鉛原子核を亜光速で“すれ違い”させて金を生成! この研究が達成したことは結局なに?(彩恵りり)

価値の低い金属から貴金属を得る「錬金術」は、少なくとも普通の方法では不可能だよ。ただし、かかるコストを完全に度外視し、目に見えないほど量が少なく、かつ一瞬だけ存在するという状態でいいなら、加速器という装置を使えば錬金術自体は可能になるよ。2025年5月上旬に、世界最大の円形加速器「LHC (大型ハドロン衝突型加速器)」にて、鉛から金を作ることに成功した、という錬金術を思わせるニュースが流れたと思うけど、今回紹介するのはこの研究となるよ。

ところで、このニュースの反応を私なりに見てみると、あまりこの分野に詳しくない人には内容を過剰に捉えてしまって勘違いをしてしまい、一方でちょっと知っている人や専門家には、どういうインパクトのある研究なのかイマイチピンとこない、という感じなんだよね。ちょっと記事が長くなるのは承知で、じゃあ結局のところ何を達成したの? という点についても触れていくね。

現代の錬金術を可能にする加速器

古代から中世にかけて、「鉛を金に変える (Lead into Gold)」とも表現される「錬金術」を行えないかどうか、その研究が盛んに行われていたよ。しかし、それが不可能であることが判明するのには時間がかかったよ。この時代は「物質は原子でできている」という考えが無かったし、むしろ錬金術を探求する過程でこの概念が出てきた感じだからね。錬金術はその大目標こそ失敗したけど、化学の基礎を築いた非常に重要な立ち位置にあるんだよね。

錬金術が不可能とされるのは、原子の作りに理由があるよ。原子は外側を回る電子と中心部にある原子核で構成されており、原子核はさらにいくつかの陽子と中性子で構成されているよ。原子の種類を決めるのは原子核の陽子の数であり、理屈の上では陽子の数を増減させれば、錬金術ができるようになるよ。しかし、極めて強い結合と電磁場を持つ原子核から粒子を足したり引いたりするのは、少なくともフラスコやビーカーの上では不可能なんだよね。これが、錬金術師が錬金術に失敗した理由になるよ。

【▲図1: LHCは1周27kmにもなるので、地図に落とし込むとこのサイズ感になるよ! (Image Credit: CERN) 】

ただ、ここに“賢者の石”とも言える装置を導入すれば、話は変わってくるよ。「加速器 (粒子加速器)」という装置を使うと、原子核にぶつける粒子を、光速の数%レベルまで加速することができるんだよね。これくらい極端に加速した粒子をぶつければ、原子核に粒子を足したり、逆に取り除くことが可能になるよ。それだけでなく、普段自然界には存在しない重い粒子を生成したり、誕生直後の宇宙に近い高温・高密度な環境を作るなど、とても面白い現象が起きるようになるよ。

CERN (欧州原子核研究機構) が建設した、1周27kmという世界最大の円形加速器「LHC (大型ハドロン衝突型加速器)」は、質量の源となるヒッグス粒子の発見に関わるなど、代表的な加速器施設となっているよ。そしてLHCには、いくつかの観測装置と、その観測装置を使った研究を行ういくつかの国際研究チームがあるよ。今回紹介する研究も、「ALICE (大型イオン衝突実験装置)」という装置を使う国際研究チーム「ALICEコラボレーション」の研究になるよ。

鉛が亜光速で“すれ違う”ことで金を生成! (ただし超微量)

【▲図2: ALICEコラボレーションが測定に使っている実験装置ALICEの外観。 (Image Credit: CERN) 】

今回紹介する研究は、2015年から2018年にかけて行われた衝突実験なんだよね。だいぶ前じゃん? と思うかもだけど、加速器での粒子衝突実験で得られるデータは非常に膨大なので、どうしても分析に時間がかかっちゃうんだよね。

この実験では、鉛原子核をそれぞれ反対方向に加速し、お互いにすれ違う状況を作り出したよ。この状況では、もちろん鉛原子核同士が正面衝突する場合もあるけど、それよりも、原子核同士がスレスレを横切るすれ違いの方が圧倒的に多く発生するよ。ただ、かすりもしないすれ違いで何も起こらないのか? と言えば、それは違うよ。

原子核は強いプラスの電気を帯びているので、原子核がすれ違う過程では強い電磁場の変化が起きることになるよ。この電磁場の力が、原子核から何個かの陽子や中性子をこぼれさせることがあるんだよね。この現象を「電磁解離 (EDM; electromagnetic dissociation)」と呼ぶよ。つまり加速器においては、原子核同士が衝突しなくても、すれ違うだけでその種類が変化することがあるんだよね。

もう少し詳しい人向けに言えば、原子核が電磁場と相互作用をしているということは、原子核が光子 (電磁相互作用を媒介する仮想光子) と “衝突” していると見なすこともできるよ。細かく見れば決してすれ違いではなく、実際に衝突していることから、この電磁解離が起きるほどのスレスレのすれ違いを「超周辺衝突 (ultraperipheral collision)」と呼ぶんだよね。

