なぜ大奥は人々を惹きつけるのか―東京国立博物館 特別展「江戸☆大奥」で秘密の扉を開く

華やかでありながら、閉ざされた女たちの世界――。

将軍の側室や女中たち、数百人もの女性が厳格な規律と秘密のもとで暮らした「大奥」。謎の多い世界は、私たちの想像力をかき立ててやみません。

そんな大奥の真実に迫る展覧会、特別展「江戸☆大奥」が、2025年7月19日から9月21日まで、東京・上野の東京国立博物館で開催中です。

展示音声ガイドナビゲーターは、モデルで女優の冨永愛さん。

大奥を題材とした作品にも縁深い彼女の声が、華やかさの裏に潜む物語を伝え、その閉ざされた世界を紐解きます。

閉ざされた秘密の園。大奥

―奥方之儀、何事によらず、外様へ申すまじき事  『聖詞前書』より

大奥に仕える女性たちは、現代で言う“秘密保持契約”にあたる『誓詞前書』という誓約を交わしていたことをご存じでしょうか。

1603年から250年以上続いた江戸時代、大奥は将軍の正妻・御台所(みだいどころ)や愛妾である側室、そして彼女たちの身の回りの世話をする多くの女中たちが暮らしていました。

外出は禁じられ、内情を外部に漏らすことも許されない―大奥の女性たちは、厳しい規律に縛られ、閉ざされた世界で生きていたのです。

秘密にされると知りたくなる。想像する大奥

特別展「江戸☆大奥」は全四章で構成されています。

第一章「あこがれの大奥」では、江戸の庶民や後世の人々によって“想像された大奥像”に焦点を当てています。

会場の入口には、2023年にNHKで放送されたドラマ10「大奥」の衣装を展示。

さらに、人気漫画である『大奥』(白泉社)や『猫奥』(講談社)のパネルも並びます。

江戸時代には描くことが禁じられていた大奥の暮らし。その様子が初めて絵にされたのが、明治時代の浮世絵「千代田の大奥」です。手がけたのは、浮世絵師・楊洲周延(ようしゅう ちかのぶ)。

『千代田の大奥』より(部分) 楊洲周延筆 明治27~29年(1894~96)東京国立博物館蔵 ※会期中、展示替え有

全40場面にわたり、想像のなかの大奥が色鮮やかに描かれています。

こちらは、正月や中秋に催されたとされる歌合(うたあわせ)の場面。和歌を嗜む、優雅なひとときがしのばれます。

『千代田の大奥』より(部分) 楊洲周延筆 明治27~29年(1894~96)東京国立博物館蔵 ※会期中、展示替え有

桜の季節には、船遊びを楽しむ女性たちの姿も。

『千代田の大奥』より(部分) 楊洲周延筆 明治27~29年(1894~96)東京国立博物館蔵 ※会期中、展示替え有

また『源氏物語』の世界を大奥に置き換えて描いた長編小説『偐紫田舎源氏(にせむらさき いなかげんじ)』も紹介されています。

「偐紫田舎源氏」 柳亭種彦作、歌川国貞 (三代豊国)筆19冊 江戸時代 文政12~天保13年(1829~42) 東京・法政大学図書館 古川久文庫蔵

物語を柳亭種彦(りゅうてい たねひこ)が執筆し、挿絵を歌川国貞(三代豊国)が担当。当時は熱狂的な人気を誇ったものの、11代将軍・徳川家斉と大奥を風刺したと疑われ、1842年には絶版処分を受けることとなります。

明治時代の錦絵「松の徳葵の賑ひ」には、17人の女性との間に53人の子どもをもうけたことでも知られる徳川家斉と、その子どもたちの姿が描かれました。

「松の徳葵の賑ひ」 明治26年(1893)頃 東京都江戸東京博物館蔵 ※展示期間:~8月17日(日)

将軍の母?それともキャリアウーマン?“大奥の出世すごろく”

江戸時代のゲーム「奥奉公出世双六(おくぼうこうしゅっせすごろく)」はとてもユニーク。

「奥奉公出世双六」 万亭応賀作、歌川国貞 (三代豊国)筆 江戸時代 19世紀 東京都江戸東京博物館蔵 ※展示期間:~8月17日(日)

マス目には役職がイラスト付きで描かれ、大奥での“出世コース”が視覚的に表現されています。

出世の道は、将軍の子を産んで「御部屋様(おへやさま)」になる道だけではありません。結婚をせず、女中として大奥を取り仕切る長「老女(ろうじょ)」へと昇進する、いわば“キャリアウーマンの道”も開かれていました。

武家出身でなくとも才能や努力によって出世が望める大奥は、身分制度が厳しかった江戸時代の女性にとって“夢のある場所”でもあったのです。

歴史を紐解く。大奥の成り立ちと創始者の存在

第二章「大奥の誕生と構造」では、大奥の制度を築いた春日局(かすがのつぼね)に焦点を当てます。

「春日局坐像」 江戸時代 17世紀 京都・麟祥院(京都市)蔵

明智光秀の家臣・斎藤利三の娘として生まれた春日局は、戦乱の中で父を失い、不遇の幼少期を過ごしますが、その家柄と教養が評価され、徳川家に仕官。3代将軍・家光の乳母に抜擢されたことが転機となりました。

