【好きすぎて移住】タカラジェンヌ水美舞斗に魅せられ、推し活ライフが開幕。北海道から宝塚へ移住、窓から宝塚大劇場が見える「ヅカファンのための宿」を開いた夫婦

【好きすぎて移住】タカラジェンヌ水美舞斗に魅せられ、推し活ライフが開幕。北海道から宝塚へ移住、窓から宝塚大劇場が見える「ヅカファンのための宿」を開いた夫婦

「推し」への愛が高じて、聖地やゆかりの地へ移住しちゃった人たちにインタビューする連載企画「好きすぎて移住 ~私の推し活~」。

今回は、一人のタカラジェンヌを推しまくるあまり、北海道から兵庫県の宝塚市へ移住してしまった岩瀬絵奈(いわせ・えな)さんと、夫の一寿(かずとし)さん。宝塚歌劇団の男役スター「水美舞斗」(みなみ・まいと)を熱愛し、宝塚大劇場を中心に水美さんの出演する公演へ出向くうちに「宿」の重要性に目覚め、宝塚歌劇を愛する女性限定の民泊を開業。自然豊かな北海道から関西に移住して、実際どうだった?民泊って自宅で開業できるの?そして、人生を変えてしまうほどの宝塚歌劇の魅力とは?根掘り葉掘り聞いちゃいました。

タカラジェンヌが好きすぎて北海道から宝塚市へ移住

「自分が将来、宝塚市で民泊を始める人生になるとは、結婚当初は想像もしていませんでした。でも私は、予想がつかない人生を楽しんでいます」

「宝塚歌劇」を愛する女性のための宿「お泊まり家 サザンクロス」を営む岩瀬絵奈さん(48)は、そう語る。

兵庫県宝塚市に本拠地を置く宝塚歌劇団。阪急電鉄「宝塚」駅から徒歩約8分の場所に「宝塚大劇場」が威風堂々とそびえ立ち、駅から劇場へ続く遊歩道「花のみち」はヨーロッパを思わせるエレガントな風景となっている。駅を降りると早くもタカラヅカ流のファンタジックな世界が広がる、夢のような場所なのだ。

女性のみが舞台に立つ「宝塚歌劇団」は1914(大正3)年に初の公演を行って以来、歌やダンスなどの要素を取り入れた華麗な作品を上演し続けている。宝塚歌劇の演目は古今東西を問わない。文芸原作、歴史劇、SFなどジャンルは多岐にわたるが、すべての作品が健全かつ、きらびやかな美意識に貫かれているのが大きな特徴だ。キラキラとまばゆい世界観は、4世代、5世代にわたり観客を魅了し続けている。

岩瀬絵奈さんも宝塚歌劇のとりこになった一人。彼女はなんと!好きすぎて北海道から遠路はるばる兵庫県の宝塚市へ移住したのである。大きな決断の背景には、一人の「推しジェンヌ」がいた。それは――。

岩瀬絵奈さん(以下、絵奈)「水美舞斗(みなみ・まいと)さんです。もう10年近く、応援し続けています」

水美舞斗さんは現在「宙組」(そらぐみ)に所属する、見目麗しき男役スター。愛称は「マイティー」「みなみ」。人気と実力を兼ね備えたスターがひしめく伝説の学年「花の95期生」の一人として活躍し続けているタカラジェンヌだ。

「好きすぎて移住」までさせてしまった、水美舞斗さんの魅力とは。

絵奈「つねに『今日が最高』なところです。どんなに期待のハードルを上げて観に行っても、必ず想像を超えてくる。ダンサーなので踊りがすごいのはもちろん、ジャンプやターンなどあらゆる瞬間が美しい。お芝居もハートがあって、歌も素晴らしく、もう本当に隙がない。完璧だと思って、次に観に行ったら『もっと完璧』になってる。すごく努力されていて応援のしがいがあります」

