もっと過剰に感動させてください! 映画『カノジョは嘘を愛しすぎてる』

usokanokoushiki


・蛙とレインブーツ
・ロックンロールはセックスを意味する
・微妙なエンピツ
・PURE CHOCOLATE
・ぬくい気持ち
・恋じゃない
・寝ても覚めても
・脱出
・体育倉庫の匂いなんで知ってるの?
・サッピング ミー
・リモートコントロール
・苦しい名前

……これはまだ若くて青臭い自分の志を信じてがんばっている路上詩人が書いた詩ではありません。そうです、あのクリュード・プレイのアルバムに収められた楽曲名なのです。え、クリュード・プレイって誰って?
「カノ嘘」ですよ「カノ嘘」。現在絶賛公開中の映画『カノジョは嘘を愛しすぎてる』ですよ! その中に出てくる若きカリスマバンドが、クリュード・プレイなのです!

panhusyasin

ある日、私が大手シネコンに行ってふと手に取った小冊子。それは映画化され近々公開されるマンガ『カノジョは嘘を愛しすぎてる』の縮小版サンプル冊子でした。そこには、ヒロインがタワーレコードでCDを試聴しているコマがあり、彼女が手にしたクリュード・プレイのCD裏ジャケがドカンと描かれていました。いえ、ドカンというほどの大きさで描かれていたわけではないのですが、上記に書かれた楽曲名のあまりにも、な感じ、お分かりいただけるでしょうか。背筋に電気ショックが走ったような衝撃を受け、私はさっそくマンガ喫茶に走りました。

物語の始まりはこんな感じです。
ヒットチャートを駆け抜け絶賛売り出し中の男性4人組バンド、クリュード・プレイ。その楽曲全てを作詞作曲している天才サウンドクリエイター、秋。ファンには素性が知られぬ彼が、ふと口ずさんだメロディを耳にした高校生、理子。偶然に出会った二人。秋は理子に声をかける。

「一目惚れって信じますか?」

そこから紡ぎ出される音楽と恋の物語。
普段少女マンガを読み慣れていない私も、なかなかのファンシーさと、お下劣さと、ナルシズムを備えた物語中の感情の降り幅に、しばし時間を忘れて思わず現実逃避。強力な原作を得て、数々の青春難病モノで我々を感動させてくれたあの、ちょっと前の日本映画界(今でもそうか)がついに動いたか、と思わせる予告編に惹かれて(これってNANAのパクごにょごにょ)公開初日……に行けなかったので、2日目に見てきました。
イケメン男性陣の演技の中にナルシズムは確かにありました! 佐藤健! 窪田正孝! キモカッコいい! 少々の不自然さがよりナルシスティックな要素を加速させます。

ですが、あれ……? あの臆面もなく何度も何度も繰り返されるオノマトペはどこへ行ってしまったんでしょうか。ドキンドキン! (顔が赤くなる瞬間の)カァ! 映画にオノマトペは当然付けられませんので仕方がないのですが、女子が完全に「持っていかれる」であろうナルシスティックな男子と(こちらは合格してるかな)、いつまでも甘い気持ちを持ち続けていたいと思うであろう夢見る乙女が織りなす、凍り付くように感情を揺さぶられる涙涙の物語! ……は映画の中に見受けられませんでした。残念。

ナルシスティックな俳優陣にヒロイン押され気味で空気……

「思いっきり中出ししてやればよかった 妊娠すればよかった そしたら結婚してやるのに」
これは、秋がゴーストライティングで曲を提供しているシンガー、茉莉(2人は付き合ったり別れたりなんだり)を思って吐く原作の台詞なのですが、こういう生々しい要素が映画版では欠落しちゃっています。虚勢を張りつつも、すぐ涙を流してちょっと弱々しい、この作品の中で「性」を突出して持ち合わせているはずの茉莉を、相武紗季が演じてしまっているのも失敗です。色黒でたくましい感じに見えちゃう。

