“見えないもの”を描いた傑作『スター・ウォーズ:ビジョンズ』Volume3『極楽鳥の花』吉平 “Tady” 直弘監督インタビュー/プレスコだからこそ得られた“感情”とは?
今や、1ジャンルとして確立している空前のエンターテイメント『スター・ウォーズ』。その「スター・ウォーズ」を、世界を代表するアニメスタジオがクリエイター独自の発想と視点で新たに描いた一大プロジェクトが『スター・ウォーズ:ビジョンズ』です。世界中のSWファン、アニメファンから絶賛されている本シリーズも、第三弾に突入!
『スター・ウォーズ:ビジョンズ』Volume3は、日本のクリエイターたちが率いる9つのアニメスタジオが独自のビジョンで紡いだ、9つの物語で構成されています。
今回はそのエピソードのひとつである『極楽鳥の花』(ポリゴン・ピクチュアズ制作)について、吉平 “Tady” 直弘監督にお話を伺いました。
──よろしくお願いいたします。作品拝見させていただきました!
吉平 “Tady” 直弘監督:ありがとうございます。どうでしたか?
──時間そのものや、感情や闇といった、可視化しづらいものを明確に可視化できていることに驚きました。本来、「スター・ウォーズ」が描こうとしていた核になる要素を、限られた尺の中で表現することに成功されている、とでもいいますか……。すごく「スター・ウォーズ」らしい作品だと感じました。
吉平監督:本当ですか?良かった!
──監督が、アニメーションという技法を用いたうえで表現したかった“「スター・ウォーズ」らしさ”についてお伺いしたいです。
吉平監督:はい。アニメって、そもそも写実的と言うよりは、むしろ恣意的に記号化された映像なんです。例えば、セル塗りのように明るい光が当たる部分の色と影側の色、2色だけで塗り分けるスタイルは、まさにその代表的なものですよね。
──はい。
吉平監督:このように“スタイライズ”(様式化)された映像がベースになっているのがアニメだと考えるのですが、僕はこのスタイライズという概念自体が、アニメの強みだと思っています。浮世絵とか日本画もこのスタイライズの一種なんですが、本来、日本人はスタイライズがとても得意なんです。
──なるほど。確かに単純化された線や塗りの基本が、浮世絵にもあります。
吉平監督:このスタイライズを経ることで、たとえ非現実的な現象であっても、時には現実や、実写のVFXよりも逆に生々しく、まるで本当に目の前で起きてる出来事のように実感、錯覚させることができる。それがアニメが持つ強みなんです。
映像を観た視聴者が想像を膨らませ、まるで小説を読んでいるときのように、本人の記憶や人生経験とオーバーラップしていくことで、現実的な事象に捉われず、その作品の本来の意図や魅力を伝えることが可能になるんだ、と思っています。
写真:スター・ウォーズ セレブレーション ジャパン 2025にて登壇された吉平監督
(C)2025 Lucasfilm Ltd. 2025 Getty Images
「視聴者の想像力の先で生まれる共感性」を引き出したかった
──観る人たちの最大公約数的な感情を引き出すために、スタイライズ、すなわち単純化のための引き算をされる感じでしょうか。
吉平監督:はい。意図的に記号化をすることで、より視聴者の想像力を引き出していくイメージですね。さらに、今回のビジョンズ『極楽鳥の花』で意識したのは、それがまるで実際に体感しているかのように「見えないものを描く」ということでした。
──なるほど。
吉平監督:アニメでは架空の世界が舞台になることも多いのですが、「極楽鳥の花」は、「スター・ウォーズ」という作品の架空の世界で生きるヒロインが、さらに異なる架空の世界とを行き来する特殊な物語です。この映像作品の中で、たとえキャラクターの見た目が変わっても、カットをまたいだ瞬間にまるで違う世界に移動していたとしても、それが連続したひと紡(つむ)ぎの物語として、視聴者が素直に感情移入して観られることを重要視していました。
「ああ、彼女には、何か特別なことや信じられないような奇跡が起きているんだ」と。スタイライズされた世界では、現実と嘘の境目がないからこそ、より強く見る人の想像力が働き、物語の中に没入していけるはずだと。
──たしかに、見た目の大きな変化が起きる作品ながら、一連のお話として「体験」することができました。
吉平監督:この作品では、フィクションだからこそ生み出せる特別な没入感、いまお話したように視聴者の想像力の先で生まれる共感性を追求して、視聴体験を最大化させていきたかったんです。
──想像力が主体であるということは、逆を返すと枷(かせ)がないからこそ難しい作業とも言えますよね。「スター・ウォーズ」って、そうした様々な想像力を受けとめ得る作品だと思うのですが、監督が「スター・ウォーズ」に感じた懐の深さについて教えてください。
吉平監督:SF作品の中には、特定の文化や時代に寄り添ったものもあります。しかしこの「スター・ウォーズ」においては、すでにその世界に異なる様々なカルチャーが存在しています。
