【3.11 被災タワマン4棟のリアル】被害の明暗を分けたのは“構造の違い”。東日本大震災から14年目、住民たちのホンネ 仙台市

【3.11 被災タワマン4棟のリアル】被害の明暗を分けたのは“構造の違い”。東日本大震災から14年目、住民たちのホンネ 仙台市

東日本大震災で被災したタワーマンションの「生の声」は、これまでメディアで紹介されることは少なかった。14回目の「3月11日」を迎えるにあたって、NPO法人東北マンション管理組合連合会の協力を得て、宮城県仙台市内の4つのタワマン管理組合に当時の体験を聞くことができた。いつ来てもおかしくないと言われる首都直下地震や南海トラフ地震……。大震災を経験したタワマンから、何を学び、どのように備えればよいのだろうか。

10~20階の中間階で住戸内に激烈な被害が

「31階建ての当タワマンでは、10~20階の中間階の被害が甚大でした。家具や家電の転倒・飛散はもちろんですが、角住戸のコーナーのサッシ・フレームがひしゃげ、ガラスが割れた家もありました。高層階で強い寒風が吹き込み、とてもとても生活できない。ただ、タワマンは耐震性が高いとされ、地域の避難所は基本的にはタワマン住民は受け入れ対象外。考えもしなかった事態となりました」と語るのは、Bタワマンの管理組合住宅部会長、森陽夫(もり・あきお)さんだ。

Aタワマンの管理組合理事長、高橋博(たかはし・ひろし)さんは「24階建てですが、10階あたりに大きな被害が集中しました。家財道具が飛散しグチャグチャに。全戸オール電化のため共用部に重い貯湯タンクを備えた電気温水器があり、それが倒れる被害もありました。とても生活できないと、近くの避難所の小学校に避難した人もいました。JR仙台駅からほど近く、電車通勤や出張などで帰れなくなった人たちも多く避難してごった返していました」と2011年3月11日、東日本大震災発災当日の様子を振り返る。

取材に応じたタワーマンション概要

取材に応じたタワーマンション概要

タワマンは大都市に限らず全国各地に1700棟

20階建て以上の集合住宅は、近年「タワーマンション(タワマン)」と称されている。不動産経済研究所が発表しているデータに基づくと、東日本大震災後にも増加の一途をたどり、2024年末までに全国では約1700棟、戸数にして約44万戸である。首都圏をはじめとした大都市圏のほか、地方都市も含めて全国各地にタワマンは建っており、もはや珍しいものではない。
2000年以降は、高いものでは40~50階とこれまでの階数を凌駕するものが建設されてきた。現在、西新宿では国内最高層・最大規模の65階建て・3200戸のツインタワーの計画が進行中だ。

タワマンは、日常的には遠くまで見渡せる優れた眺望が魅力であるものの、ひとたび大災害に見舞われれば、エレベーターは止まり、非常階段の上り下りに苦労することになる。
東日本大震災を経験した仙台市のタワマンは発災後にどんな被害・課題に直面したのか?被災の現実を順を追ってみていこう。

全国のタワマンの棟数・戸数の推移

(資料:不動産経済研究所、図版は資料をもとにSUUMOジャーナル編集部が作成)

耐震、免震。構造の違いで建物被害が大きく分かれた

タワマンの建物被害は、その構造形式が明暗を分けた。
最初に構造についておさらいしておこう。
タワマンを含む超高層建築物は、大きく分けて「耐震」・「制振」・「免震」の3つの構造がある。さらに「制振」は2つに分けられる。

超高層建築物(タワマンを含む)で使われる構造形式

超高層建築物(タワマンを含む)で使われる構造形式(図版:工学院大学久田教授監修のもとにSUUMOジャーナル編集部が作成)

■「耐震」:柱・梁(や壁など)を強くして地震力に対抗する。
■「制振」:建物の階毎(層間)にダンパーと呼ばれる振動を軽減する部材を設けて地震のエネルギーを吸収するものと、建物の屋上にマスダンパーという可動の重りを置き、外力と逆方向に力を発生させて揺れを打ち消すものがある。超高層建築物では地震だけではなく、強風による揺れもあるため、その両方に効果を発揮することも可能である。そのため「振」と表記するのが一般的だ。既存建築に後付けが容易なのも特徴だ。
■「免震」:建物を積層ゴムなどの免震装置の上に載せた構造とすることで、地震力が建物に伝わりにくくし、安全性を確保する。

