〈本源的形相〉の侵入で、異形化する現実〜チャールズ・ウィリアムズ『ライオンの場所』

〈本源的形相〉の侵入で、異形化する現実〜チャールズ・ウィリアムズ『ライオンの場所』

 チャールズ・ウィリアムズは、J・R・R・トールキン、C・S・ルイスが所属したオックスフォードの文芸集団インクリングズの一員だ。ただし、ウィリアムズが加入したのは遅く、もともとは彼の作品を読んで感銘を受けたルイスが手紙を送り、ふたりのあいだに交流がはじまって数年のち、ウィリアムズが仕事の都合でオックスフォードへ移転したことによる。そもそものきっかけとなったルイスに感銘を与えた作品というのが、本書『ライオンの場所』である。ウィリアムズが発表した三冊目の長篇小説だ。

 この作品ではイデアの顕現が描かれる。イデアとは、古代の哲学者プラトンが説いた、事物や概念の本質だ。その抽象的な存在が、日常世界に具体的なモノとして侵入するのである。

 雑誌『ふたつの陣営』の副編集長を務める青年アンソニーは、友人と散策中に動物園から逃げだした雌ライオンと出くわした。雌ライオンが跳躍し、近くの家の門のなかにいた男に飛びかかったかと思うと、次の瞬間、男を組み敷いていたのは、巨大な雄ライオンだった。何が起こったのかわからず、唖然とするアンソニーと友人。ライオンは二頭いたのか? それとも雌ライオンが雄へと変身したのか? 雄ライオンはゆっくりと立ち去り、雌ライオンの姿はどこにも見えない。

 ライオンに倒された男はベリンジャーという、その地域で哲学的な集会を主催し、メンバーの前で講義している人物だった。ライオン事件でベリンジャーが寝こんでしまったため、急遽、月例会での講演者として、研究者ダマリスが呼ばれる。彼女はアンソニーの婚約者であり、ふたりの間柄は恋愛関係というよりも、遠慮のない友人同士ともいう距離感である。

 さて、学究的な気質のダマリスにとって、地域の文化サークルのような俗っぽい集まりなどまったく興味がわかないのだが、しらがみがあって講演を引き受けることになる。その月例会の席上で事件が起こった。参加者のひとり、ウィルモット嬢が王冠を戴いた蛇を幻視。彼女の恐怖がたちまち周囲に伝播し、パニックになったのだ。

 それからというもの、この町で奇妙なできごとが次々と発生する。どうやら、イデアの世界と現実世界のあいだに亀裂が生じているらしい。イデアの顕現は、生身の人間にとって両義的である。真理を追究する者には啓示的な体験となるが、自らの欲望に溺れる者には精神と肉体の力を奪われる厄災でしかない。この両義性と、それをめぐる哲学的論議が、この作品に独特の色調を与えている。

 ベリンジャー家集会の重鎮であるリチャードスンは、アンソニーにこう言う。「あなたは英国の絵画に描かれた天使の姿から判断している—-ゆったりとした着衣をまとった肉体や、力を欠いた優しさ。(略)でも、本当の〈天使〉はそんなものとはまったく異なる。虎や、火山や、宇宙で燃えあがるいくつもの太陽の〈本源的形相〉なんです」。

 こうした神学や哲学の色彩のいっぽう、ストーリーレベルのホラー・サスペンスとしてもこの作品は良くできている。奇怪なできごとがなだれのように押しよせ世界の終末を予感させる展開、とりわけイデアに憑依され異形化する人間の描写は、クライヴ・パーカーもかくやといった凄まじさだ。

(牧眞司)

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