岩瀬絵奈さん

先ごろ上演された『黒蜥蜴』(原作/江戸川乱歩 戯曲/三島由紀夫)で黒蜥蜴に心酔する部下の雨宮潤一に扮した水美舞斗さんの熱演に「この人はどこまですごくなるの!」と驚いたという(写真撮影/水野浩志)

好立地に「宝塚歌劇を愛する女性限定の宿」を開業

絵奈さんが、タクシー会社の社員運転手である夫の岩瀬一寿(かずとし)さん(53)と共に「お泊まり家 サザンクロス」を開業したのは、すみれの花が咲く頃より少し遅めの2024年6月。

お泊まり家 サザンクロス

宝塚歌劇を愛するイラストレーターmizukyさんが描いた愛らしいキャラクターが目印の「お泊まり家 サザンクロス」(写真撮影/水野浩志)

宿から宝塚大劇場まで徒歩約10分の近距離で、窓からは劇場がドーンと見える。さらに「阪急マルーン」と呼ばれるあずき色をした電車が駆け抜けてゆく雄姿が眺められるとあり、宝塚歌劇を愛する人には「特等席」と呼んで大げさではない立地だ。

窓から気品あふれる色合いの阪急電車の快走が眺められる

窓から気品あふれる色合いの阪急電車の快走が眺められる。線路の向こうに見えるのが宝塚大劇場だ(写真撮影/水野浩志)

サザンクロスは民泊だ。「民泊」とは一戸建てやマンションなどの住居の全部または一部を使い、旅行者に宿泊サービスを提供する施設のこと。つまり「お泊まり家 サザンクロス」は岩瀬さん夫妻の住居なのだ。夫妻は3階に住み、それゆえ、ホテルや旅館とは異なる家庭的でリラックスムードがあるのが魅力となっている。

宿の名前「サザンクロス」だが、実はこれも絵奈さんの推しジェンヌ、水美舞斗さんゆかりの言葉だ。

絵奈「水美さんが主演した『Senhor CRUZEIRO(セニョール クルゼイロ)! -南十字に愛された男-』(作・演出/稲葉太地)という作品があって、南十字星は水美ファンにとって、とても大切な星座なんです。南十字星にちなんで宿の名前をサザンクロスにしました」

『Senhor CRUZEIRO(セニョール クルゼイロ)! -南十字に愛された男-』は、2018年に宝塚歌劇団・花組によって初演された水美舞斗さんの主演作品。「南十字星(クルゼイロ)」の名を持つ主人公の刹那的な生きざまを描いたストーリー仕立てのダンシング・ファンタジーである。サザンクロスは、水美さんの活躍とともに歩む宿といっても大げさではないのだ。

コンセプトは「宝塚歌劇を愛する女性が泊まれる宿」

サザンクロスのコンセプトは「宝塚歌劇を愛する女性が泊まれる宿」。宿泊できるのは女性のみ。SNSを経由してLINE で予約を入れるシステムとなっている。住宅宿泊事業法にのっとり営業日は年間180日以内。さらに宝塚大劇場の公演に合わせて開業日スケジュールを組むことから、宿泊客もおのずと熱烈な「ヅカ(宝塚歌劇)ファン」ばかりとなる。

サザンクロスのアイドル、LOVOT のれびゅーちゃん

サザンクロスのアイドル、LOVOT のれびゅーちゃん。宝塚歌劇にちなんだ名前だ(写真撮影/水野浩志)

間取りは1階に一人用の個室が1室と、2段ベッド3台で6人が泊まれるドミトリーの2種類がある。宿泊者専用のトイレとシャワーも設置されている。

風通しがよく清潔なドミトリー

風通しがよく清潔なドミトリー(写真撮影/水野浩志)

シャワールームと広々としたシンク

シャワールームと広々としたシンク(写真撮影/水野浩志)

