高齢者と子どもが交流するボーダーレス福祉施設「深川えんみち」が話題。一緒に勉強し遊ぶ日常、マルシェなどまちぐるみのイベントも 江東区

東京都江東区の深川に昨春、公益財団法人 日本財団が主催する「みらいの福祉施設建築プロジェクト」の第1回に採択された複合型の福祉施設「深川えんみち」がオープン。「高齢者デイサービス」「学童保育クラブ」「子育てひろば」の3つが入居するこの施設は、高齢者と児童らの交流だけでなく、まちのひとを引きこむ工夫がいっぱい。2024年のグッドデザイン金賞に選ばれたことでも知られています。訪れて話を聞きました。
深川のまちにお目見えした、境界線のない複合型の福祉施設
江戸時代に舟運の拠点や貯木場として発展し、明暦の大火を機に数々の寺院が移転してきたことから、門前町としても栄えてきた東京都江東区の深川。今も下町の文化が感じられるまちの中心部に、2024年春、複合型の福祉施設「深川えんみち」がオープンしました。1階に「高齢者デイサービス」、2階に「学童保育クラブ」と未就園児向けの「子育てひろば」があるこの施設。通常、複数の福祉施設がひとつの建物に入居する場合、管理上、玄関を個別に設け、利用者の余暇活動も別々に行うものですが、ここでは出入口はもちろん、過ごす場所も限定せず、自由に行き来できるようにしています。

大きなガラス戸がウェルカムな雰囲気を醸しだす「深川えんみち」の外観。1階に出入口は2カ所あり、こちらは北側です(写真撮影/片山貴博)
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
北側の出入口から入ってきた子どもたちは、デイサービス利用者の活動スペース「まちキッチン」「わいわいひろば」などを横切り、学童保育クラブのある2階へ(写真撮影/片山貴博)
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この日、「わいわいひろば」では「LAND FES DIVERSITY深川」によるダンスのワークショップが行われていました(写真撮影/片山貴博)
主体性が奪われる、制度にがんじがらめの現代の福祉施設
複合型福祉施設「深川えんみち」が誕生したのは、1999年に東京都江東区冬木に設立された総合福祉施設「まこと地域総合センター」に、改装の話が持ち上がったことがきっかけです。工事中の仮住まい先を探したものの、なかなか法令を満たす物件が見つからず。そんなとき、かつて斎場だった建物を借りられることに。斎場をリノベーションし、「まこと地域総合センター」に入っていた複数の施設のうち「高齢者デイサービス」「子育てひろば」「学童保育クラブ」の3つを移転させてできたのが「深川えんみち」です。
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左から長谷川 駿さん、深川愛の園デイサービスの管理者の岩﨑美恵子さん、押切道子さん、竹内陽子さん(写真撮影/片山貴博)
プロジェクトの中心になってきたのが、同施設で学童保育クラブを運営するNPO法人 「地域で育つ元気な子」の理事長の押切道子(おしきり・みちこ)さん。押切さんは幼児教育や学童保育の現場に携わるなかで感じていたことを、ここで体現したかったといいます。
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NPO法人 「地域で育つ元気な子」の理事長、押切道子さん(写真撮影/片山貴博)
「今は保育園にしても高齢者施設にしても、国がしっかり制度を整えていますよね。当然、よい面はありますが、細かな規定をクリアし、行政の評価を気にしながら施設を運営するとなると、どうしても受け身になり、リスクになり得る要素を排除しがちです。おのずと『関係者だけで安全にことを済ませていこう』という発想になっていきます。そうして建物や玄関を独立させ、内部を閉ざせば一見、セキュリティ上は安心でしょう。でも、地域や世代間の交流が希薄になるだけでなく、施設自体の孤立につながります。子どもを分断された状況下に置いておいて、後になって”多様性”を教えるのは矛盾しているし、長い目で見ると非合理的。『私たち、もっとよいかたちで影響し合っていけるよね』と、ずっと思っていたのです」(押切さん)
自分たちでつくり、育んでいく”余地”のある場所へ
「まこと地域総合センター」の保育園で、子育て支援アドバイザー兼保育士として働いていた竹内陽子(たけうち・ようこ)さんも同じ思いだったといいます。
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社会福祉法人 聖救主福祉会「まこと保育園」で子育て支援アドバイザーと保育士をする竹内陽子さん。「深川えんみち」では主に「子育てひろば」に関わっています(写真撮影/片山貴博)
