平成と令和の狭間を生きる、孤立した人々の物語『朝の火』広田智大監督インタビュー「1つの答えにたどり着かない映画だと思っています」

平成と令和の狭間を生きる、現代社会から取り残され孤立した人々を描いた映画『朝の火』が4月26日(土)より3週間限定で、シアター・イメージフォーラムにて公開中です。
官房⻑官が新元号を告げる頃、ゴミ処理施設で働く次郎は、宝探しのための穴掘りを日課としている。そんな同僚 の姿をただ眺める無気力な祐一。ある日二人は、年老いた母親と一 人娘のユキコが同居する団地の一室へ、粗大ゴミ回収をしに訪れる。孤独を抱えた人々の出会いは、いつしか胸に秘めていた狂気を共鳴させていき…。 労働、序列、家庭……閉鎖的な構造のなかで生じる摩擦。永遠に続く苦しみに、救いは訪れるのか?
多摩美術大学で、故・⻘山真治監督に師事し本作が長編デビュー作となった広田監督にお話を伺いました。
――本作とても素晴らしかったです。まずはどの様なことから着想を得たのか教えていただけますでしょうか。
この映画は2024年に完成したんですけど、撮影自体は2019年の3月で、そこから長い編集期間を経ています。年号が変わるという、自分にとって生まれて初めてひとつの時代の終焉に立ち会う経験を前に、映画を撮らないといけないと考えました。それにあたって、なるべく自分のことを映画にしようと思ったのですが、自分のバックグラウンドみたいなものを考えても、映画にすべきことが無かったんです。平成という時代が終わりを迎えるその瞬間を過ごしている人間であることの他に思い浮かぶことがなにもなくて、かといってそこに無理やりドラマを付随させることに白々しさを感じていました。なので、何も無いことをそのままに、自分の生まれ育った土地で、新しい時代を迎える瞬間にだけフォーカスした作品を一本撮れないかな、と考えました。
――撮影開始から5年ほどの時間をかけていらっしゃいますが、編集にじっくり時間をとられたのでしょうか。
最初は3時間ぐらいの映画になっていて、それを80分にするために整理していくなかで、まるっと出演シーンが無くなってしまうキャストさんが出てきたり、決断になかなか苦しむことがありました。あと、脚本の中には、観てくださる方への説明として書いた部分や、一緒に映画作りをしている仲間に納得してもらえるようにと書いた箇所があったのですが、そうした部分はやはり自分の映画には必要が無いものに思えて、そこをかなり切り落としていくような編集作業だったと思います。映画に肉付けをしていくというよりも、中途半端な肉を取り払って、むきだしの骨だけで立つようなものにしたいと考えていました。
――ご自身の作品ですから、編集はきっと苦渋の決断の連続なのでしょうね…!
苦労しました。編集しきった状態でも2時間ちょっとあって、その段階で少数のスタッフ・キャスト陣に観てもらい、「これはなんとかして公開まで持っていけたら良いね」という話になって。 でも自分の中ではまだ納得していなかったので、さらに削って80分にしました。ニッチな映画ではあると思いますが、中途半端に物語を語っていても良くないなと。最低限のカットだけ残しました。当初は全編カラーバージョンで作っていましたが、途中でモノクロにしています。