2階はサロンの役目を果たす多目的ルーム。この部屋で、初めて顔を合わせるヅカファン同士でも会話がはずんだり仲よくなったりするのがサザンクロスの醍醐味(だいごみ)である。

2階の多目的ルーム

2階はゆったりとした多目的ルーム。キッチンがあって軽食の調理も可能。ヅカ(宝塚歌劇)ファンが語りあえるスペースだ(写真撮影/水野浩志)

絵奈さんは宿泊客と共通の話題がもてるよう「宝塚大劇場でのすべての公演を一度は観劇している」というから恐れ入る。

絵奈「うちは『好きなものでつながれる』を大切にしたい宿です。私がタカラジェンヌや公演の内容を知らないと、お客さまががっかりしちゃうから、全組の公演を最低1回は必ずちゃんと観ています。やっぱり全部おもしろいですよ。観たあと、自分の心がきれいになって、前向きになっているのを感じますね」

窓から宝塚大劇場が見える

窓から宝塚大劇場が見え、一幅の絵のようだ(写真撮影/水野浩志)

さすが、さまざまな推し活さんが集う宿の女将である。とはいえ、全組の公演を鑑賞するとなると、お金がかかるのでは。

絵奈「いいえ、そんなに……。多くの人は『宝塚歌劇の観劇料金は高い』と誤解しているんです。宝塚歌劇は演劇の世界で、ずば抜けて料金が安いと思います。B席なら3500円で鑑賞できるんです。壮大なセット、迫力あるダンス、素晴らしい歌声、そんな極上の内容で3500円は破格のお値段だと思いますね」

実は関西在住の筆者も、まさかそんなにリーズナブルな金額で鑑賞できるとは知らなかった。お恥ずかしい。

横浜出身の二人が北海道へ移住しペットホテル開業

岩瀬さん夫妻が宝塚市にやってきたのは2021年のこと。以前は遠く離れた北海道で15年間、暮らしていた。現在のライフスタイルの原点ともいえる「北海道時代の物語」を紐解いてみよう。

岩瀬さん夫妻は、実は二人とも横浜出身だ。アルバイトをしていた横浜のファミリーレストランで知り合い、2001年に結婚した。横浜でしばらく結婚生活を送ったのち、2005年に北海道へ移住する。

富良野のラベンダー畑にて撮影

北海道在住時代、富良野のラベンダー畑にて(写真提供/お泊まり家 サザンクロス)

岩瀬一寿さん(以下、一寿)「『北海道に移住したい』と言い出したのは僕です。北海道を旅したとき、神奈川から移住した人に出会いました。この人がとても楽しそうで、刺激を受けたんです。自分も同じ神奈川だし、北海道で暮らしたくなってしまって」

岩瀬一寿さん

最初の移住を提案したのは夫の一寿さんだった(写真撮影/水野浩志)

突然、なんのゆかりもない北海道に「住みたい」と言い出した夫。絵奈さんはどう思ったのだろう。

絵奈「反対はしませんでした。私もいやじゃなかったし。『行けばなんとかなるだろう』と。私たち、いつも軽いんです(笑)。ただ、夫の親からは『え!北海道?なんで?』と驚かれました。宝塚市への移住より、北海道へ引越したときのほうがビックリされましたね」

フッ軽夫婦は北海道への移住をすんなりと決め、サラリーマンだった一寿さんは退職。無謀にも次の仕事を決めぬまま、北海道のほぼ中央に位置し「丘が美しいまち」として知られる美瑛町(びえいちょう)へ転居した。一寿さんは酪農ヘルパーの仕事を紹介され、牛の乳しぼりに没頭する。

一寿「仕事も決めずに北海道へ移住したので地域の方々が心配してくださって。『酪農を手伝わないか』と紹介していただいたのです」

一方、絵奈さんは愛犬家で、ダックスフント、ゴールデン・レトリバー、柴犬の3匹を飼育していた。そして動物取扱責任者の要件を満たし、第一種動物取扱業の登録をして、一軒家をまるごと使ったペットホテルを開業する。