「いつのころからか保育施設が保護者から”サービス事業”だと受けとめられ、保育業界に『とにかくトラブルを起こさないように』というしがらみが生まれるようになったと感じます。これは他園で聞いた話ですが、ひとりの親御さんから苦情があっただけで、系列の十数の保育園で、発端となった活動を見合わせる例もあるようです。でも本来、子どもたちのいる環境は、保育施設と母親・父親らとが手を取り合ってつくるもの。そのことで、大人も育てられていくものだと思うのです。逆にいえば、他人に任せきりにすることで、自分たちが豊かになるチャンスを逃している。学童保育クラブにしても高齢者施設にしても、福祉施設が地域でできることは、ものすごくたくさんあるはずです。保護者をはじめ、地元のみなさん、まちに遊びに来た人たちもが利用できる、オープンな施設が求められていると思いました」(竹内さん)
「社会に参加していく精神を『パブリックマインド』といいますが、この施設がそれを育む場になれば」と口をそろえる2人。とはいえ、開かれた施設をつくるとなると、責任を伴うことだけに一筋縄にはいきません。はじめはスタッフに戸惑いが見られましたが、しかし、何度も議論を重ねるなかで「より人間らしい生活」という点でみんなの意見が一致。プロジェクトが始動しました。
自然と引きこまれ、心地よくつながっていける空間を目指す
「ひと口に”地域に開く”といっても、物理的にただ開放すればいいわけではありません。建築家は、施設に関わる人たちと、まちの個性とがかけ合わさることで生まれるリズムを読むことが大切。ともに施設をつくる仲間として、同じ目線に立ち、フランクにコミュニケーションを取っていくことが、成功のカギだと思います」
そう話すのは、「深川えんみち」の設計を担当したJAMZA一級建築士事務所、共同代表の長谷川 駿(はせがわ・しゅん)さんです。
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「深川えんみち」を手がけたJAMZA一級建築士事務所、共同代表の長谷川 駿さん。かつて押切さんが関わる別地域の学童保育クラブの設計を担当したことがあり、気心の知れた間柄でした(写真撮影/片山貴博)
「『深川えんみち』は、古くからまちの人に親しまれ、観光スポットにもなっている寺社『深川不動堂』と『富岡八幡宮』の間にあります。年間を通して多種多様な人が行き交う地域の特性と、放課後に子どもたちが施設に駆け込んでくるダイナミックな流れを設計に落とし込み、関係者はもとより、来訪した人たちもが互いにプラスの働きかけをしていける場所にしたいと思いました」(長谷川さん)
そこでテーマにしたのが、人が自然と引きこまれ、周囲と心地よくつながっていける空間づくりです。人通りの多い北側の外観は、もともとはシャッターが下りていましたが、「生活の様子が見えれば足を踏み入れやすくなるはず」と全面ガラス戸に。
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北側の外観。のれんやDIYの看板も味のひとつです(写真撮影/片山貴博)
最も象徴的なのが、1階にある北側と南側の出入口をまっすぐ結ぶ、広めの廊下です。ここはいわばまちの”公道”。道(廊下)のかたわらには、デイサービス利用者のための活動スペースや、まちの人も利用できる私設図書館「エンミチ文庫」、バイタルチェックを行える「健康コーナー」、学童保育クラブに続く階段などがあり、夕方、学校から帰った子どもたちは、「ただいま!」とデイサービス利用者らとあいさつを交わし2階へ。一方、まちの人たちは、ふらりと「エンミチ文庫」に立ち寄ることができます。「エンミチ文庫」では、オーナーが店に立つ”店番制”を導入。通りすがりに興味を持ってくれた人に声をかけたり、訪れた人を見守ったりできる仕組みもつくりました。
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地域に参加するきっかけをつくる1階の廊下。椅子の置かれた右手前が「健康コーナー」です(写真撮影/片山貴博)
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「エンミチ文庫」はひと棚ごとに所有者が異なり、現在70名のオーナーが。オーナーには年間2万円でなることができ、利用者は最初に500円を払ってカードをつくれば、何度でも本を借りられます(写真撮影/片山貴博)
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各棚には、それぞれのオーナーが選んだおすすめの本がずらり。写真右半分は長谷川さんの棚です(写真撮影/片山貴博)
施設の北側にある「まちキッチン」は、一部のテーブルに小さなシンクが備えられており、デイサービス利用者のスペースとしてだけでなく、幅広い用途で使うことが可能。今後、まちの人たちと料理教室を行うなど、さまざまなイベントを実施していく予定です。
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「まちキッチン」のテーブルは車椅子ユーザーや児童でも使いやすいよう少し低めの68cmで設計(写真撮影/片山貴博)
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「エンミチ文庫」の本は、窓辺の席で読むことも。床は地面と40cmの段差があるため、外を歩く人に見下ろされず、視線を合わせられます(写真撮影/片山貴博)