――モノクロの質感がとても印象的でした。
撮影の段階から、編集でモノクロにしたいなとは思っていました。そうすることで見えづらくなる細部はありますが、人にフィーチャーするのではなく、空間全体をとらえる照明作りを撮影時にもしていて。観る人の視線が分散してくれるように、人に寄りすぎない撮り方をしていたので、モノクロにした時にしっくりときました。より、「どこを見て良いか分からない」感じになったと思います。
カラーグレーティングをする際には、僕自身が素人なのでどのモノクロが1番適しているのか探りながら作業しました。シーンによっては失敗している所も多々あるのですが、その辺もなるべく人の力を借りずに自分でやろうと思っていたので。
――他のモノクロ作品を参考にされたりはしましたか?
改めて研究したというよりは、元々好きな映画に白黒映画が多かったんです。タル・ベーラ監督の作品が好きなのですが、「モノクロが最もカラフルに見える」とおっしゃっていました。確かにスクリーンでモノクロームの海を観た時に、キラキラしているこの水面はどんな色なんだろう?とか想像することが楽しいことの一つだったので、本作でも色を含めて様々な想像をしてくれたら良いなという気持ちがありました。
――想像が膨らみますし、その答えが出ない所も面白いですよね。本作は「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024」で初上映になったかと思うのですが、その時のお気持ちはいかがですか?
大きなスクリーンで観ると全然違いましたね。編集で気になっていた細かい部分とか、僕が気にしていたものが何も気にならなかったりとか、なんでこれで悩んでいたんだろうと思ったり。スクリーンに映された自分の映画を観た時に、やっとそこで自分が何をしたかったのか、どういうショットを撮りたかったのかが明確に分かったんです。案外、客観的にお客さんとして観ることができて。最後には一人で涙を流しながら観ていました。
観てくださる方は、暗い印象を抱くだろうなと思っていたんですね。物語が大きく進むわけでもないですし。でも皆さんが自分なりの鑑賞をしてくださって。人から聞く意見が全部違うことが良かったなあと思いました。色々意見が分かれるべき作品だと思いますし、1つの答えにたどり着かない映画だと思うので。
――独特の映像美といいましょうか、一枚の写真を見ている様なカットもたくさんありました。シーンによっては画角も面白いですよね。
今回は1つテーマがあって、「他人事のようなフレーミング」といったものを目指していました。カメラマンの方と話していたのが、「電源を切り忘れたカメラがずっと写している」という感覚で。置きっぱなしのカメラって、人間が想像し得ない構図を捉えてくれたりするんですよね。それが良い時も悪い時もあるのですが、人が介入しないような距離感で人を撮影出来たら良いなと思って。なので、撮影の鈴木余位さんには、僕が決めたショットからイタズラをしてほしいというか、カメラに足が当たってズレた様な構図を作って欲しいと伝えていました。
鈴木さんは詩人で、日頃からカメラマンをしているわけではないんです。カメラを覗き込む機会でいうと、専業として撮影部をしている方より少ないと思いますが、僕が現場で言葉足らずな部分がすごく多かったので、それを言語化してくれるというか、全体の共通言語を作ってくれている感覚がありました。助監督の様に支えてくださっていたので感謝しかありません。
――広田監督が師事されていた、青山真治監督が2022年にご逝去されましたが、本作のプロットなどは青山さんも見ていたのでしょうか?
そのことは叶わなかったのですが、青山さんに魅せたいという気持ちで作り始めたことも大きな理由でした。喧嘩をしたわけではないんですけど、お互いの個人的なことで距離が出来てしまった時期があって。今回、映画を作っていきなり送りつけてみようと思っていたんです。でも、いざ送るとなるとすごくモジモジしてしまって、なかなか送れずにいました。いよいよ送ろうと思って、初めてスタッフ・キャストの一部に作品を観せたんですけど、それが2022年の3月20日でした。みんなに観てもらって、よし青山さんに送るためにDVDに焼こうと思った数時間後に訃報を聞いて。でも、青山さんがいなくなってしまったということも、この映画を公開しようと思ったきっかけになっています。この『朝の火』という映画にかけた時間があまりにも長かったので、色々な方に劇場で観てもらって、それでやっと僕もこの作品が理解出来るかな、終わらせられるかなと思っています。来てくださった方の顔をたくさん見られたらと。
――今日は本当に素敵なお話をありがとうございました。

『朝の火』
出演:笠島智、山本圭将、福本剛士、須森隆文、小磯松美、鈴木余位、安藤朋子、真千せとか、立脇実季、坂爪健
監督・脚本・編集:広田智大
撮影:鈴木余位/照明:嘉正帆奈 岩橋優花/録音:池田沙月 植原美月/美術:土田寛也/助監督:甫木元空 栗原翔/制作:望月ひかる 佐々木希円
ヘアメイク:嵯峨千陽/衣装:大沼史歩/振付:アオキ裕キ/サウンドデザイン:木村健太郎/主題歌:寺尾紗穂「柿の歌」
2024年/日本/82分/配給:マイナーリーグ boid ©2024「朝の火」

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