イランの巨匠が撮る社会派サスペンスの最高峰『シンプル・アクシデント/偶然』を森達也(映画監督・作家)が語る
第98回アカデミー賞脚本賞及び国際長編映画賞にノミネート!第78回カンヌ国際映画祭にてパルムドール(最高賞)も受賞し、本作で世界三大映画祭すべての最高賞を制覇、史上4人目の快挙となったイランの巨匠ジャファル・パナヒ監督の最新作『シンプル・アクシデント/偶然』<5月8日(金)公開>。
本作の公開を記念してドキュメンタリーとフィクションの境界を問い続け、社会と表現の関係を鋭く見つめてきた森達也(映画監督・作家)がトークイベントに登壇。イラン映画の系譜からジャファル・パナヒの作家性、そして現代社会における映画の意義まで、多角的な視点で本作を語りました。
物語は、かつて不当に投獄されたワヒドが、ある偶然の事故によって、人生を奪った残忍な義足の看守と出会うところから始まる。ワヒドは咄嗟に男を拘束、荒野に穴を掘って埋めようとするが、男は「人違いだ」と言う。実はワヒドは、看守の顔を見たことがなかった。男は、本当に復讐相手なのか?一旦復讐を中断し、看守を知る友人を訪ねるが・・・。
不当に刑務所に投獄された人々が復讐を果たそうと試みる姿を、スリリングかつユーモアたっぷりに描いた復讐劇。監督自身の投獄経験や、同じ境遇の人々の声から着想を得て映画化、予測不能の物語に渦巻く重厚なスリルと深遠なミステリーが交錯し、“魂の叫び”がほとばしる衝撃のクライマックスへと突き進む――ユーモアと緊迫感に満ちた社会派サスペンスの最高峰ともいえる一本となっています。
森監督はまず、本作を「パナヒ監督が、ひとつの最高点に達した作品」と高く評価。背景には厳しい検閲体制があるイラン映画全体に通底する特徴として、「虚実のあわいをあえて分けない表現」があると指摘しつつ、「表現は結局フィクションなんです。映像だけじゃない。活字もそう」と持論を展開。そして、自身もテレビドキュメンタリー出身として、“客観性”や“事実性”を極端に重んじる従来のドキュメンタリー価値観に違和感を抱いてきたと明かし、「イランの映画人たちは、そこを潔く踏み越えている」と語り、「偶性やメタファーに頼らざるを得ない。でも逆に、それが表現を豊かにしてきた」とし、本作についても「パナヒ自身の作家性と、イラン映画の蓄積が結実した作品」と分析。
また、森監督が強い関心を示したのは、出演者たちの存在感。本作では一部を除き職業俳優ではない人々が多く起用されているが「どうやって演出しているのか不思議なくらい、しっかり演技ができている」と驚きを口にする。反体制の映画の出演することによって晒されるおのおののリスク、検閲を避けるための秘密裏の撮影やゲリラ的な状況も想像される中で成立している芝居に、「そこは本当にすごい」と称賛します。
作品の主題については、“誰か個人が悪なのではなく、問題は体制そのものにある”という視点を強調。「映画的には悪いやつを造形したほうがわかりやすいし、感情移入もしやすい。でも彼は絶対にそれをやらない」と語り、体制の<処刑人側>の苦悩も描いたイラン映画『聖なるイチジクの種』なども例に挙げながら「体制や組織こそ諸悪の根源だという思いが、イランの映画人たちには共通しているのではないか」と述べ、主人公が復讐をもって奪われた尊厳を取り戻そうとする中で、“暴力の連鎖を続けていいのか”という問いが投げかけられる点についても、「映画は答えを出すためのものじゃない」とコメント。「提示された問いを受けて、あとは観客が考えればいい。それで十分」と、作品が観客に思考を委ねる姿勢も評価。
一方で、現在のイラン情勢にも言及。パナヒ監督自身がイラン政府を批判する一方、アメリカやイスラエルによる攻撃にも異議を唱えていることに触れ、森監督も「どっちが正しいかという話ではない。どちらも批判されるべきだ」と語ります。「日本にいる僕たちは、もっと言えることがあるはずなのに、言っていない」と、日本社会の沈黙にも苦言を呈す一幕も。さらに、現在の日本映画界との状況比較として、「日本は規制がほぼないにもかかわらず、現体制を批判する映画や、歴史の加害を真正面から描く作品を大手がほとんど作らない」と指摘。「規制がないからこそ、かえって鈍ってしまっている気がする」と危機感をにじませます。
そして、逆境の中で映画を撮り続けるパナヒ監督には、ただただ敬意を抱くという。検閲から逃れるため「国外に出る選択をした監督も多い中で、彼は絶対に出ない。イランにとどまり、イランで上映できないのに、イランで撮り続ける。もう尊敬しかないです」と断言。さらに、危険を承知で出演し、名前を連ねるスタッフやキャストについても、「パナヒもすごいけど、それを支える全員がすごい」と賛辞。映画という表現の力、そして自由を守ることの意味を改めて考えさせる、濃密なトークイベントとなりました。
©LesFilmsPelleas
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