体感する映画『Page30』でドリカム中村正人が語る「表現者の恐怖」と「AIを超えるクリエイト」

──突如、集められた4人の売れない女優たち。彼女たちは30ページの台本と、たった3日間だけを託される──
絶賛上映中の映画『Page30』は、限界の“表現者たち”に鮮明な焦点を当てた作品です。この『Page30』のエグゼクティブプロデューサー、音楽監督を務めた中村正人さんに、今回インタビューをいたしました。

DREAMS COME TRUE(ドリカム)のベーシストでありコンポーザー、アレンジャーとしても作品を生み続けてきた中村さんに、映画のお話はもちろん、クリエイターとしてのお話もうかがいました。

──中村さん、今回の『Page30』ではエグゼクティブプロデューサーという形で関わられてます。

中村正人さん:はい。堤監督(堤幸彦監督)に、うちの事務所から全額出資する形で映画を作りました。

──実際にエグゼクティブプロデューサーとして立ち会われて、具体的にはどういった点にまず注力されましたか? メインになる部分で、気を払った部分というと。

中村:資金繰り!(笑)

──まさしくプロデューサーの悩みですね。

中村:本当にいろんな偶然が重なって、堤監督と映画を作ることになったんですよ。
初めは委員会制にしようと思っていたのですが、やっぱり堤監督に自由にやってもらいたかったんです。堤監督のアバンギャルドな部分を思う存分発揮してもらいたいと思って。

なので今回は製作委員会方式は取らず、株式会社ディーシーティーエンタテインメントの一社出資で映画を作りましょうということになりました。

そうしたら、堤監督が最初の脚本から変更し『Page30』を用意してくれたんです。

──堤監督の「アバンギャルドな部分」。

中村:堤監督って本当に大作が多いじゃないですか。これまでの出資もすごいところばかりで。
万事うまくいくように素晴らしい映画を作れる方なんですけれど、僕は堤監督には気を使ってほしくなかったんです。単純に創作っていうものを楽しんでもらえるような、堤監督がちょいちょい毒を入れてくるような映画にしたかったことは確かです。

堤監督含め、芸術家が自分の作品のところどころに毒を入れるのは、芸術やエンターテインメントにおいて当たり前のことなんですけれども、それが前面に出るような作品にしてほしかったんですよね。

<画像:堤幸彦監督>

宣伝が難しい“体験する”映画

──以前に「宣伝が難しい映画だ」っておっしゃってました。具体的にどういうところが難しいなとお思いに?

中村:逆にどういう風に宣伝されます。この映画。

──セミドキュメンタリーっぽい、女優4人のちょっと本気のバトルと言いますか、せめぎ合いが胸に染みました。

中村:でしょ。でも多分「女優陣4人の本気のバトル」って言っても、誰も観に来ない(笑)。

──むむ……。

中村:僕、多分この映画は、「体験する映画」だと思うんですよ。自分が女優の中の1人になる体験映画であり、エンターテインメント。

占いじゃないけど、誰かに「この4人のうちで、あなたは何型でしょうか」って聞いたら、観ているうちに「ちょっとこれ私っぽいな」とか思ったりして、その観客は巻き込まれていくと思うんですよね、あの映画は。

女優やミュージシャン、芸術家だけじゃなくて、あれって学生にも社会人にも当てはまるんですよ。

でも、その体験型映画をこう説明するのがめちゃめちゃ難しい。あれはサスペンスなのか殺人事件なのか、そのお化けの映画なのか、わかんないじゃないですか。このビジュアルでも、それを狙ったというのはあります。

「一体何の映画なんだ」っていう、そこからのスタートです。

演劇でたとえば下北沢のザ・スズナリ行くとか、昔だったら紅テント、黒テントに行くとか、あるいはシルク・ドゥ・ソレイユの立ち上げの頃のサンタモニカのテントもそうなんですけれど、実際に入るまで内容がわからなかったんですよ。
入って初めて内容がわかったんですよね。こういう出し物なのかって。
なんかそういう映画な感じがします、はい。

──実際の現場はいかがでしたか?