4棟を取材したうちの、残る2つのタワマンは免震構造で、建物自体の被害はほとんど無かったという。記事の冒頭で紹介した激烈な建物被害が生じた耐震構造の2つのタワマンとは対照的だ。

ライオンズタワー仙台広瀬(以下、広瀬)管理組合法人の前理事長で建築系の大学教員だった杉山丞(すぎやま・すすむ)さんは、「免震装置に載っているタワー部分だけでなく、エントランス側の低層の耐震建物も含めて建物被害はほぼありませんでした。帰宅したら、免震建物と耐震建物を繋ぐ接続部を覆うパネルが跳ね上がってズレていました。免震装置が有効にはたらき、激しい地震動の影響を抑えてくれたのです。ズレたパネルが危険なので、工事用の赤いコーンを設置して住民に注意を促しました」と説明してくれた。
後日、全住民に室内の被害状況についてアンケートを行った。「95%が『無被害』と回答、5%が『軽い被害』と回答し、具体的には、『テレビの転倒』が1人、『軽い棚やCDラックの転倒』7人、残りは『食器が少し壊れた』11人などで、階数による偏りはありませんでした」という。

ライオンズタワー仙台広瀬の地下、免震ピットにある免震装置の積層ゴム支承(ししょう)。建物への地震動の影響を抑える(写真:村島正彦)

ライオンズタワー仙台広瀬の地下、免震ピットにある免震装置の積層ゴム支承(ししょう)。建物への地震動の影響を抑える(写真:村島正彦)

地下駐輪場には地震動で捻れ動いた痕跡が残っていた。白い板状のものは免震支承を保護する耐火ボードだ。地震動による最大変位を示しているのだという。支承は元の位置に戻っており構造上問題ない(写真:村島正彦)

地下駐輪場には地震動で捻れ動いた痕跡が残っていた。白い板状のものは免震支承を保護する耐火ボードだ。地震動による最大変位を示しているのだという。支承は元の位置に戻っており構造上問題ない(写真:村島正彦)

地震直後は、免震のエキスパンション部が跳ね上がり、ズレて危険だった(写真:ライオンズタワー仙台広瀬管理組合法人)

地震直後は、免震のエキスパンション部が跳ね上がり、ズレて危険だった(写真:ライオンズタワー仙台広瀬管理組合法人)

もうひとつの免震タワマン、アップルタワーズ仙台/ブローディアタワー(以下、アップル)の管理組合法人理事長の武藤潤子さんは、「激しく振り回されるような揺れが長く続いたそうですが、被害自体はほぼなく、たとえば『仏壇に供えたコップが一つ倒れた(14階)』、『ワイングラスが1つ倒れた(30階)』といった報告があったくらいです。うちは、18階建てのアベリアタワーと2棟でひとつの管理組合なのですが、そちらは耐震構造で揺れが激しく、室内は家具などが転倒・飛散してたいへんだったそうです」と話してくれた。

東日本大震災の本震は平日14時46分の発災であり、このたびお話を聞いた方々はみな職場などにおり、室内での揺れの体験は聞くことができなかった。

建物の高さや、地震の種類によって違う建物被害

地震による被害は、建物の高さ、地震の種類・地震波の周期によって違った様相となるという。以下の図に示すように、木造家屋のように低い住宅は短い周期で激しく揺れ、超高層など高い建物は、長い周期の地震波に大きく反応するのだという。

建物の高さ・構造によって揺れの周期が異なる

建物の高さ・構造によって揺れの周期が異なる(図版:工学院大学久田教授監修のもとにSUUMOジャーナル編集部が作成)

東日本大震災は海溝型地震であり、地震動の周期が長く、超高層建物がゆっくりと大きく揺れる。一方、阪神・淡路大震災(1995年)や熊本地震(2016年)、能登半島地震(2024年)は、直下型地震で周期が短く、低い建物がガタガタと揺れやすい。

建築技術の向上で日本にタワマンが建てられるようになったのは1980年代からだ。振り返ってみると、タワマンが多く建つ大都市に深刻な被害を及ぼす大地震が襲ったのは、これまで阪神・淡路大震災と東日本大震災の2つだけだ。

阪神・淡路大震災では、神戸市などのタワマン(耐震構造)の室内被害・怪我について階数別での調査もある。それによると、上階にいくほど被害が大きかったことが分かっている。

