築60年超の団地に「ビール醸造所」やカフェ!? 地域住民が商品開発にも参加、シェアキッチンで“小さなお店の夢”を叶える「団地キッチン」さいたま市
JR武蔵野線・西浦和駅から徒歩数分。埼玉県さいたま市桜区の田島団地に隣接する一角に、かつて銀行の支店だった建物を改装した「『団地キッチン』田島」はあります。
運営するのは、UR都市機構のグループ会社として60年以上にわたり住宅管理を担ってきた日本総合住生活株式会社(以下、JS)。「食」をテーマに世代を超えたコミュニティをつくろうとする取り組みを取材しました。
銀行撤退から生まれた、団地の新たな拠点
「団地キッチン」田島は、カフェ、クラフトビールの醸造所(ブルワリー)、そして3つのシェアキッチンを備えた複合施設です。
一度にまとまった区画の集合住宅が整備される団地は、同時期に入居した世帯同士でコミュニティが固定化しがちな状況が課題としてあります。1965年に建設された田島団地のように建設から年月がたち、コミュニティの高齢化も全国的な課題として直面しています。そうした状況を背景に、「ただ建物を管理するだけではなく、暮らしに寄り添うサービスを届けたい」という思いから、2022年にオープンしました。
暮らしに根差したテーマで団地およびその周辺地域を知り、愛着を育み、新たな魅力を創出する活動が評価され、2023年度グッドデザイン賞も受賞しています。
「団地キッチン」田島、カフェ店内。お昼時は近隣住民でにぎわう(写真/筆者)
カフェスペースでは自家焙煎したコーヒー豆も販売されている(写真/筆者)
オリジナルのビールを醸造する、ブルワリースペース(写真/筆者)
「団地キッチン」田島が入る建物は、もともと埼玉りそな銀行の支店でした。銀行がATM機能だけを残して撤退したのに伴い空きスペースとなったこの場所を、JSが取得。住宅管理という本業の枠を超え、地域のコミュニティ拠点として再生させるプロジェクトが動き出しました。
お話を伺った金澤駿佑さん(写真/筆者)
なぜテーマに「食」を選んだのか。「団地キッチン」田島の運営を担当するJSの金澤駿佑(かなざわ・しゅんすけ)さんは、その理由をこう説明します。
「われわれは住宅を管理する会社ですが、衣食住とある中で、食というのは年齢にかかわらず全ての方に通ずるものです。コミュニティ拠点として皆さんに参加してもらうには、ハードルが低いほうがいい。料理教室やちょっとしたパーティーなど、気軽にイベントを開催できますし、お子さんもお手伝いという形で参加することもできます。いろいろな年齢層を巻き込んでコミュニティを形成していきたいというところで、誰にとっても身近な食をテーマにしています」(金澤さん)
JSは田島団地の管理をはじめ、道路を挟んだ向かい側に技術開発研究所を持ち、田島地区とは古くから縁のある企業でした。
さらに、西浦和駅周辺ではさいたま市とUR都市機構による「まちづくり協定」が結ばれ、田島団地の建て替え事業も始まっています。一部の新棟にはすでに2026年3月から入居が始まりました。変わり始めた街に先駆けて、駅と団地、団地と周辺地域をつなぐ「にぎわいの拠点」をつくりたいーー。そんな構想のもと、元銀行の建物は「団地キッチン」田島へと生まれ変わったのです。
隣接する田島団地。広い敷地に運動場や公園も備えている(写真/筆者)
目的に応じて使い分けができる、3つのシェアキッチン
カフェ、シェアキッチン、ブルワリーの各スペースはガラスの間仕切りで区切られ、それぞれの活動が自然と見える設計になっています。カフェの客席から、誰かがキッチンでお菓子を焼いている姿が見え、ブルワリーではビールの仕込みが進んでいる。そんな風景が日常的に共有されることで、「自分も何かやってみよう」という気持ちが生まれることを期待したデザインです。
施設には3タイプのシェアキッチンが設けられています。最も広い「シェアキッチン1」は料理教室やワークショップ、友人間でのパーティーなど、地域の交流の場となるようなイベント開催を主に想定したスペース。
「シェアキッチン1」の全景。広い作業スペースと、さまざまな設備を備えている(写真/筆者)