やがて家光の信任を得た春日局は、将軍・家康への直訴など政治的手腕を発揮し、大奥の制度化と運営を担う存在に。

本章では、春日局に加え、草創期を支えた天樹院(千姫)や、名御年寄として知られる絵島・瀧山にも注目。それぞれの人物を通して、大奥の多面的な役割に迫ります。

「遊女立姿図」 懐月堂安度筆 江戸時代 18世紀 東京国立博物館蔵 ※展示期間:~8月17日(日)

中でも圧巻なのが、大奥の全体像を示す「江戸城本丸大奥総地図」。

「江戸城本丸大奥総地図」江戸時代 19世紀 東京国立博物館蔵

黄色が御殿、赤が2階建ての女中の住居「長局(ながつぼね)」。1000人を超える女中たちが暮らした広大な空間を、図面から体感できます。

気高く、しなやかに―大奥の女性たちの祈りと日々

続く第三章「ゆかりの品は語る」では、重い責務を背負いながらも、強くしなやかに生きた将軍の正室や側室たちの姿に光をあてます。

仏像や振袖などの“ゆかりの品”には、彼女たちの静かな祈りと、揺るがぬ覚悟が宿っているようです。

5代将軍・徳川綱吉の養女・竹姫が厄除けを願って祐天寺に寄進した「阿弥陀如来坐像」には、婚約者を相次いで亡くすなど、数奇な運命をたどった彼女の深い祈りが込められています。

「阿弥陀如来坐像および附属品」 小堀浄運作、浄岸院(竹姫)奉納 江戸時代 享保8年(1723)東京・祐天寺(目黒区)蔵

また、綱吉が側室・瑞春院に贈った品を包んでいた刺繍掛袱紗は、奈良・興福院に伝わり、重要文化財に指定されています。

「刺繡掛袱紗」 瑞春院(お伝の方)所用 江戸時代 17~18世紀 奈良・興福院(奈良市)蔵 ※会期中、展示替え有

松竹梅や季節の草花、「長生」「楽寿」といった縁起のよい意匠が、緻密に刺繍された、息をのむような美しさ。本展では全31枚が前後期で展示され、一堂に会するまたとない機会となっています。

晴れの日の輝きと穏やかな日々――大奥の暮らしを覗く

「搔取 白綸子地桜牡丹藤源氏車模様」伝静寛院宮(和宮)所用 江戸時代 19世紀 東京・公益財団法人 德川記念財団蔵 ※展示終了

ラストを飾る第四章「大奥のくらし」では、華やかな晴れの場を彩る衣装や年中行事の華麗な道具たち、そして日常に彩りを添えたかるたや楽器など、多彩な品々を通して、大奥の女性たちの豊かな暮らしぶりが浮かび上がります。

「伊勢物語歌かるた」静寛院宮(和宮)所用 江戸時代 19世紀 東京・公益財団法人 德川記念財団蔵

将軍の娘として大奥で育った女性や、御台所として他家から嫁いできた人々は、それぞれの婚礼に、きらびやかな調度品を携えて新生活を迎えました。

「竹菱葵紋散蒔絵婚礼調度」 鶴樹院(豊姫)所用 江戸時代 文化13年(1816)東京国立博物館蔵

紀州藩の姫君の嫁入りに用意された「竹菱葵紋散蒔絵婚礼調度」は、統一された意匠が施された、美と格式を兼ね備えた品格ある道具一式です。

さらに、一点一点が精緻に仕立てられた衣装が、会場に華やかな輝きを添えています。

月ごとに決められた装いに従い、模様や紋の位置にまで厳格なルールがあった大奥。御台所は、一日に5回も着替えたという記録も残されています。

こちらは、鮮やかな赤が目に焼きつく「火事装束」。

「火事装束 猩々緋羅紗地波鯉千鳥模様」 江戸時代 19世紀 東京国立博物館蔵

火災の煙が立ちのぼる緊迫のなかでも、大奥の女性たちはこの装いを身にまとい、凛として振る舞っていたといいます。

「外出が制限されているけれど、歌舞伎が見たい」——そんな大奥の女性たちの切実な願いが叶えられた方法にもご注目。

男子禁制の大奥では、特別に女性の歌舞伎役者が招かれ、舞台が披露されていました。会場には、その際に使われた豪華な衣装も展示されています。

大奥の扉が、いま静かに開かれる——

華やかでありながら閉ざされた、大奥という特別な世界。そこに生きた女性たちの祈りや美意識、そして日々の営みに、静かに心を傾けてみたくなる——。

特別展「江戸☆大奥」では、知られざる大奥の素顔に触れられるまたとない機会が広がっています。

■開催概要
展覧会名:特別展「江戸☆大奥」
     Special Exhibition Ooku : Women of Power in Edo Castle
会期  :2025年7月19日(土)~9月21日(日)
     ※会期中、一部作品の展示替えを行います。
休館日 :月曜日 ※ただし、9月15日(月・祝)は開館
会場  :東京国立博物館 平成館
開館時間:午前9時30分 ~ 午後5時
     ※毎週金・土曜日、9月14日(日)は午後8時まで開館
     ※入館は閉館の30分前まで

主催  :東京国立博物館、NHK、NHKプロモーション
特別協力:公益財団法人 德川記念財団
協賛  :SGC、DNP大日本印刷
HP   :https://ooku2025.jp/

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ぴかっとさん

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北海道生まれのアラサーです。たくましく生きたいので、筋肉をつけようとしていますが、プロテインは苦手です。読書とオシャベリが好きです。

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