阪神・淡路大震災時のタワマンの被害調査

(資料:日本マンション学会、グラフは資料をもとにSUUMOジャーナル編集部が作成)

建築構造を専門とする工学院大学建築学部の久田嘉章(ひさだ・よしあき)教授によると、「東日本大震災は海溝型地震ですが、仙台は震源域から近かったこともあり、直下型と同様の短周期の地震動が建物へ大きな被害を及ぼしたと考えます。これに免震装置の効果が発揮されたのでしょう」と分析する。

タワマンを含む超高層建築物は、従来は耐震構造のみであった。
制振構造そして免震構造が採用されはじめたのは、概ね2000年以降だ。技術革新によって可能になった比較的新しい構造形式なのだ。

広瀬は2002年竣工、アップルは2008年の竣工で、宮城県沖地震(1978年)などもあり、免震構造がいちはやく取り入れられた。宮城県沖では1897~2011年の間に4回の大地震があり、平均発生間隔は約38年だ。このことが免震構造の採用を後押ししたわけだ。

ただし、2000年代以降に耐震構造が採用されなくなったわけではない。タワマンでも比較的低めの20階台のものや地震の発生確率が比較的低いと考えられている地域では、いまでも耐震構造が採用される傾向だ。

当然のことだが免震構造はコスト高である。最近の建築費の高騰、コストカットの必要性から、免震構造で計画していたものの、その採用を諦めたケースもあると聞いている。

地域防災計画で、タワマン住民は「在宅避難」を求められる

建築基準法により、高さ60m以上の建築物については「高い安全性」を確保するため特別な構造評定を行い、これを国土交通大臣が認定することとされている。60mを超えるのは、マンションでは概ね20階建て以上である。
つまり、タワマンは、震度7の大地震でも倒壊しない高い耐震性を備えている。

東京都は2023年に「地域防災計画」を修正した(※記事末1)。タワマンや1981年以降に建てられたいわゆる新耐震のマンションについては、在宅避難を基本とするとしている。
背景には、避難所キャパシティの不足がある。タワマンを含むマンションの林立する東京の都心部では、そもそも地域の抱える人口に比べて避難所・広場や公園などのオープンスペース不足は誰もが理解できるだろう。

避難所は、プライバシー・温熱環境・トイレや感染症など衛生面で問題があり、在宅避難できるのであればそれに越したことはない。

建物被害が大きかったBタワマンの森さんは「私は家具や家電については地震に備えて転倒防止ツールなどの耐震グッズで固定していたので、室内被害が少なくてすみました」と言い、居住者の備えの大切さが裏付けられた格好だ。
Bタワマンの別の住民は「避難所に指定されている近所の小学校に行ったときは、1000人定員のところに、既にタワマン住民を含む2500人の避難者が集まり混乱が起きていました」と証言する。「タワマン1階の玄関ロビーを住民の避難所とするほか、隣の区民センター集会所を開放してもらい急遽避難所としてもらいました」と当時の状況を説明してくれた。
森さんは建物が深刻な損傷を受けているのではないかと心配だったが「設計を行った設計事務所、施工を行った大手ゼネコンの担当者が発災後1週間ほどで被害調査に訪れてくれました。詳細な調査の結果『構造上問題は無い』ということで貼り紙をしてくれたのは、住民にとっては大きな安心になりました」と話してくれた。

ちなみに、行政が建築士などに依頼して行う「被災建築物応急危険度判定」は、10階以上の建物を対象としていない。高層建築物は、その建物の図面など資料を持つ設計事務所や施工会社でないと判断が難しいのだ。

免震でもエレベーターは1日~数日は利用不能に

建物や室内の被害について、免震構造が有効であったことは間違いないが、発災直後には4つのタワマンともに同様の課題に直面した。
それは、非常用を含む全てのエレベーターが使用不能に陥り、少なくとも丸一日は非常階段での上り下りしかできなかった。

広瀬の杉山さんは「エレベーターは震度4以上を感知すると緊急停止し、専門家の検査を受けないと稼働できません。エレベーター保守会社に直接連絡を取り交渉して、検査に来てもらいました。翌日の夕方に1機の非常用エレベーターを非常用電源で動かすことができました(発災から28時間後)。ただし、非常用発電の備蓄燃料が限られるので、1時間の稼働を朝・昼・夕の3回にしました。これで、3~4日間持つことは管理組合として事前に計算しており対応できました」と打ち明ける。
免震構造であっても、エレベーターは停止し、保守会社の検査員が来るまでは、上下移動に不自由をきたすのだ。

