【オフィシャルレポ】FINLANDS、ソールドアウトで迎えた〈I HAS TOUR〉ファイナル公演で全25曲を熱演
「私たちのファイナルはいつも雨が降ってしまうんですけど」とこの日のMCでも塩入冬湖(Vo.& Gt.)が自虐まじりで触れていた通り、ファイナル公演はかなりの頻度で荒天に見舞われがちなFINLANDSだが、今回に限っては前夜から降り続いていた雨も午後にはすっかり止んだ。久々のアルバムツアー、そのゴールをきっと天の神様も待ち侘びていたのだろう。そのおかげもあってか、ソールドアウトしたフロアは開演前からすでに立錐の余地もないほどだったが、いつにも増して賑々しく晴れやかな期待感に満たされていた。
予定時刻を少し回り、客電が落ちると同時に凄まじい歓声が渦巻いた。サポートメンバーの鈴木駿介(Dr.)、彩(Ba.)、澤井良太(Gt.)に続いて登場した塩入の、白いジャケット姿に白のギターを構えたクールな佇まいがいっそう熱狂に拍車をかける。鈴木が鳴らすスティックのカウントを合図にほとばしるバンドアンサンブル。オープナーとなったのは『HAS』にも収録されたキャッチーなシングルチューン「東京エレキテル」だった。塩入ならではの唯一無二なハイトーンで紡がれる歌い出しの一節、“一生ものになっちゃいそうな なっちゃいそうな夜は”に、今夜が文字通り、一生もののひとときになることをオーディエンスの誰もが確信しただろう。ザクザクと小気味よいテンポで刻まれる盤石の演奏にフロアいっぱいのハンドクラップが混ざり合い、この日だけの音楽がステージと客席との間にたちまち築き上げられていく。
「“I HAS TOUR”ファイナル公演、渋谷クラブクアトロへのご来場誠にありがとうございます。お元気ですか?」
続く「HEAT」でクアトロの室温をググッと上昇させたあと、塩入はそう短く挨拶するも、逸る気持ちを抑えられないとばかりにすぐさま「ウィークエンド」に突入。さらに「ラヴソング」「call end」と人気ナンバーを次々に投下して観る者に息つく隙さえ与えない。過去曲ながらまったくもって色褪せない楽曲たちのエネルギーが『HAS』に宿った最新作特有の推進力と相乗して新鮮なグルーブを生み出していく様はアルバムツアーだからこその醍醐味と言っていいかもしれない。4曲ほど過去曲が続いた直後、塩入は「ここにいたら安心だし安全だし、これぐらいって見積もれる生活のなかにいるのは気が楽だけど、私は自分自身が生み出すもっととんでもない未来に期待したい」と告げて『HAS』収録の「割れないハート」を演奏。いつしかぬるま湯の馴れ合いになってしまった“あなた”との関係にノーを突きつけ、“期待はやめないさ 正当な明日の先で/あなたにわたしはもう傷ついてあげない”とキッパリ言い切る主人公のなんと痛快なことか。過去曲の連なりからの伏線回収、そんな楽しみ方ができてしまうのも面白い。
「東京でライブをするのはすごく久しぶり。東京出身ではないんですが、帰ってきたなという気持ちになる風景です。本当にみなさんに来ていただけて嬉しいです」
声をはずませる塩入をオーディエンスの拍手が包み込む。実際のところ東京でのライブは3月8〜9日に行われた“記録博 2025”以来、約2ヵ月とさほど空いてはいないのだが、すごく久しぶりと感じるくらい今ツアーが充実していたということだろう。「わたしたちのエチュード」や「ララバイ」「CLASSIC」といったアルバムのなかの新曲たちが音源以上にくっきりと太い輪郭線を帯びて、言外に込められたメッセージを伴いながらひときわリアルに胸に迫ってくるのがその証左だ。今やFINLANDSのたった一人の正式メンバーである塩入を、ツアーのみならず制作の現場も共にして支えるサポートメンバーと阿吽の呼吸で繰り広げられる生身のサウンドクリエイティングは時にエキサイティングに、時にメロウに、聴き手のエモーションを容赦なく揺さぶってとめどない。