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建物の南側には、2階や屋上に続く外階段とひさしを新設。出入口前には「かまどひろば」や縁側があり、子どもたちとデイサービス利用者らとの交流の場になっています(写真撮影/片山貴博)
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旧建物のタイルや、神社から譲り受けた敷石などを使用して手作りした「かまどひろば」。ピザを焼いたりお米を炊いたりして活用しています(写真撮影/片山貴博)
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「実はプライバシーの観点から、当初は『まちキッチン』にパーテーションを設けるつもりでした。でも『隠されている部分がないほうが安心だし、かえってトラブルも生じにくい』と、働きながらみんなで開く・閉じるのバランスを考えていくことに。福祉従事者としての覚悟と懐の深さが、のびのびとした空間に導いたと感じます」(長谷川さん)
多世代の触れ合いによって得られる豊かさを、日々、実感
2024年5月に建物が完成して8カ月。以前はなかった光景が見られるといいます。
「子どもたちは日々、お年寄りに宿題を見てもらったり、本を読んでもらったりするほか、ときにおばあちゃん同士のもめごとを見ることも(笑)。デイサービスは認知症の方も来られますから、日常の行いができなくなる姿を目の当たりにすることもあります。そうしたことが児童の人生にどう影響を及ぼすかは、大人になってみないと分かりません。でも、『人が老いる』ということに触れた体験は、無駄にはならないはずです」(押切さん)
未就園児から地域の住民まで、さまざまな人が行き交い、時間の流れが感じられる分、デイサービスの利用者には、いきいきとした表情が見られるようになったといいます。
「デイサービスの『まちキッチン』のトイレには『おむつ交換台』があって、『子育てひろば』に参加したお母さんが、赤ちゃんを連れて来ることが。そんなときお年寄りの方たちは、『こっちに来て』『抱っこさせて!』とたちまち元気になって(笑)。現代は核家族化しているので、親御さんにとっても得がたい経験になっていると思います」(竹内さん)
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2階の「こどもひろば」。奥の小上がりを上ると丸い窓があり、段差に腰かける、段差を机にして宿題をする、外を眺めるなど、思い思いに過ごせます(写真撮影/片山貴博)
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「こどもひろば」にはキッチンがあり、大人は児童を見守りながらおやつの準備ができます。開放感とやわらかな雰囲気が生まれるよう天井は高くし、壁や天井は漆喰で仕上げました(写真撮影/片山貴博)
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2階の「うんどうひろば」。ゴム床になっていてボール遊びができるほか、マグネットで画用紙を貼れるよう、壁の一部にアイアンが埋め込まれており、空間をフレキシブルに使えます(写真撮影/片山貴博)
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夏に水遊びができる屋上スペース。写真右手の菜園コーナーは本格的で、自然農法の講師を迎え、子どもと保護者らが一緒になってトウモロコシや綿・大豆などを育てています(写真撮影/片山貴博)
ますます意欲を高め、夜間の学習支援やマルシェも計画中
「深川えんみち」では、まちの人たちとのつき合いも生まれています。「エンミチ文庫」での立ち話から、商店街にある寿司屋の店主に、児童に包丁の使い方を教えるワークショップを開いてもらうことになったり、紙芝居を披露してくれる人が現れたり。これから子どもを迎える夫妻が、「子育てひろば」に通うようになったケースも。
「自分たちを思ってくれる大人が、親や先生以外にもいる状況は子どもたちにものすごくプラス。それだけでなく、スタッフにとっては新しい視点をもらえるメリットがあります。職員同士のことでいえば、職種や組織の垣根を越えて助け合えるようにもなって。横に手をつなげていると感じます」(押切さん)
「顔の見える関係が、まちの安心にもつながっていく」と押切さん。
近い将来、保護者や大学生の有志を募り、夜に中学生向けの英語教室を開いたり、おばあちゃんたちがつくった惣菜や、子どもと親御さんたちで制作した雑貨類を販売するマルシェを催したりする計画もあるとか。
福祉に関わる人の強い思いと、それを絶妙に表現した建物が、まちに根差す一人ひとりのポテンシャルを引き出し、よりよい未来につながっていく――。難しそうで、でも不可能ではない法則を身をもって示してくれたといえるでしょう。
●取材協力
深川えんみち
NPO法人 地域で育つ元気な子
社会福祉法人 聖救主福祉会
JAMZA 一級建築士事務所
LAND FES DIVERSITY深川
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