中村:現場行ってませんよ。ひどいでしょ(笑)。気が付いていたら終わってた。

──ええっ! そうなんですか。

中村:はい。僕はなんか花束とか持ってって、女優さんたちと写真とか撮る暇があるのかなと思ったら、あっという間に終わってて。裏を返せば、そこまで自由にやってもらいました。

だから、僕らとしては本当に好きなようにやってくれちゃったねって感じだった。ただ、もうそれがいい結果を生んだと思ってます。

責任が重すぎて「沈んだ」

──『Page30』、すごく音楽もすばらしいのですが、今回は上原ひろみさんとどういう関わり合い方で作られてたんでしょうか。

中村:僕、一応音楽監督なので「どんな感じでいきましょうか」って堤監督に聞いたら、堤監督が「これはジャズでいきたい」って言ったんですね。

当初僕はオーケストラ設定とか、その劇伴作家とコラボするとか考えていたのですが、ジャズでいきたい、ピアノ1本でいきたいと堤監督がおっしゃって。

僕はマイルス(マイルス・デイヴィス)の『死刑台のエレベーター』とかが大好きなんです。ジャズと映画という関係もそうですが、コルトレーン(ジョン・コルトレーン)にしても、そういうものが大好きで僕の基本なんですね。

それで今回はジャズのピアノだ、っていうことなので(上原)ひろみちゃんに相談したんですよ。「こういうコンセプトでジャズのピアノだ」と。

ひろみちゃんは吉田(ドリカム/吉田美和)の大親友っていうか、学生時代からドリカムをずっと好きでいてくれていて。

まさか(演奏を)上原ひろみにやってもらうわけにはいかないので、「誰かピアノを弾いてくれる人を紹介してくれない?」って言ったら「私やってもいいよ」っていうところで始まっちゃった! すごく僕は困りましたね(笑)。

もう堤監督抱えるだけでも大変なのに、上原ひろみも抱えるのかと思った瞬間です。その責任感で、もうすごく気が重くなりましたね。(笑)「上原ひろみが音楽をやる映画を俺は作るのか……!」って。

そしてひろみちゃん、映画の脚本をとことんまで読み込んで来てくれたんですけれど、基本は映画の画面を見ながらの即興(演奏)なんですよね。

──え……(絶句)。

中村:ダイアローグというかセリフ1個1個にも反応しているし、1フレームに至るまでのこだわりで、女優の呼吸の間に音を置いている。

なので我々としては録音の時も小劇場と同じ設定で撮ろうということになりました。ただスタジオで撮るとあの雰囲気が出ないんですよね。

小劇場で実際4人の女優が歌っているところで、生のピアノの音が鳴っているような、そういうのでやろうということで、ひろみちゃんがヤマハの同じようなホールをブッキングしてくれました。
上原ひろみと堤監督、この2大巨頭と素晴らしい4人の女優さんとのガチセッションです。

すごい人たちは「説明が要らない」

──この映画を撮ったことによって中村さんに起きた変化とか、考え方が変わった部分などはありますか?

中村:なんか「すごい人」っていう言い方しかできないんですけれど──堤監督にしてもひろみちゃんにしても、最終的には吉田美和がこの映画をまとめる短い詩を書いてくれたんですけど──そういう人たちって「なんか説明が必要ないな」ってすごく思いました。

すごい人たちが集まればすごいものになるんだなっていう、その“レベル”を感じた。

ガンダム、「Gのレコンギスタ」で富野(富野由悠季)監督とやり取りした時も、監督は同じようなことを吉田に言ってくださったんです。「いや、説明いらないんだよ」って。

監督の作品の中でもチャレンジな映画版の音楽を制作する中で、吉田に関しては富野さんが「説明いらないよな」って、「結局こういうことだよな」っておっしゃって下さったんですね。

当たり前の話ですけれど、人選さえ正しければ──今回は人選が「正しく」じゃなくて「正しい人が集まってきた」だけなんです、もう何も心配することないなって。そういうことはすごく勉強になりました。

──今の人選のお話を聞いてて思ったんですが、何かを作るときに「すごい人が集まってもうまくいかない例」ももちろんあると思うんです。けれども『Page30』では、すごい人が「集まっちゃった」。

中村:そうですね。集まっちゃったっていうところと、運命だったっていうとこもあるんです、本当に(全員が)作品のことしか考えてない人たちなんですよ。

もちろん堤監督は周囲に気を遣われる監督だし、ひろみちゃんも僕のためにやってくれてはいるんだけど、お二人ともまず、とにかく作品のことを考えている。結果的に、作品のためイコール僕のためにやってくれようとしているので。