「シェアキッチン1」に備えられた器具の一部。棚の中を写した写真が扉に貼られ、どこになにがあるのかすぐわかるようになっている(写真/筆者)
イベントで活躍するピザ用オーブン(写真/筆者)
「シェアキッチン2」と「シェアキッチン3」は製造の場として、パンや菓子、お惣菜、ジャムなどの加工品を販売向けに製造することができます。いずれも業務用厨房機器がそろい、本格的な道具を気軽に使用できるのが大きな利点です。この2つのシェアキッチンを利用するためには、利用者自身が保健所に営業許可申請を行う必要があり、利用者の多くが製造だけでなく販売も行っています。シェアキッチン2、3で製造したお菓子やお惣菜は、カフェスペースに付属する販売コーナーで販売することもできます。ここで製造したものをその場で販売し、お客さんとの交流が生まれるきっかけとなっています。
「自分でお店を開いてみたい」と思っていても、設備投資や場所の問題など多くのハードルがある。ここではその壁を低くすることで、地域の人が活躍・実現・発信できる場を目指しています。
「シェアキッチン2」の内部。お菓子づくりのために必要な専門設備を備える(写真/筆者)
「シェアキッチン3」の内部。コンパクトなスペースに、汎用性の高い機材が備えられている(写真/筆者)
シェアキッチンから広がる「小さな挑戦」の連鎖
実際にシェアキッチンを利用する一人が、焼き菓子を手掛ける小野寺薫(おのでら・かおる)さんです。「ル・プティ・ボナー」の屋号で活動する小野寺さんは、かつてこの近くに住んでいたことがあり、西浦和を離れた後に「団地キッチン」田島がオープンしたことを知りました。馴染みのある地域であることもあって、現在も継続して利用しているそうです。
「もともとカフェとか喫茶店をいずれやりたいなという思いをずっと持っていたんです。その手始めとして、自分のつくったお菓子がどのくらい認められるのか知りたいなと。そんな折、ここがオープンすることを知って、挑戦してみようと思ったんです」(小野寺さん)
「シェアキッチン2」で作業をする小野寺さん(写真/筆者)
小野寺さんは自身の焼き菓子を「団地キッチン」田島で販売するだけでなく、近郊で開催されるマルシェなどにも出店しています。さらにそうした活動が発端となり、現在は南米のコーヒー豆を輸入する若い起業家からの依頼で、キャッサバ粉を使ったグルテンフリーのカヌレも手掛けています。大手の菓子店では受けにくい小ロットの依頼も、フリーの立場だからこそ柔軟に対応できるのだといいます。
「たまたま彼らのコーヒーを飲んで美味しかったので、インスタをフォローしていたら、お菓子をつくってもらえませんかとメッセージが来て。大手に頼んでも製造のスケジュールが決まっていて難しいというので、お受けしてみたところご好評いただけて製品化したんです」(小野寺さん)
キャッサバ粉のカヌレはグルテンフリーのため小麦アレルギーの方にも対応でき、マルシェでも人気商品になっているそうです。シェアキッチンで製造し、施設内で販売したり、定期開催のマルシェに出店したりと、この場所を拠点にした「小さなビジネス」が回り始めています。
小野寺さんが依頼を受けて製造・販売しているカヌレ(写真提供/ル・プティ・ボナー)
小野寺さんにとって、「団地キッチン」田島は単なる製造拠点にとどまりません。
「販売していると、『美味しいって聞いたよ』と友達に勧められて来てくださる方もいるし、カフェのお客さんが『こういうのもやってるんだ』と気付いて買ってくださることもある。インスタグラムで出店日を告知すると、ここに住んでいたころによく会っていた友達が買いに来てくれることもあります。お客さんから直接意見を伝えていただくこともあり、自分では気付けなかったことに気付くきっかけになるし、お菓子が進化していく上ですごく良いのではないかと思っています」(小野寺さん)
アレルギーへの配慮やパッケージの工夫など、お客さんとの対話を通じて商品が磨かれていく。シェアキッチンという場が、つくり手と買い手の距離を縮め、双方向のコミュニケーションを自然に生み出す場として機能している様子がうかがえます。