今ツアーでは毎回その都市に似合うと思う曲を日替わりで演奏しており、東京では絶対にこの曲だと決めていたと語ってライブの鉄板曲「カルト」を披露したのち、「自分自身の変化って自分よりも周りの人のほうが感じやすいんじゃないかなと私は思うんですけど」と前置きすると、プライベートでは結婚、出産という大きなライフイベントを経験する一方でFINLANDSとしては結成10周年を迎え、昨年はメジャーデビューも果たすなど、起伏に富んだ前作からの4年間を振り返った塩入。
「いろんなことが変わっただろうけど、ひとつだけ“私はここが変わりました”と自分で言えるのは、本当に手放したくない、絶対になくしたくないものを恥ずかしがらずに口で言えるようになったこと」と明かし、それが家族であり、FINLANDSであり、今日来てくれてるみなさんとこうやってライブする時間だと断言する。恥をかいても、見栄をなくしても、惨めでもいい、何をしてでも手放したくないものは絶対に手放さずにいたいと思えるようになったことがこの4年の大きな変化だと誇らしげに続ける。そうして「自分が気に入っている未来を絶対に見てやろうと思いながら作りました」と言って朗々と奏でた「シルエット」こそはこの日のハイライトだっただろう。
『HAS』というアルバムは、塩入のこれまでの人生において彼女が手にしてきたものがことごとく収められた作品だ。10代20代の頃に感じていた生きづらさや憤り、“わたし”は“わたし”だという真っ当な矜持、何があっても絶対に手放したくない大切なもの、あるいは、うっかりひょっこり得てしまったがいつの間にか自分にとっての必要不可欠となったもの————そうしたあらゆる“HAS(※“持つ”という意味の英単語“HAVE”の三人称単数形)”を塩入は今作に込めた。何を持つかは人それぞれ異なるし、持ち物に正解も不正解もおそらくないだろう。だが、それらを“持ち続ける”ためには相応の覚悟を要するに違いない。居丈高に威嚇するためでも、誰かを傷つけるためでもなく、FINLANDSにとって守りたいものを守り抜くために握りしめた拳がこの『HAS』なのだと、全身全霊を賭して歌い奏でる塩入の勇姿にはっきりと思う。
ドラマ『村井の恋』の主題歌として一躍注目を集めた「ピース」から今作最強のアグレッシブチューン「VS」まで怒涛のまま一気に駆け抜けた後半戦。FINLANDSがファイナル公演のエンディングに選んだのはアルバムのタイトル曲であり、そのラストを飾る「HAS」だ。“この世が終わる1秒前に/わたしが幸せだったという為に/あなたは生きているわけじゃない”“だけど わたしが生きている/理由はあなただと思う”——悠然として壮大なサウンドに乗せて曲の最後に歌われるあまりに切実で赤裸々な思慕。揺るぎなく堂々と最愛を誓ったこの歌に『HAS』の真髄を見た気がした。
「またお会いしましょう。FINLANDSでした」
全25曲を終え、塩入とメンバーが颯爽とステージを降りていく。ステージが空っぽになっても、終演を告げるBGMが鳴っても、アンコールを求める拍手はなかなか止もうとはしなかった。いつまでも消えない余韻は次のステージへと引き継がれていくのだろう。今ツアーの続編となる対バンツアー“I HAS TOUR 敬愛編”の開催はすでに告知されているが、この日はさらにツアーで訪れた街の隣県5都市で行う、その名も“I HAS TOUR 隣県編”も発表された。深まる秋の終わりまで表情を変えながら続く“HAS”の旅。かけがえのない瞬間をぜひあなたにも体感してほしい。
文:本間夕子
写真:endo rika / 小野正博
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