吉田もそうなんですけど、それぞれがそれぞれの持てる限りの力を持って作品に集中してくれたので、この作品はうまくいったのかなと思います。

でも、針の穴を通すような作品なんで、これが実際1個かけ違うととんでもない映画になっちゃう。僕、脚本を読んでる時は、最初、何がなんだか全然わかんなくて──ギリギリやばいじゃないですか。いつになったら“ページ30”に行くのかと思って(笑)。

編集も素晴らしいです。ちょっと昔の入り組んだ映画のぶった切り方、とても僕大好きで。間髪入れて言葉の戦いをさせるというか。

この『Page30』はセリフの「言った/答えた」とかを切り刻んでも面白いです。Xとかショートとかリールで、そのボケ/ツッコミだけ取り出したとしてもすごく面白い脚本なんですよ。

テントシアター

中村:もちろん今回のように特設テントシアター(※後述)で、まさに都会の雑踏の中で4人の女優と同じような環境でお客さんに観てもらうっていうのも最高だと思います。本当、この映画はマルチタスクというか、いかようにでも遊べる映画になっていると思います。

──今回の渋谷 ドリカム シアターですね。常設は2か月ほど?

中村:実質は4月から9月までです。映画としては4月から6月1日までが『Page30』の常設館です。

「渋谷 ドリカム シアター」
渋谷に誕生した全面人工芝を敷き詰めたテントシアター。Yogiboでくつろぎながら5.1chの音響と250インチのスクリーンで映画が観られる。外で売っているビールやホットドックも持ち込み可能。2025年4月11日~6月1日は映画『Page30』常設上映。

体験型ということで、テント型の小屋を作りましたが、その他にもさまざまなイヴェントもやってほしいなと思っています。
プレゼンテーションとかダンスイヴェントでもいいし、企業のなにか宣伝イヴェントでもいいし。カルチャーの面から何か1本の“針”を置きたいなっていう気もしています。

1つのエンターテイメント作品のために小屋を建ててそこで興行して、入場料を取って利益を上げるっていう、この基本的なものを実感してみたい。現在の効率的な収益構造からは既に外れた形のものですね。

僕も渋谷で育ててもらったので、その置き去りにしたものをちょっと針でつついて、カルチャーの何かが生まれてくれるといいなと思っています。

ダイナミックレンジを味わってほしい

──楽曲、SE、セリフ、全ての音のバランス、コントラストが素晴らしく整っていると感じました。作り込みのところで心がけられた部分を教えてください。

中村:ありがとうございます。先ほども申し上げたように、本当に優秀なスタッフばかりでしたので、細かいオーダーをしなくても進みました。
びろみちゃんも最初からセリフとぶつからない音域とぶつからないタイミングでやってくれたので、それは本当に助かりました。
あと、ピアノとウッドベースだけなのでダイナミクス、レンジの広さについてはすごく気をつけました。

──ウッドベースやピアノの臨場感がこんなに出るというのは一体。

中村:細かいことを言うとコンプレッサーとかそういう話になります。ピーク(レベル)の設定、コンプレッサーのかけ方は従来的、伝統的な手法と違いますね。
いうなれば、レコードを作るように音楽を作りました。

──いいスピーカーでぜひ観て聴いていただきたい。

中村:そうですね。音にも、もっともっと楽しいことや感動することを詰め込んでいるので、ぜひこれもシアターで体験していただけたら嬉しいです。

表現者としての恐怖とは

──『Page30』って、表現者にとって「死ぬより怖いもの」の話でもあると感じました。プロデューサーでもありますが、表現者としての中村さんが「怖いこと」ってありますか?

