日常感覚の掌篇と、異様生態系を扱った連作〜キム・チョヨプ『惑星語書店』

日常感覚の掌篇と、異様生態系を扱った連作〜キム・チョヨプ『惑星語書店』

 キム・チョヨプは2017年のデビュー以来、順調に作品を送りだしている韓国のSF作家だ。すでに、長篇『地球の果ての温室で』『派遣者たち』、短篇集『わたしたちが光の速さで進めないなら』『この世界からは出ていくけれど』が邦訳されている。本書は2021年刊の短篇集で、14作品を収録。

 表題作「惑星語書店」は、人類が銀河系に広がり、数万種類の言語が存在する未来が舞台。異言語間のコミュニケーションは、すべての人間の脳に搭載された翻訳モジュールが万全にサポートしてくれるのだが、そんな時代に、片田舎の惑星で「読み解けない言語」で書かれた本ばかりを並べた書店が営業している。どんな意図があって、この書店は存在しているのか? この店に来る客は何を求めているのか? 淡々とした語りのなかに、ほのかに温かみのあるショートショート。

「サボテンを抱く」は、手術の影響で、いかなる物体に触れても苦痛に苛まれる接触症候群を発症した建築家パヒラの物語。パヒラの元へやってきたお手伝いロボットを語り手として、パヒラと児童養護施設の少女(パヒラほど重症ではないが接触症候群に罹っている)との交流が描かれる。

「切ないラブソングはそれぐらいに」は、二十年ごとにバラードが流行歌となる理由を、タイムトラベルで2003年の高校に潜入して探ろうとする。あっけらかんとした面白さの小品。

 以上に紹介した作品は、どれも日常感覚をベースにしつつ少し不思議なシチュエーションによって、読者の感情にさらりと訴えかけるものだ。そのいっぽうで、凝ったSFアイデアを核として、異常な情景を構成する作品もある。

「沼地の少年」は、沼地に菌糸体ネットワークをはりめぐらせた非人間的知性であるわたしたちの視点で語られる。わたしたちは、人間の都市から逃げてきたクローンの少年を感知し、あの子を食べちゃおう、そして新しい刺激を取りこもうと考える。しかし、事態は思うようには運ばない。逆に、少年がわたしたち(の一部)を食べてしまうのだ。個体である少年と、環境のなかに広がったわたしたち。双方の生のありようの違い、世界認識の差を背景として、少年のサバイバルが描かれる。

「汚染区域」と「最果ての向こうに」は、「沼地の少年」と同じ世界を舞台としているが、物語はそれぞれ独立したものだ。ただし、要素的なつながりはあり、読み進めるなかでそのつながりがしだいに見えてくるところが妙味でもある。

「汚染区域」は、宇宙由来の植物によって精神異常が発生している禁断のエリアへと、派遣者ラトナが調査に赴く。そこで出会ったのは、身体にキノコを生やした住民たちだった。彼らは精神異常を免れているようである。物語は謎めいた終わりかたを迎える。

 その謎が明らかになるのが「最果ての向こうに」だ。語り手はラトナからの報告書を受けとったわたしである。短い作品だが、人類が地球外植物とどう向きあうか、奇妙な菌類との神経系連合の可能性など、大きなテーマが提起される。

「沼地の少年」「汚染区域」「最果ての向こうに」の三篇を原型として、チョヨプはのちに長篇『派遣者たち』を書きあげることになる。この作品については邦訳刊行時に紹介した(https://www.webdoku.jp/newshz/maki/2024/11/19/113000.html)。

(牧眞司)

  1. HOME
  2. 生活・趣味
  3. 日常感覚の掌篇と、異様生態系を扱った連作〜キム・チョヨプ『惑星語書店』

BOOKSTAND

「ブックスタンド ニュース」は、旬の出版ニュースから世の中を読み解きます。

ウェブサイト: http://bookstand.webdoku.jp/news/

  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。