『センチメンタルサーカス』15周年記念インタビュー/デザイナー市川晴子さん「思いつかなかったとしても、とりあえずスケッチブック広げよう、みたいな感じでここまで来ました」
センチメンタルサーカスは、街角や部屋の片隅に忘れられた
ぬいぐるみたちのサーカス団。ひとりぼっちで目覚めた夜や仲間たちとの出会い
かけがえのない想い出を心の涙と一緒に
何度でも縫い合わせてサーカスの仲間たちは旅を続けてきました。寂しさや孤独も一緒に手を取って
大切な想い出に変わるまで
何処かの空の下でそっと見守っています。切ない夜の 涙も ともに
(センチメンタルサーカス公式サイトより)
https://www.san-x.co.jp/sentimental_15th_anniversary/
愛くるしくも、もの哀しさにも似た懐かしさ、そしてぬくもり漂うタッチが印象的な「センチメンタルサーカス」の世界。
数多くの人気キャラクターを扱うサンエックス作品の中でも、センチメンタルサーカスを織りなし取り巻く空気は、かわいくも儚い独特性に包まれています。2025年に15周年を迎えたこの作品は、その独自の色合いで今もファンの心をとらえ続けて放しません。
今回はセンチメンタルサーカスのデザイナーである市川晴子さんにお話を伺う機会に恵まれました。異質ながらもずっと触れていたくなるような魅力を持つこの空気感は、一体どのように醸成されているのでしょうか。
センチメンタルサーカスの原画
──作り手の方に会ってお話聞ける機会はめったにないと伺ってます。
サンエックス広報さん:市川さんの対面取材はWEB媒体初ですね。
──お時間作っていただいて本当ありがたいです。
市川晴子さん:こちらこそです! よろしくお願いします。
広報:早速ですが、こちら、センチメンタルサーカスの原画です。
他のスタッフ:すごい。これ……!(一同感嘆)
──すごいですね……。
市川:嬉しいです。そう言っていただけて!
──驚きで固まりました。これはアガりますね。これらがセンチメンタルサーカスの初期のイメージということなんですが、この時点で世界観が出来上がってる印象を受けました。色合いの落ち着き具合が絶妙ですね。
市川:センチメンタルサーカスは、コンセプトのひとつとして「捨てられたぬいぐるみたち」というのを掲げてスタートしているので、そのイメージを色でも表現していくために、ちょっとダークというか、くすんだ色合いを追求しました。
捨てられてしまった暗さや切なさに加えて、少しアンティークな風合いも出したかったんです。
──くすみの度合いって塩梅が本当に難しそうです。製品になったときの発色の度合いもすごく気を遣われるポイントでしたか?
市川:そうですね、グッズにする時も、製品に関わる方に本当にご協力いただきまして、今のこの絶妙な「くすみピンク」などの色合いを表現していただいてます。色味はかなりこだわりを持ってやらせていただきました。
手描きのみでの作画
──大体どのくらいの時間を使って原画を描かれるのですか。
市川:ここにある1ポーズとかワンモチーフぐらいだったら10分ぐらいでしょうか……。ちょっと絵具が厚塗りなので、乾く時間も込みになっちゃうんですけど、
──では描く時間が実質5分くらいで、あとは乾かす感じで?!
市川:そのくらいだと思います。ですので、1日で(この画用紙)3、4枚ぐらいを、出来るだけスピード良く描いてます。
──この密度でその速さ……! キャラとキャラの間にぐるぐるしたペンの跡がありますが、これはウォーミングアップ的な何かですか。
市川:そうです。サインペンでガッシュ(不透明水彩絵の具:顔料分が多いので厚塗りができる)の上から描いてると、絵の具の表面を若干削ってしまって、時々インクが出にくくなっちゃうことがたまにあるんです。それでそのようにペン先をリセットしています。
──他にはどんな画材をお使いですか?