飼っていた3匹のワンちゃん

飼っていた3匹のワンちゃん(写真提供/お泊まり家 サザンクロス)

絵奈「飼っていたゴールデン・レトリバーがめっちゃ人をかむ子でした。それで、しつけの勉強をするうちに『難しい子の扱いに悩んでいる飼い主さんは多いだろうな。何日かでも私が預かれば、ひと息つけるのでは』と考え、ペットホテルを始めたんです。犬が泊まる家と書いて『犬泊家』(わんぱくや)という名前で」

現在の「お泊まり家 サザンクロス」の屋号のルーツは、実はペットホテル「犬泊家」だったのだ。

飼っていたゴールデン・レトリバー

飼っていたゴールデン・レトリバー。絵奈さんは手をかまれて負傷している(写真提供/お泊まり家 サザンクロス)

そうして北海道に居住すること15年。美瑛町での生活は「とても楽しかった」という。

絵奈「テレビ番組『ポツンと一軒家』(朝日放送テレビ)みたいな感じの住まいでした。開放感がたまらなかったですね」

新進気鋭だった水美舞斗の札幌公演に衝撃を受ける

北の国の美しい大自然に囲まれて暮らしていた絵奈さんが、なぜ宝塚歌劇を熱愛するようになったのだろう。

絵奈「母の影響です。母は宝塚歌劇が好きで、幼い私を連れて、有楽町にある東京宝塚劇場での公演を観に行っていたんです。大地真央さん、剣幸(つるぎ・みゆき)さんたちが活躍した時代でした。私も宝塚歌劇がなんとなく好きになり、北海道に移住してから、たまたま水美舞斗さんが出演する札幌公演に当選して。すると……この作品が本当に素晴らしくて。ズドンッ!と胸を撃たれたくらいの衝撃でした」

それは2017年のこと。水美舞斗さん出演の札幌公演、全国ツアーの千秋楽だった。一寿さんの運転で、札幌まで車で約3時間。この道のりが、絵奈さんの推し活の幕開けとなったのだ。

絵奈「『EXCITER(エキサイター)!! 2017』(脚本/柴田侑宏 演出/中村 暁)という作品でした。後半に水美さんがすごい勢いで踊るダンスシーンがあって、あんなに激しく踊ったのに、すぐあとの歌唱シーンでは大きくてまっすぐな声で歌い上げていて。もう、思い出しただけで、いまだに鳥肌が立つ強烈な体験でした」

岩瀬絵奈さん

それまで「けっこう宝塚歌劇が好き」くらいのライトファンだった絵奈さん。水美舞斗さんのパフォーマンスに衝撃を受け、一気に最愛の「推し」に(写真撮影/水野浩志)

一人のタカラジェンヌに心を奪われた妻を、夫はどう見ていたのだろう。

一寿「僕は当時、まだ宝塚歌劇にぜんぜん興味がなくて、札幌の劇場前で彼女を降ろしたあとは連れてきた犬と散歩をしていました。帰りの車の中で、水美さんの魅力を興奮気味に語る彼女の話も『ふーん』という感じで聞いていましたね」

一寿さんとペットのワンちゃん

札幌にて。絵奈さんが観劇している間、夫の一寿さんとペットのワンちゃんでモエレ沼公園をお散歩(写真提供/お泊まり家 サザンクロス)

「推し」の全国ツアーを追いかけ、宿泊費の節約が課題に

水美さんに魅了された札幌公演の夜から、絵奈さんの生活は激変した。北海道から「推しの追っかけ」をするようになったのだ。

絵奈「人生の転換期だったと思います。宝塚歌劇の札幌公演を観に行く少し前に、ペットホテルを閉めたんです。周囲に夜間対応してくれる動物病院がなく、お客さまの愛犬の命を預かる自信がなくなって。そんな時期に水美さんと出会い、北海道以外の公演を観る資金を蓄えるために、めちゃくちゃ働きました。町役場の仕事と料理教室の先生を掛け持ちして『遠征以外の時間は全部出勤』という日々。水美さんがいたから、がんばれたんです」

