことを認めているのです。これらをもとに「サプリメントをバッサリ」切るとすれば、それは軽率すぎる判断ではないでしょうか。

●論説について

さて4つ目の要素として、これら3つの論文を引き合いに出しながら書かれた編集部の論説を見てみます。「もう十分だ」というタイトル自体が、もう十分に感情的ですが、本文はさらに過激です。

編集部の論説を抜粋します。「メッセージは単純だ。大部分のサプリメントは慢性疾患や死を予防しない。それらの使用は正当化できない。それらは避けるべきだ。」「これらのエビデンスは研究に対しても示唆するところがある。抗酸化剤、葉酸、ビタミンB群は慢性疾患予防には有害であるか無効であり、これ以上の大規模な予防をめざす臨床研究はもはや正当化されない。」 

なんとこれ以上の研究を止めろとまで言っています。しかし3つの研究論文は、どれも自分たちの研究には弱点や限界があることを認め、さらなる研究が必要だと述べているのです。

このようにこの論説は、3つの論文を引用した形をとりながらも、実はそれらの内容を正しく伝えたものではありません。3つの論文から都合の良い部分だけを切り取り、日頃の自説を強引に主張しただけの、偏ったものです。科学者としてはどうかと思う、客観性と慎みを欠いた感情的・政治的な文章だと言って良いでしょう。

●BLOGOSの記事について

最後にもう一度BLOGOSの記事に戻ります。著者である「サステナブルビジネス専門家」は医学は専門外なのでしょう。論説と研究論文の区別も知らず、大元の論文には恐らく当たることもないまま、拡声器のように偏った論説の片棒を担ぎ、3論文の本来の主旨から離れた内容を広める結果になりました。

日頃からこの方面の論文を数多く読み、全体の流れを知っていれば、1つ2つの論文で右往左往することはありません。しかし一般の方は、このBLOGOS記事を鵜呑みにした人も多いことでしょう。この著者は、ニュースのうわべだけをなぞって内容の希薄な記事を書いたばかりか、話をサプリメント全般にまで拡大し、否定して見せました。なんとも罪深いことをしたものです。

米国では、栄養・運動・ストレス緩和などの「柔らかな介入」の効果が見直され、どんどん研究が進んでいます。いまや米国の全病院の42%がこのような治療法を医療に取り入れ(アメリカ病院協会による調査)、医療のあり方自体が変わりつつあります。すなわち医療界の力関係にも利益の構造にも、その影響は及びつつあります。

そうなると当然ながら一部にはこの流れに反発を覚える人々がおり、事あれば叩こうと待ち構えています。また一部には不心得なサプリメント会社が存在し、これまた社会に批判の種を供給しています。こうしてサプリメントへのバッシングは止むことがありません。

しかしながら、そういう表層的な波紋の底のほうに目を移すと、栄養・運動・ストレス緩和などの心身相関、さらに広く鍼灸・マッサージ・ヨガ・太極拳など、これまでの医療では軽視されていた柔らかな介入をきちんと再評価し、良いものは医療に取り入れようとする力強い流れがあります。この動きは止めようがないだろうと思います。

わが国ではいかがわしい健康食品が多く、国の規制も不十分で、「医療」の枠を薬と手術だけに押し止めたい医療保険制度の桎梏があります。そのためサプリメントは相変わらず軽視され続けており、それを叩くのも抵抗感がないのでしょう。この記事を鵜呑みにしてリツイートした多くの人も、同じ空気の中にいるのでしょう。

わが国のこの状況が容易に変わるとは思えませんが、偏見でいいものへの目が曇ってしまうとすれば、いかにももったいない話だなあと思えてなりません。

長々と失礼しました。

執筆:この記事は安西英雄さんのブログ『米国統合医療ノートからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年12月27日時点のものです。

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