数多(あまた)もの惑星があって、色々な異種族がいて、そこにはそれぞれ独自の文化が存在する。非常に幅広い多様性を持った作品ですよね。
──本当に、星ごとに特徴が全く違いますね。
吉平監督:とくに今作は、日本のスタジオで作る「ビジョンズ」ということで、どこかで日本的なオリジナリティも求められるのだろうと考えていました。なので、「極楽鳥の花」では日本的な考え方や、デザイン、日本の神話や民話のモチーフなど、様々なものを作品内に積極的に取り入れています。
ただ、「スター・ウォーズ」においては、こうした日本的な要素すらも星系のどこかにある可能性の一つである、となぜか感じられるんです。「スター・ウォーズ」の作品性が持つ懐の深さゆえに、これも数多ある多様性の一つであると自然に感じてもらえる。「極楽鳥の花」もその「スター・ウォーズ」世界のひとつとして自然に受け入れてもらえたのは、とても有り難かったですね。
──観ていて「これは確かにSWの世界にあるな」と自然に受け入れている自分が居ました。
吉平監督:それでも、極端に日本に寄りすぎる場合は「違う文化や伝統も混ぜよう」といったことも意図的にコントロールしています。「スター・ウォーズ」には、すべてを包み込む巨大な文化体があるからこそ、大きな制約もなく自由な想像を元にこの短編を作らせていただきました。
何にも縛られないのはすごく大きかったですし、改めて懐の広い作品だなと思いました。
──ストーリーやテーマの部分に見られた「全てを受け入れる」という考え方は仏教観に通じるところもありますし、「スター・ウォーズ」的でもありました。
吉平監督:そうですね。重なる部分もとても多いと考えています。
──今回の作品では、どのくらいの時間をかけられたんでしょうか。
吉平監督:2022年から作業を開始し、プロットができたのは2023年の1月、脚本が5月頃に完成して、その後にプレスコを行っています。それから実際の映像制作作業に入り、映像が完成したのは、2024年の夏頃ですね。
──やはり思った以上の時間と労力がかかっておられる。
吉平監督:CGアニメーションは様々な工程を経て制作するので、短期間での総力戦はできないんです。モデルを作り、動く仕組みを設計して演技を付ける、さらに光を当てるライティング、背景制作など、とても多くの制作工程があります。それに加えて、本作だけの特別なルックを実現するための新技術を並行して開発しながら、と考えると、すごくタイトなスケジュールの中で必死に作り上げた感じですね。僕としては「むしろ短いな」と感じていたくらいです。
──CG制作においては準備とスケジューリングが特に大切という感じですか?
吉平監督:そうですね。本作のために独自の技術開発を行ったことも考えると、映像制作のための準備には非常に多くの時間をかけてきました。けれど、世に出せるのはたった20分。そういう意味では、20分という短編作品を作るのはCG制作において一番ハードなのかもしれません。
──準備があってこその、あの密度なのですね。
吉平監督:はい。まさに、スタッフの頑張りのおかげです。
「自分の感情を引き出して音にできる」声の演技
──今回、全く事前情報なしでまず観させていただいたんですが、ナキメ(主人公)の声、演技力が本当にすごい!って思いました。結果、エンドロールで黒沢ともよさんだったことを後から知れたんですが、監督が黒沢さんを起用なさったところについて教えてください。
吉平監督:もちろんルーカス(フィルム)ともやり取りはしていますが、僕は当初から「ぜひ黒沢さんで行きたい」という意思を強く持っていました。
──若い女性が発する「生きたい」という渇望の表現が特に素晴らしかったです。テーマにぴったりな声の演技だったので、そこも含めて観返したくなる、聴き返したくなる作品でした。
吉平監督:彼女は、本当に素晴らしい演者さんです。単に台本や脚本をなぞるのではなく、自分自身がそのキャラクターとしてその世界に立って、その世界を見て、キャラクターがその時に感じている感情をそのまま音に残せるというのがすごく強い。実はナキメが言葉を使うセリフって、そんなに多くないんですよ。
「こういう感情で、こういう状況です」とか「こういう葛藤しています」みたいなことを、息遣いや“言葉の外の音”として表現してくれたっていうのは、すごく大きいですよね。
──僕らも映像として描かれた以外のところで、「見えないもの」を見ようとしたときに、黒沢さんの発した音と相まって世界が出来上がるという感覚がありました。
吉平監督:本当にすごいです……いろんなトーンが出せるし、ピアニシモからフォルティッシッシモまで演技の強弱を自在にコントロールできる。
ナキメとダークサイドナキメの掛け合いのシーンも、黒沢さんが(カットせずそのまま)順撮りで1人でやってるんです。
──え。あのままカットが入らず、リアルタイムで流れてたってことですか。
吉平監督:そうです。
──力量がすごいですね! 監督が立ち会われている時に、その部分は順撮りで行こうと決めたんですか?