シェアキッチンで製造したお菓子やお惣菜を販売できる、「まちの味STORE」ブース(写真/筆者)
120人が集う「団地キッチンクラブ」の挑戦
「団地キッチン」田島のコミュニティ形成に向けた取り組みとして現在力を入れているのが、2025年8月に立ち上がった「団地キッチンクラブ」です。会費も厳格な決まりもない自由な会で、施設を通じて集まった地域の人々が、自分の趣味や特技を生かしてイベントを企画・運営しています。
「『団地キッチン』田島に携わるようになって、いろいろな趣味とか特技を持っている人がこんなに西浦和の周辺にいるんだと驚きました。いろいろなことをやりたいけれど、場所や機会がないと感じている方の後押しができる場に育ってきていると感じています」(金澤さん)
親子での参加も見られた「団地キッチンクラブ」のクリスマス会の様子(写真提供/JS)
現在の会員数は約120人。これまでにコーヒーと焼き菓子のイベント、クリスマス会などが開催され、クリスマス会には40~50人が参加しました。田島団地の住人に限らず、周辺地域の誰でも参加できるのが特徴です。
さらにユニークなのが、ブルワリーの設備を活用した「オリジナルビール」の醸造企画です。メンバーが企画段階から参加し、ビールはすでに完成。2026年5月のマルシェで販売されました。ラベルデザインは、クラブに所属する地元のイラストレーターが担当し、小さなお子さんも参加できるワークショップ形式で制作が進められています。
シェアキッチン1で行われた、オリジナルビールの企画会議。試飲を行う様子(写真提供/JS)
2022年のオープンから4年目を迎え、「団地キッチン」田島は地域に馴染みつつあります。「団地キッチン」田島のブルワリーでは、地元食材を使ったクラフトビールの醸造もコンセプトのひとつです。桜区の地名の由来でもある天然記念物「桜草」の自生地が田島地域にあることから、桜草のピンク色をイメージしたビールを製造しています。地域の歴史や風土がビールという形で発信されているのです。
また2カ月に1回、年6回開催されるマルシェには、シェアキッチンの会員が出店し、地元農家が野菜の直売を行い、団地の住人も周辺地域の人々も集まってきます。自治会やまちづくり協議会との連携も進み、チラシの配布やイベントの共同企画など、地域の他のプレーヤーとの協力関係が築かれてきました。
マルシェが行われる建物横のスペース。キッチンカーで各地のイベントやマルシェに出張販売も行っている(写真/筆者)
2周年記念マルシェの様子(写真提供/JS)
一方で、金澤さんは課題も口にします。
「まだまだ成長の余地はあるかなという段階です。シェアキッチン1は、コミュニティイベントに適している場ですが、空いている時間帯も多いのが現状です。あそこいつも何かやってるよね、という状態になっていけばいいなと期待しています」(金澤さん)
ガラス張りの「シェアキッチン1」からカフェを見た様子(写真/筆者)
施設全体がガラス張りになっているため、外から中の活動が見える設計です。カフェの定休日である水曜日にも、コミュニティ拠点として施設を開放し、気軽に立ち寄っておしゃべりができるような場にしていくことも検討中だといいます。
「カフェやブルワリー、シェアキッチンの売上を伸ばすことが最大の目的ではないので、コミュニティ活動のサポートに注力しています。多くの方に来店してもらったり、イベントに参加してもらったり、そのイベントを通じて横のつながりができていけばいいなというところを期待して運営しています」(金澤さん)
利益の最大化ではなく、コミュニティの形成を優先する。団地管理会社だからこそ可能な、長期的な視点での地域投資です。
高齢化が進む団地コミュニティを、近隣街区との交流を促進することで活性化していく新しいモデルとしての「団地キッチン」田島を、ぜひ訪れてみてください。
●取材協力
「団地キッチン」田島(日本総合住生活株式会社)
ル・プティ・ボナー
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