中村:僕単体で怖いことは何もないですね。転ばなきゃいいぐらい。転ぶと骨折したりしますから。音楽家として怖いことはないですね。僕、もう好きなので。パフォーマンスする喜びの方が大きいです。
おそらくスノーボーダーやパラグライダー、クリフから飛ぶ人もみんな、やっぱり好きが勝つんじゃないですかね。

ただ……クリエイターにしても他の職業の方もそうかもしれませんが、自分の目標がわかんなくなっちゃった時が1番怖いかもしれないですね。

──でも、きっとそれを解決するのは「好き」っていう気持ちだったり

中村:いや、好きがわかんなくなる時、それは怖い。それをなんとかして乗り越えれば、また次の地平線も見えてくるでしょうけれど。

どんな職業でも「この今の状況しんどいよ」っていう言葉の奥には、とてつもない深いものがあるじゃないですか。仕事そのものであったり、自分との葛藤であったり。そういうものが『Page30』のキャラクターたちにも込められていると思いますね。

AIとこれからのクリエイト

──先ほど作品第一主義というお話がありました。作品づくりでも効率化がすごく図られてる今の仕組みの中で、クリエイターである中村さんがこれからのクリエイターに伝えたいこと、あるいは何かものを作るときにここだけは持っておいてほしい、ということはありますか?

中村:先ほどの話にちょっと説明を足させていただくと、堤監督にしてもひろみちゃんにしても吉田にしても、作品第一主義ということの裏に実は収益化がやっぱりあるんですね。圧倒的に。
だから、作品第一主義という言葉は使いましたが、彼も彼女たちも、それ(収益化のこと)はきちんと詰め込んでいると思うんですよ、ある種でね。そこはきちんとお伝えしておきたいです。

で、若いクリエイターに言えることは何もないです!

もう全く新しいツールを皆さん持っていて、本当に自由なんですよ。
資料も山ほどAIが出してくれるし、逆に言うとAIが全部作ってくれちゃうし。

だから若い人にアドバイスすることは僕らの世代には何もないです。

ただ、大変だなと思いますね。やっぱり得られる情報やネタが頑張らなくても得られるので、その環境の上で自分独自のものを作ることの難しさはわかります。

今の時代、例えばAIでアートを作る場合も、そこにオリジナリティーをどうやって乗っけていくかっていうと、やっぱりディレクションが全てじゃないですか。
ディレクションがうまければうまいほど、的確であれば的確であるほどオリジナルになっていくわけですよね。

その“ディレクションの言葉”をどう選ぶか、です。

AIに、例えばB’zみたいな歌で、Mrs. GREEN APPLEみたいな曲でって指定したら、おそらくパッと作ってくれます。
けれども「何小節目、何拍の裏、cをc#にしてくれ」って言えるには、やっぱり音楽の知識が必要になってくる。その指定ができないと永遠に自分の作品に近づかないんですよ。もう永遠に。

AIは好き勝手ぐるぐる、ぐるぐる回っちゃうんで、その辺の大変さはあるとは思います。けれども思ってもいない作品がこれからも出てくるだろうし、今のクリエイターは今の環境で思いっきり好きなようにやったらいいと思います!

──ありがとうございます!

『Page30』
渋谷 ドリカム シアター他 全国映画館にて公開中

主演:唐田えりか 林田麻里 広山詞葉 MAAKIII
原案/監督: 堤幸彦 音楽:上原ひろみ 中村正人 
エグゼクティブプロデューサー:中村正人
脚本:井上テテ 堤幸彦 劇中劇「under skin」脚本:山田佳奈  
製作/配給:DCT entertainment,
映画公式HP:https://page30-film.jp/
映画公式X:https://x.com/page30_movie
映画公式Instagram:https://www.instagram.com/page30_movie/
#Page30

© DCTentertainment

『Page30』ストーリー
30ページの台本。スタジオに集まった4人の女優たちは、この台本に3日間かけて向き合い、4日目に舞台公演をすると告げられる。配役は未定。閉ざされた環境でスマホや時計を預けさせられ動揺するものの、やりたい役を掴むため、4人は稽古に打ち込んでいく。
二流の役者、売れない役者、大根役者、言われるがまま演じることに満たされなくなった役者…稽古を通して、次第に各々の後には引けない事情が浮き彫りになり、人間の本質が暴かれていく。演出家、監督不在という演技の無法地帯で、役者人生を賭けた芝居がぶつかり合う。
ついに4日目、仮面をつけた観客が見守る中、4人は役者としての本質を発揮し、舞台を成功させることができるのか。

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オサダコウジ

慢性的に予備校生の出で立ち。 写真撮影、被写体(スチル・動画)、取材などできる限りなんでも体張る系。 アビリティ「防水グッズを持って水をかけられるのが好き」 「寒い場所で耐える」「怖い場所で驚かされる」 好きなもの: 料理、昔ゲームの音、手作りアニメ、昭和、木の実、卵

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