吉平監督:いや、そこは演者さんに委ねよう思ってたんですが、黒沢さんは「行けます」と仰ってくれて。
──もちろん、周りを固める役者さんも素晴らしい演技だったので、もう総体としての完成度が非常に高かったです。いろいろな人におすすめしたくなる作品だなという風に改めて思いました。
吉平監督:僕は、声優さんは声を扱うスペシャリストだと思っていますが、セリフの言葉だけではなく、キャラクターの中の感情を伝えるという点において、日本の声優さんは特に優れていると感じています。その中でも黒沢さんの強い個性と演技力が、今回この作品にベストフィットしたんじゃないかなと。
──空間の“無”を表現するにあたっても、絶妙な間の埋め方でした。
吉平監督:プレスコというスタイルなので、あえてコンテには合わせず、彼女の自身の感覚でとても人間らしい血肉の通った演技として、自分のリズムで演じてもらいました。そういった意味では、変に後から間を埋めたわけではなく、彼女の演じた濃密な感情表現をほぼそのまま作品に取り込んだ形です。
──(映像を観ながら声をあてる)アフレコじゃなく、(声の録音が先の)プレスコだったんですね!なるほど。声を先に録音して、その声に合わせて映像を制作できるというのはCGアニメーションの利点でもありますね。
緊迫感とか脈動感みたいなものが、まず声に合わせて作られたものだというのを伺って、納得がいきました。
吉平監督:感情表現とか息遣いって非常にフィジカルなものなんです。たとえば「3秒で怒ってください」という風に指定すると、「その秒数に納めないと」と、演技の中にどこかどうしても違う別の意識が入ってしまう。
ですが「じわじわ怒りが沸いてから、次のセリフに入ってください」と言うと、黒沢さんは本物の自分の感情を引き出して、それを生々しく実感できる音をマイクに入れてくださる。秒数などの余計な制約がなく自分の演技だけに集中してもらうことで最大限の感情表現が録れるというプレスコ手法は、彼女の演技スタイルともすごく相性が良かったですね。
──だからこその説得力だったんですね。他の皆さんは別録りだったりするんですか?
吉平監督:いえ、現場に全員集まっていただいて、本当に舞台のように最初から順に録らせていただきました。
──すごい。そこも踏まえて、もう1度観ます。最後に、監督の中で、「スター・ウォーズ」の好きなシーンや衝撃を受けたシーンなど“心に残っている「スター・ウォーズ」”を教えてください。
吉平監督:僕が親にねだって、初めて映画館で観た映画が『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還(エピソード6)』だったんです。まだ幼いながらその世界に夢中になりました。ライトセーバーでの戦いとか、ダース・ベイダーの強烈な存在に、子供ながらにワクワクしたのを覚えてます。
大人になってからの記憶で言えば、『スター・ウォーズ/ファントム・メナス(エピソード1)』のダースモールのスタイリッシュなカッコよさにまず夢中になりましたね。「スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ」シリーズの人間的な魅力溢れるアソーカも大好きです!
──ありがとうございました!
『スター・ウォーズ:ビジョンズ』Volume3
ディズニー公式動画配信サービスDisney+(ディズニープラス)にて独占配信中。
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2025 Getty Images
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