杉山さんは「仙台市の臨海部は津波被害が甚大でしたが、広瀬が立地する県庁・市役所・大病院のある市中心部は、道路も健全で保守会社も迅速な対応が可能でした。首都圏では、エレベーターを備えるビル・マンション(低層~超高層)が格段に多くあることと、建物倒壊などで交通インフラの寸断が想定され、検査員が来るまでに数日を要するのではないかと心配です」と話してくれた。

停電は、広瀬、Aタワマン、アップルのある市中心部で発災翌日の夕方ごろに、Bタワマンは遅れて3日後の14日夕方ごろに復旧したという。
Bタワマンの森さんは「私は当時40代半ばで、ジムにトレーニングに通い、健康に気をつけ、体力には自信がありました。それでも、私の部屋のある25階までの階段の上り下りはこたえました。地上まで降りるのは1日一回と決めて、買い物するものを書き出したメモを用意してやり残しが無いように出かけたものです」と話す。

Bタワマンの非常用・常用エレベーターが稼働したのはともに発災から4日後、15日だった。停電はその前日に解消していたものの検査員が来るのが遅かったためと推察される。「非常階段には窓が無く真っ暗で、懐中電灯が必要でした。もちろん非常用照明が付いてはいるのですが、発災後2~3時間でそのバッテリーが尽き、非常用電源の稼働時間でないと点りません。マンション自治会で、2つある非常階段を一つは上り用、もう一方を下り用と決め張り紙をして、交通整理をしました」と生々しい体験を語ってくれた。

一般社団法人日本エレベーター協会は「大規模地震発生時のエレベーター早期復旧等に関するご協力のお願い」を建物の所有者・管理者に向けて発している。
復旧の優先順位において、タワマンはけっして高い優先度でもないことは心得ておくことが必要だ。そして、限られた検査員による効率的復旧を進めるため「1ビル1台の復旧」「余震が落ち着くまでの運行休止」「復旧依頼は余震が落ち着いてから」などを求めている。
このほか、同一の建物から複数の連絡が来て保守会社が混乱しないように、連絡したら「復旧要請連絡済み」の貼り紙をするように呼びかけている。

エレベーター復旧の優先順位について

エレベーター復旧の優先順位について(資料:一般社団法人日本エレベーター協会)(※記事末2)

水とトイレは在宅避難の要である

タワマンはその高さから上下の移動が重要であるが、それにも増して在宅避難の要となるのは水だ。
中高層を含めてマンションでは揚水ポンプによって水を揚げる。上部に置かれた高架水槽から重力により各戸の蛇口から水がでる。普段は意識しないだろうが、水を得るには電気とポンプが必要になるわけだ。

タワマンに供えられている非常用発電機は、発災による停電が起きると起動して、管理室の防災センター、防災設備、揚水ポンプ、共用部の非常灯などに自動的に電気が供給される仕組みになっている(専有部、つまり住戸内には非常用発電は接続されない)。
発災後、防災センターから発される館内放送で「非常用電源が稼働しているあいだに浴槽に水を貯めてください」とアナウンスがなされた。Bタワマンでは「被災当日は17時ごろまで、翌日も約3時間は自家発電が稼働したので、これで水を貯めることができました」(森さん)という。

一方、広瀬では「本来は揚水ポンプに電気が供給されるはずが、震災による思わぬトラブルで遮断され、これを復旧できませんでした。しばらくは高架水槽に残っていた水が使えましたが、翌朝には底をついたため、昼頃から地下受水槽より水タンクにて各戸へ水を配布しました、しかし、高層階に暮らす居住者とくに高齢者はこれを持って上がるのに苦労していたため、役員含め助け合いました」(杉山さん)と振り返る(但し、さいわいなことに同日夕方に停電は解消され、揚水ポンプも復旧した)。

地下に設置された非常用発電機。発災後に停電が起きると自動で動き出し防災センターや非常用エレベーター、揚水ポンプなどに電気を供給する(写真:村島正彦)

地下に設置された非常用発電機。発災後に停電が起きると自動で動き出し防災センターや非常用エレベーター、揚水ポンプなどに電気を供給する(写真:村島正彦)