男性陣の演技は見事に一辺倒。皆、高笑いの演技が酷い酷い。しかし、それはこの映画においては一つの正解なのです。問題は劇中バンドMUSH&co.のボーカルとして、5000人の中から選ばれたヒロイン理子役の大原櫻子。確かに歌はうまい。でも、男性陣の過剰に一辺倒な演技に押されて、過剰な演技で応えればよかったのに、空気を読まずに空気のような存在感。原作では「好きな物 タマネギ クリュード・プレイ アコギにミクシィ タワーレコード 初めてのカレシ」と独りごちるJKですから、もっと過剰に夢見る少女でいさせてあげたかったものです。

もしくは、秋と対立関係にあるクリュード・プレイのベーシスト、心也と、理子を取り合うドロドロの三角関係を極端に取り入れればよかったのかも。原作のようにデモ音源を聴くなり「(秋は)ただの天才ですよ」と心也に言わせたかった。ヒュー! 心也カッコいい!

それから冒頭の「一目惚れって信じますか?」の後にはキャッキャ言ってそれは冗談だと取り繕うコマが原作にはあるのですが、映画版にはそういったコミカルな部分とシリアスな部分との振り幅がないのでもったいないなあという気持ちになってしまうのです。秋をDT(童貞)だと馬鹿にする下りとか。「BのKJのRKさんはKW」とかの言葉遊びも、ぜひやってほしかった(詳しくは原作で)。

原作ファンに応えた胸キュンシーンも! キャー!

原作のエッセンスがしっかりと継承されているシーンはなんといっても−—

理子「でも これから泣くでしょう?」
秋「え なんだこれ ダセー サイアク 引くっつーの」

といって秋が涙を流す下りでしょう。私があなたを守ってあげる……。このシーンは実に実に味わい深い。
あと、秋が近くに住んでいるという設定で原作にも多少は出てくるのですが、映画版ではとにかく何が起こるのも橋の上か川沿い。橋、橋、中央大橋。二人の揺れる心を繋ぐ架け橋。東京都江東区にお住まいの皆さんへのサービスですね。そして新築高層マンションに憧れを抱く方々の心をざわつかせる。

この原稿に特にネタバレはありません。あ、素敵なキスシーンはぜひ映画館でお楽しみください。もれなくペプシネックスの味の説明までついてきます。こうしてペプシネックスをネタにキスをする若者が増えていくのでしょうか。
映画を見て聴いて思い浮かべるのはやはり同じく音楽業界を舞台にした『NANA』ですが、こちらも『NANA』のようにメディアミックスして劇中のバンドを現実でもデビューさせたり、これまたマンガと同じくタワーレコードやペプシ(これは原作の時点でコラボしてますね)と連携して成功を狙っているようです。しかし同じ音楽業界映画なのに、あまりに音楽が耳に残りません……亀田誠治さんごめんなさい。劇中の楽曲は現実でも各音楽配信チャートで1位を獲得しているようですが……それにしても伊藤由奈の「ENDLESS STORY」は本当にいい歌だったなあ。カバーだけど。

一応この映画は完結するように出来ていますが、この作りなら本来空気にしてしまってもいいはずの茉莉の出番が多いのと、広報ウーマン谷村美月が映画版だけを見ていると謎の存在としてちゃっかり出演してしまっているところを見ると、興行成績によって続編もしたたかに狙っているということでしょうか。映画以前の登場人物を描くショートドラマも放送されているところを見ても、フジテレビは「カノ嘘」を旨味のつまったコンテンツとしてTVドラマ展開も試みそうですが、さてさて。

映画『カノジョは嘘を愛しすぎてる』
2013年12月14日全国ロードショー ※絶賛上映中
公式サイトhttp://kanouso-movie.com

(C)2013青木琴美・小学館/「カノジョは嘘を愛しすぎてる」製作委員会

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真利夫

『超ハウス・ディスク・ガイド』『スタジオボイス』『ミュージック・マガジン』等にダンスミュージックをメインに寄稿してました。

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