市川:下描きは鉛筆で、清書はアクリルガッシュと画用紙を主に使ってます。
センチメンタルサーカスは、テーマによってかなりタッチや色彩を変えています。大まかには水彩風の軽いタッチと、油彩風のちょっと重めなこっくりしたタッチとに分けています。
水が多めで淡めな水彩風タッチの時は、紙目の細い画用紙なんですが、反対にちょっと厚塗り風の油彩タッチの時は、キャンバス画紙という、油彩のキャンバスに似た、ボコボコの目の画用紙で描いています。
──アクリルガッシュと紙の質感だけでここまで表現力が……!すごい。
市川:キャラクターの鼻とか、細かい文字の部分は後からサインペンで上から描いたりしているのですが、メインはアクリルガッシュをずっと前から使用しています。
──アナログだけですね。
市川:そうです。センチメンタルサーカスのポイントの1つが手描きの温かみを伝えることなので、徹底してアナログを優先しています。
──だからこその、“一点もの”の良さがあります。
市川:その一方で、データの扱いがかなり複雑になってしまいます。ですのでチームのデザイナーさんたちにはもう毎度毎度、お世話になっています。
──デジタルでの加筆などは使われないんですね。
市川:はい。スキャンして取り込んでから、それを切り取って画面に配置する程度なので、パソコンの画面に映してからの加筆はほぼ無いですね。デジタルにはデジタルの良さもすごくあるんですが、この子たちに関しては徹底して手描きの表現ににこだわっています。
「アンティークの沼」からの栄養
──新しいキャラクターや作品イメージのアイデアが出やすくなるように心がけてることはありますか。
市川:私、個人的にかもしれないんですけれども、自分の好きな世界に浸っていると創作意欲が湧いてくるタイプなんです。ですので好きな音楽、本や漫画、アートなど、周りの景色も含めて「好きなものに常に触れる」ということをとても大切にしています。
それとは別に一方では、色々なものが描けるようにしたいな、とも思っているので、知識の幅を広げられるよう新旧問わず出来るだけ多くの作品や日々のニュースにも触れるように心がけてます。
世の人々の関心事として「今、みんなどんなものに関心を持ってるのかな」と。
新しいものを得ていくのはすごく好きです。「こういうのもいいよね」「今こういうのも流行ってるんだ!」という感じで吸収していきつつ、それを自分流にアレンジしてみたりして楽しんでいます。
──なるほど。どんな方向性のものがお好きなんですか?
市川:センチメンタルサーカスにもそれが出てるんですけれども、ダークファンタジーがすごく好きでして。時代的には古めなものが好きなんです。
文学で言うと大正、昭和初期ぐらいの文学が好きですね。アンティークのものから要素を吸収して、表現することも多いです。
──すごく説得力が。アンティークからしか得られない栄養みたいなものってありますよね。
市川:ありますね!
──そうすると、やっぱり古道具、アンティークショップみたいなお店に立ち寄ることは多いんですか。
市川:すごく好きです。骨董市なんかに足しげく足を運んだり。一時期、アンティーク着物にすごく興味が出たこともありました。
──それはなかなか沼が深そうですね(笑)
市川:本当にその時も沼が深くて! 着物って模様ひとつとっても、当時の柄ってすっごく繊細で美しいんです。柄の1つ1つにも意味があったり……。センチメンタルサーカスとは世界観も時代も違うんですけれども、柄に込めた色合いや、全体の色彩からも学ぶものがすごくたくさんありまして、すごくのめりこんだ記憶があります。
──なぜこれがこういうデザインなんだろう、みたいなところですね。それぞれに実はちゃんと意味付けがあったり。
市川:そうですよね、1つ1つの細部に至るまでに意味が込められてるというのがすごく素敵だなと思います。私も、何か表現する時には、キャラクターの性格や世界観に対して、なんとなくではなく、なるべく細部の根拠や裏設定のようなものを大切にしています。
こういう性格だから、この世界観だから、このような細部になっているというのを、持っておきたい気持ちがあります。全部を表には出さないですけども、全てに意味があるように作ることを心掛けています。
思いつかなかったとしても何か描きながら考える
──創作には、喜びに伴う生みの苦しみもあるかと思うんですが、市川さんはいかがですか?