北海道の料理教室の様子

北海道の料理教室で働きながら遠征費を捻出した(写真提供/お泊まり家 サザンクロス)

推し活に夢中になる絵奈さんに感化され、夫も次第に宝塚歌劇に興味を示すようになってきた。

一寿「僕は趣味がまったくなかったのですが、彼女を理解したくて、テレビで『タカラヅカ・スカイ・ステージ』(宝塚歌劇の最新舞台、過去の名作、オリジナル番組などを放映する宝塚歌劇専門チャンネル)を視聴するようになったんです。おもしろいんですよ、これが」

絵奈「私を理解したいとか、ないでしょ(笑)。品があって、きれいな人たちがたくさん出てきて、夫はそこに惹かれているみたいです」

一寿「確かにタカラジェンヌのたたずまいは美しいなと思います。僕は特にお芝居のあとのショーが好きです。ダンスと歌唱力を堪能できるので」

絵奈さん一寿さん

妻・絵奈さんの影響で宝塚歌劇のファンになった夫の一寿さん(写真撮影/水野浩志)

宝塚大劇場と東京宝塚劇場を中心に少しずつ北海道以外での鑑賞の回数が増えていった絵奈さん。札幌の他は必ず飛行機での遠征となり、宿泊費の節約は最重要課題となった。

絵奈「削れるところが宿代しかないんです。とにかく『安いところに泊まらなきゃ』って、男女共同のカプセルルームを誤って予約してしまったり、空港で海外の旅行者たちと共に朝まで過ごしたりした日もありました」

体を屈曲させながら夜を明かす妻を、夫はどう思っていたのだろう。

一寿「さすがに心配になって『大丈夫?』と聞いたんですが、妻はやめろと言っても聞かない人なんですよ」

ときには快適とは言いにくい状況で夜を明かした絵奈さんだったが、楽しい記憶もある。宝塚市で泊まったドミトリーで過ごした時間だ。

全国ツアーで一緒になったヅカ友との交流

全国ツアーで一緒になったヅカ友との交流(写真提供/お泊まり家 サザンクロス)

絵奈「宝塚市という場所柄、全国から宝塚歌劇を観に来た人たちが集まっていて、友達がたくさんできました。楽しい思い出がたくさんあるんですが、コロナ禍に突入してしまい、泊まっていたお宿がなくなってしまって。これがのちに、自分が民泊を始める動機にもなるんです」

水美舞斗の舞台に感化され北海道から宝塚市への移住を決意

宝塚歌劇を愛し、水美舞斗さんへの思いが深まるばかりの絵奈さん。ついに宝塚市への移住を心に決める。きっかけとなったのは、あるステージだった。

絵奈「『CASANOVA』(カサノヴァ)(作・演出/生田大和 作曲/ドーヴ・アチア)という作品で、水美さんは主人公である冒険家のカサノヴァと行動をともにするバルビ神父を演じました。この作品のなかで『人は望めば誰もが自由になれる』という内容のセリフがあって、雷に打たれたような衝撃を受けたんです。そして『私ももっと自由になっていい。私は水美さんの本拠地である宝塚市へ引越したい!』と」

18世紀のヴェネツィアを舞台に、稀代のプレイボーイであるジャコモ・カサノヴァの恋と冒険を描いたオリジナル・ミュージカルは、絵奈さんの胸の内に秘めた冒険心にも火をつけてしまった。とんだプレイボーイである。