【▲図3: 今回行われた実験では、鉛原子核同士を亜光速ですれ違いさせ、その作用で原子核からいくつかの陽子と中性子がこぼれ落ちる様子を実験的に観察したよ! 原子核は亜光速で動いているので、ローレンツ収縮と呼ばれる効果で潰れて見えるよ。 (Image Credit: CERN) 】

この実験では、鉛原子核同士を光の速さの99.999993%ですれ違いさせることによって、少なくとも片方の原子核から陽子や中性子がこぼれ落ちる現象を、ALICEに組み込まれた検出装置「零度カロリーメーター (ZDC; zero degree calorimeters)」観測することを目的としたんだよね。その結果、何個かの中性子と共に、0個から3個の陽子がこぼれ落ちた状況、つまり鉛原子核から、別の種類の鉛原子核と共に、タリウム原子核、水銀原子核、そして金原子核が生成した状況を捉えたんだよね! 鉛原子核から金原子核、つまりは慣用句ではなく文字通りに「鉛を金に変える」現象が起きた、というわけだね!

ただ、もちろん錬金術に成功したと言っても、その量は非常にわずかだよ。生成量こそ毎秒約8万9000個、4年間で約860億個もの金原子核が生成されたんだけど、全部合わせてもわずか29pg (0.000000000029g) にしかならないよ! 当然ながら、加速器を動かす電力料金だけでも金の価値をはるかに上回るよ。また、生み出された金原子核自体は超高速でZDCに衝突するため、一瞬にして壊れてしまうよ。残念ながら、この方法で錬金術はできたとしても、その存在は一瞬なんだよね。

結局この研究は何がスゴいの?

ただし、このニュースを受け止める上で注意しないといけないのは、今回の研究で何を成し遂げたのかについてだよ。これは私個人の意見だけど、一般向けに発表されるプレスリリースと、主に研究者が読む論文のどちらでも、「今回の研究で成し遂げた成果」と「すでに他の実験で達成されている成果」がちゃんと伝えきれていないので、「一般の人にはミスリードな表現、研究者はタイトルだけだとスルーする」という “誰得” な発表内容になっていると感じるんだよね。

まず、加速器を使って他の元素から金を生み出す実験は、過去数十年に渡って繰り返されてきたので、加速器による錬金術は初めてじゃないよ。加速器によって元素の種類を変更すること自体は珍しくないので、加速器関連の研究で“錬金術”という単語は多用されているよ。だからちょっと詳しいレベルの人でも、『ALICEがLHCで鉛から金への変換を検出 (ALICE detects the conversion of lead into gold at the LHC)』というプレスリリースのタイトルではスルーしてしまいそうな感じなんだよね。一方で論文のタイトルは『重心系衝突エネルギー5.02テラ電子ボルトな鉛原子核同士の超周辺衝突における陽子放出 (Proton emission in ultraperipheral Pb-Pb collisions at √sNN = 5.02TeV)』と、これはこれでやったことは正確に表しているんだけど、何を達成したのかという情報がイマイチピンと来ないんだよね。

仮に、慣用句通りに「鉛を金に変える」、つまり鉛原子核が金原子核に変化した事例に限っても、やはり過去に多数の実験があるので、これも初めてだとは言えないよ。また、電磁解離という手法も、それ自体はかなり前から理論として存在し、近年では実験的にも起きることが確認されているんだよね。よって、電磁解離が新しい手法である、とも言えないんだよね。

じゃあ今回の実験では何を達成したのかと言えば、電磁解離で鉛原子核から金原子核が生成されるのを確認したという点なんだよね。そして、この結果を得るためには、非常に感度が高い検出装置と、ノイズなどの無関係な現象を排除できる解析が必要になってくるよ。つまりは「電磁解離で鉛から金が生成される現象を達成するための高感度な観測・分析体制を構築できた」というのが、今回の実験における最も重要な成果になるんだよ!

普通の実験だと、原子核同士が衝突して何千もの粒子が飛び交う状況な一方、電磁解離の場合、飛ぶ粒子は数個に留まるんだよね。数個くらいだといくら高感度な検出装置でも見逃す可能性があることから、これを正確に観測できているのがスゴいことなんだよね! 今回の実験は、ALICEコラボレーションが設置したZDCの性能の高さを実証していることになるよ!

今回の実験結果は、単に錬金術に成功したという点がスゴいのではなく、検出装置であるZDCの性能の高さを実証している点がスゴいんだよね。この感度の高さがあれば、原子核の正面衝突という頻度の低い現象だけでなく、原子核同士がすれ違うもっと高頻度で起こる現象を確実に捉えるので、この成果はとてもスゴいんだよ!

(文/彩恵りり・サムネイル絵/島宮七月)

<参考文献>
ALICE Collaboration. “Proton emission in ultraperipheral Pb-Pb collisions at √sNN = 5.02TeV”. Physical Review C, 2025; 111 (5) 054906. DOI: 10.1103/PhysRevC.111.054906
ALICE detects the conversion of lead into gold at the LHC”. (May 8, 2025) CERN.

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