市川:私の場合、1番初めのアイデアを出したり、大まかな形を作っていくところは、比較的スムーズに出るタイプだという気がしています。キャラクターたちに関しても、スムーズだった印象ですね。1番初めの段階って、何者にも囚われず本当に自由に考えられるんです。
ただ、そこまでは早いんですけれども、そこから製品にするためデザインを詰める作業の時に苦労をしました。
大まかにデザインを出した後の詳細なストーリー付けや、キャラ設定、細部のデザインを詰めていく時、目の前に迷いの森が見えてきて。本当に迷走してしまうと、ひとつのキャラクターの見た目に関して、何枚も何十枚もスケッチ描いたり。デザインだけでなく名前の候補も何十パターンも出して、こうでもない、ああでもないみたいになってしまいまして。
そういうときは、とにかくたくさん描きます。頭で考えるよりも、目で見て判断した方が、自分でも結論づけられるので。
──そんなにたくさんのパターンを考えるんですね。
市川:「シャッポ」に関しては、見た目のデザインは10数パターンぐらいはあったかと思いますね。シャッポっていう名前も最初かなり検討しました。それもおそらく10数パターンぐらい名前を一気に書き出して──結局やっぱり「シャッポ」がよいねと落ち着いた記憶があります。
──ちょっと古めの慣用句の「シャッポを脱ぐ」のシャッポですよね。
市川:そうです、まさに。シャッポは帽子(フランス語:chapeau)という意味なのですが、これも出来ればちょっとアンティークめな感じを出して使いたいという希望がありました。
──「苦しい時にとにかく手を動かす」っておっしゃるのはきっと簡単だと思うんですけど、まあまあ辛い作業ですよね。
市川:頭ではそれがわかってるけど何描けばいいのって、わかんなくなる時とか、すごくいっぱいありました。そういう時でも、制作チーム、とりわけ企画を担当するプランナーにうんと助けられましたね。
プランナーは一緒に作品を作ってきた仲間でもあるのですが、「市川さんは、何も思いつかなかったとしても、とにかく自分の前に白い紙を置いて、何か描きながら考えた方が出口見つかるタイプだよ」って言ってくれて。もう思いつかなかったとしても、とりあえずスケッチブック広げよう、そして描こうと思わせてくれました。
──チームには市川さんに対する理解度が高い方がいらっしゃるんですね。
市川:本当に。私はありがたいことに、入社して初めて出したキャラクターをそのまま採用していただいて、ここまで至るというすごく幸せ者な経緯をたどらせてもらっているのですが、それは私を理解してくださっているチームの皆さんや、会社の方々に恵まれたおかげだと思っています。
──チームって何人ぐらいの規模感なんですか?
市川:時期によって変動があったりとかするんですけれども、センチチームは今、6名でやらせていただいてます。
──勝手に何十名もイメージしていましたが、意外と少ないんですね!
市川:そうですね。センチチームも、他のチームもそうなんですけれども、デザイナーもプランナーも各々が素晴らしいスキルを持ってます。本当に神がかったスキルを駆使して、一人一人がかなりの作業をこなしています。
──その人数でこの完成度だと考えると、各チームがアベンジャーズなんですね。
市川:(笑)ゴリゴリのアベンジャーズがそろっています。
黒歴史の引き出し
──市川さんが入社されてすぐにセンチメンタルサーカスが作られた、とのことですが、そもそもこの職業を志したのはいつ頃だったんですか?
市川:将来イラストとかアート系のものに関わっていきたいという気持ち自体は小さい頃からありました。幼少期の頃からとにかく絵を描くのが大好きで、イラストもそうですが、なんかよくわからないキャラクターをよく描いていました。
小学校の頃にプロフィール帳というのが流行っていたのですが、「将来の夢」の欄のところには必ず「イラストレーター」と書いていたぐらいです。
実際、イラストとかアートの世界の中でもキャラクターのイラストに関わる仕事がしたい! と明確に思い始めたのは、大学2年生の秋ぐらいです。就職活動を始めたぐらいの時期ですね。小さい頃から、自分はキャラクターにいっぱい囲まれていて、そのキャラクターたちに私自身が癒されていたなぁと再確認したんです。
自分が関わって生み出させてもらったキャラクターたちで、自分がしてもらったように、少しでも誰かを癒せたり、励ませたりできたらいいなと思って、この職業を目指しました。
──小学校のくらい時には、既にいろいろなキャラクターを生み出されてたと思うんですけど、そういうのってお友達と共有してたりはしてたんですか。
市川:していました。
──自分の身の回りのキャラクターたちの家族を勝手に増やしたりとかも?