発災で火災報知器の誤報から消火ポンプに電気供給が切り替わり、揚水ポンプへ電気が送られなかった。接続切り替え方法を把握していなかったので復旧できなかった(写真:村島正彦)

発災で火災報知器の誤報から消火ポンプに電気供給が切り替わり、揚水ポンプへ電気が送られなかった。接続切り替え方法を把握していなかったので復旧できなかった(写真:村島正彦)

高架水槽に残っていた水が無くなり、各戸に水タンクを配布した(写真:ライオンズタワー仙台広瀬管理組合法人)

高架水槽に残っていた水が無くなり、各戸に水タンクを配布した(写真:ライオンズタワー仙台広瀬管理組合法人)

水タンクは、何階の何号室に配布したかを記録しながら配布した。住民の安否の確認にもなった(写真:ライオンズタワー仙台広瀬管理組合法人)

水タンクは、何階の何号室に配布したかを記録しながら配布した。住民の安否の確認にもなった(写真:ライオンズタワー仙台広瀬管理組合法人)

仙台市の地震発生直後の断水戸数は約23万戸で、断水率は50%であった。発災から18日後に(津波被害地域を除く)市内全域で復旧した。4つのタワマンでは、公共水道の断水を免れたところ、数日断水したところがあった。
公共水道の断水と、揚水ポンプ・エレベーター復旧の遅れが重なると、給水車の配給に並んで水タンクを階段で運び上げることになる。

さらに、トイレも在宅避難には大きな課題となる。
Bタワマンの森さんは「市の方から『臨海部の下水処理施設が津波で壊れたので節水につとめて』というアナウンスがありました。当時は管理組合で常備している非常用トイレも少なかったことから、これには困りました。こっそり、流していた人もいたようです」と話してくれた。
最近では、地震発生後にトイレを使ってはいけないということが広く知られてきた。公共下水道の損傷にとどまらず、地震によってマンションの共用部配管が破損して、漏水・詰まりが発生する恐れが大きい。共用部の排水管が破損(閉塞)した状態で上階から排水を流すと、下層階で便器から排水があふれ出すおそれがある(※記事末3)。
Bタワマンでは、大事には至らなかったようだが、注意すべき点だ。

ガス復旧は約1カ月後。機械式駐車場も課題

電気は、先にも書いたように、3日後までには、津波被災地域を除くと市内全域でほぼ復旧した。Aタワマンとアップルは、オール電化であったことから、これによってかなりの不都合が解消された。

ほかの震災と同様に、電気に比べるとガスの復旧には期間を要した。
広瀬とBタワマンは、調理や給湯はガスだった。ガスの復旧には1カ月程度かかった。そのため、カセットガスコンロやポータルブル電磁調理器を購入したり他地域から送ってもらうなどして、煮炊きに使ったそうだ。

このほか困ったこととして、広瀬の杉山さんは、機械式駐車場の課題を指摘する。「まず発災後の停電によって、機械式駐車場は動きません。仕事先などから帰宅してきた住民の車を収容できずに混乱をきたしました。それに加え、地震による揺れで破損しているおそれがありますから、電気が復旧したからといってすぐに動かすことはできません。『検査が完了するまで稼働禁止』という張り紙をしました。全台数分が復旧できたのは7日後でした」(杉山さん)と説明してくれた。

取材先ではないが、東日本大震災ではタワー式・機械式駐車場が損壊し、使用不能になったものが87棟あった。
最近でも能登半島地震で、富山市のタワー型機械式駐車場(42台収容可能)で、6台の車がパレットごと落下したという報告もある。 機械式駐車場は、地震に弱いことを認識しておくことが必要だ。

以上、4つのタワマンの被害の実情と明らかになった課題について紹介した。

「後編」では、大震災に対してタワマンができる備えについて考えてみよう。

注)本記事においては「記憶に基づく証言」をもとにしており、記録と付き合わせるなど正確性について注意を払いましたが、細かい事柄においては事実と異なる場合があります。

■関連記事(後編):
【3.11 被災タワマン4棟からの教訓】南海トラフ地震など災害に向けたタワマン防災とは?マニュアル、設備、コミュニティ形成などの学び 仙台市

●参考ページ
※1 東京都「地域防災計画 震災編」
※2 一般社団法人日本エレベーター協会「地震発生時の安全対応」
一般社団法人日本エレベーター協会「エレベーター復旧の優先順位について」
※3 日本トイレ研究所「災害時、安全に水洗トイレの使用を再開するには」

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