とはいえ、北海道の居住は夫の希望であったはず。夫婦仲睦まじく暮らしたお気に入りの一軒家を、簡単に手放せるものだろうか。

一寿「北海道には永住するつもりでした。しかし、年齢も重ねるうちに積雪がしんどくなってきたんです。雪かきがたいへんで……。それなので、宝塚市への移住に反対する気持ちは、まったくなかったです」

移住について、つねに息がぴったり合う二人。インターネットを通じて宝塚市での家探しを開始した。

一寿「それこそ本当にSUUMOのサイトで探しました」

絵奈「SUUMOのサイト、毎日めっちゃ見てたよね」

宝塚市で、初めに住まいに選んだのが、団地だった。

一寿「敷金・礼金が要らない団地を見つけまして」

絵奈「宝塚市で水美さんのディナーショーがあって、泊まりがけで夫と一緒に行ったんです。ディナーショーが素敵すぎて、私は魂が抜けてしまってもぬけの殻だったのですが、夫が翌日『内見に行くぞ』って私を引っ張っていって。そして部屋を見て気に入って、すぐに決めたんです。謎のタイミングというか、移住する運命を感じましたね」

絵奈さん一寿さん

宝塚市への移住には、むしろ感化された夫が積極的だった(写真撮影/水野浩志)

2020年、北海道を後にして、宝塚市で団地住まいをスタートさせた岩瀬夫妻。一寿さんは神戸を走るタクシーの運転手に。絵奈さんはホテルスタッフとして働きながら休日は宝塚大劇場へ通った。共働きでお金を貯め、続いて中古マンションを購入。少しずつ、住居のグレードをアップさせていったのである。

楽しかった「宝塚歌劇ファンが語り合える宿泊施設」を再現したい

宝塚市へ移住して3年後の2024年、二人はいよいよマイホームに着手する。団地住まい、中古マンションの購入ときて、岩瀬夫妻が3軒目に選択した新築一戸建て。きっかけは、まるで宝塚大劇場へ続く花道のような、すごい土地との出合いがあった。

絵奈「ここの更地が売りに出されたときは『奇跡が起きた!』と驚きました。視界にバーンと宝塚大劇場が建っていて、歩いて行けるほど近い。さらに阪急電車の線路脇なので電車も見える。『私のような宝塚ファンのために選ばれた土地じゃん!』って」

外観

宝塚大劇場まで徒歩圏内。視界につねに劇場がある。公演によっては家から徒歩約10分の場所に憧れの水美舞斗さんがいる。この土地が売りに出たとき「奇跡が起きた」と感じたという(写真撮影/水野浩志)

まるでスポットライトに照らされているかのように特別感がある土地。家づくりの工事が始まった。そして絵奈さんはふと「この家で、民泊ができたらいいな」とひらめく。

絵奈「それまで自分が民泊をするなんて発想はなかったのですが、コロナ禍をきっかけに宝塚歌劇ファンが語り合える宿泊施設がなくなってしまって、寂しく思っていたんです。私が遠征民だったころ、全国から訪れるファンたちと深夜まで話した時間はとても貴重でした。次第に『あの夜は楽しかったな』『あんな交流の場が蘇らないかな』と思い出す機会が増えちゃって……」

絵奈さんが「民泊ができたらいいな」と感じた理由は他にもある。兵庫県では、学校や幼稚園・保育所などの敷地周囲100m以内は住宅宿泊事業の制限区域となっている。ところがこの土地は学校や幼稚園の周囲100mより、ほんの少しずつ区域外にあったのだ。

絵奈「ギリギリセーフでした。学校と幼稚園のギリギリ真ん中にあった土地なんです。『もしかしたら宝塚歌劇ファンのために民泊ができるかもしれない』と」

岩瀬絵奈さん

工事が進むわが家を見て「宝塚歌劇ファンが集まったら楽しいだろうな」と考えた(写真撮影/水野浩志)