市川:もちろんしております(笑)。
本当に恥ずかしくて捨てられないノートが、実は今でも全部取ってあるんですけど、そこに居ます。
──素晴らしい! 見てみたい(笑)。
市川:今見るとまさに黒歴史としか言いようがないようなものが、わんさか家にあります。
──でも、そういうのって捨てられませんよね。
市川:本当に……! 自分が死ぬ時にどうしようかなって思うくらいです、もう(笑)。割と頑張って処分したりしたんですけれども、まだ引き出し1個分ぐらい残っています。
──まあまあありますね(笑)! 若い時だったから作れた、というような作品も多いですか?
市川:もう、それが大半です。「若かったなー」と思うものばかりですね。今も日々勉強している最中なんですけれども、知識がなかった若い頃だからこそできた“自由さ”みたいなものがありますね。
今見ると「わー、この人楽しそうだなー!」「こんなわけないだろ!」って思います(笑)。でも、客観的に見ると、すごく自由に表現しているんです。それらを見ると「なんか馬鹿やってたなあ。また頑張るか!」って気持ちになれますね。
「どんな作品でもそれを好きでいてくれてる人がいる」
──市川さんの作品やお仕事に憧れている人たちやクリエイターの皆さんに向けて、メッセージなどいただけますか。
市川:うまく言葉にできないんですが、……私自身、本当に多くの人に助けられて、暗中模索しながらやっとここまで来れたと思っています。
創作ですとか、こういった職業に憧れてたりしている方、実際に職業に就かれてる方々、皆さんすべてが同志だと思ってます。その同志の皆様に「本当に日々お疲れ様です」っていうのをお伝えしたいですね。みんなで肩組んで「お疲れ様!」って言いたい気持ちです。
また、0から1を生み出すのは本当に大変だなというのを、身をもって、日々実感しています。
もちろん楽しい瞬間もすごくたくさんあるんですけれども、数々の寄り道だったりとか、脱線だったり、迷い道もあると思うんです。そういうのを抜けるべく、一筋の光を求めて、皆さん日々頑張って少しずつ歩いていかれてるわけですよね。
そんな時、光を追い求めるあまりに、ふと「こんなにやっているのは自分だけなんじゃないか」みたいな思いにとらわれる時があると思うんです。
そういう時こそ、ちょっと立ち止まって辺りを見てみると、なんか意外と1人じゃない。そっと横から手をさしのべてくれたり、支えてくれてる人たちがいる。
ちょっと振り返って後ろを見たりすると、そんな自分をすごく一生懸命応援してくれてる人がいたりするんです。
何かに対して、すごく真剣に挑んでる人のことを見てくれてる人は、絶対どこかにいるんじゃないかなという風に思ってます。
だから、頑張りすぎて疲れちゃう時は、ちょっと歩みを止めて、自分の来た道とか景色とかをちょっとでいいから見返してみると、その時の見逃しがちだった出会いや思いに触れられる気がしています。
それで、ちょっと心に明かりが灯ったら、また少しずつでも踏み出して長い作品作りの旅を続けられるんじゃないかなっていう気がしています。
──行き詰まる時って、かなりの割合で周りが見えなくなってしまってることがありますよね。まず立ち止まってっていうのは大切かもしれません。
市川:そうですね。がむしゃらにやってる時って、「なんで私ばっかり」「こんなの誰も見てくれてないんじゃないか」みたいな気持ちになってしまったりするときもあります。けれど、どんな作品でも、絶対それを好きでいてくれてる人とか、気づいてくれている方はいらっしゃるはず。元気をもらえるところは意外と近くにあるよ!って思っています。
──市川さんご自身も、作品を取り巻く方々に助けられた、ということですね。センチメンタルサーカスも15周年ということで、今年はさらに盛り上がっていますが、市川さんのお仕事もますます忙しくなりそうですね。
市川:ありがたいことにまだお仕事をいただけそうなので、いただける限りはもう進んでいこうと思っています。
──これからも楽しみにしています。今日はありがとうございました!
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