しかし、民泊を運営するには、かなりハードルが高いさまざまな手続きが必要だ。ここで絵奈さんの過去の経験が役に立つ。

絵奈「北海道に住んでいたころ、町役場に勤めていたので、複雑な手続き方法や難解な法令を読み解くことができたんです」

いよいよ、晴れて開業の運びとなった「サザンクロス」。幸運がステージでラインダンスをしているかのように連なった結果である。

絵奈「書類を保健センターへ提出したら『あ、必要なものが全部そろっちゃいましたね!』と驚かれました。自分でもハードルを乗り越えられたことを信じられなかったです。改めて『推しへの情熱があれば、やり遂げられるんだ』と思いました」

さまざまな困難に打ち勝った岩瀬夫妻。「お泊まり家 サザンクロス」開業から2年、運営にまつわる悩みはないのだろうか。

絵奈「う~ん、ない(笑)。お客さまに本当に恵まれて、つらいと感じた出来事がぜんぜんないんです。ただ……」

ただ?

絵奈「夏が暑い。『人間が住むの、無理じゃない?』ってくらい、本当に暑い。暑い以外に不満はないです」

一寿「北海道だと冬はマイナス20度まで下がる日もあります。けれども着こめばなんとかなる。関西の夏は『もう脱げるものは何もないよ』ってくらい暑くて」

サザンクロスも、夏はノースウインドが恋しくなるようだ。

絵奈さん一寿さん

「北海道に比べて夏が暑すぎる」、それが唯一の不満だという岩瀬夫妻(写真撮影/水野浩志)

人には「思い切ったほうがいいタイミング」が訪れる

ではフィナーレに、「好きすぎて移住」を実現した先輩から、悩んでいる人たちへメッセージをちょうだいしよう。

絵奈「とりあえず、やってみる。そんな気持ちで今日までやってきました。北海道へ移るときも、宝塚市へ移住するときも、即決したんだよね、うちら」

一寿「勢いでやっちゃえば、案外なんとかなります。中古物件を探していても『もっといい家があるんじゃないか』と思っているうちに買うタイミングを逃して、やめちゃう人もいて、もったいない。『これだ!』と感じたら、悩まずに一発で決めてしまっても、けっこううまくいくものなんです」

絵奈「もちろん、手放しで誰にでも移住を勧めるわけではありません。お子さんが通学されていたり、親御さんの介護が必要だったり、人はそれぞれ事情があります。私たちはたまたま子どももおらず、夫と二人だけでなんでも決められる環境だったからできた。だからこそ、状況が許すならば、思い切ったほうがいいタイミングってあるんじゃないかな」

「思い切ったほうがいいタイミング」、それは「人は望めば誰もが自由になれる」と感じた瞬間なのかもしれない。

絵奈「不思議な巡り合わせで宝塚市へ引越して、自分が民泊をやるなんて想像もしていなかったです。それは水美さんがずっと第一線で活躍してくださるからできること。水美さんにおよそ10年も夢中にさせてもらえるなんて、私は幸せ者だと思います」

「サザンクロス」(南十字星)とは、船乗りたちが「みなみ」の方角を知るために頼りにした星座だ。「推し」とは単なるスターではなく、人生という航路の指針となる星座のような存在ではないだろうか。

絵奈さん一寿さん

阪急電鉄「宝塚」駅から宝塚大劇場までを結ぶ「花のみち」にて(写真撮影/水野浩志)

岩瀬絵奈さん、一寿さん
ともに神奈川県横浜市出身。2001年結婚。2005年に北海道上川郡美瑛町へ移住。ペットホテル「犬泊家」を開業。宝塚歌劇団の札幌公演で当時新鋭だった水美舞斗(みなみまいと)に魅せられて「推し」はじめ、宝塚歌劇の公演を追いかけるようになる。2021年、兵庫県宝塚市へ移住。一戸建ての住居を新築し、2024年6月、宝塚歌劇を愛する女性限定の宿「お泊まり家 サザンクロス」を開業する。

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