個性的な面々の雑談にグッとくる!〜伊坂幸太郎『楽園の楽園』
短いけれど、スケールの大きな小説である。どの方向を向いても果てのない景色が、脳内に広がっていく。小説の世界に飲み込まれてしまいそうだ。
大規模停電、強毒性のウィルス、大地震、大事故……。フィクションと思えないような災厄が各地で連鎖的に起こり、世界中が混乱している。一般人には知らされていないが、重要な役割を担ってきた『天軸』という名の人工知能が、暴走している可能性が高いという。『天軸』は、〈先生〉と呼ばれる天才技術者がひとりで開発したものだ。事態に責任を感じた〈先生〉は、彼女しか知らない『天軸』のある場所にひとりで旅立ったのだが、行方がわらなくなっていた。
ひょんなことから、〈先生〉が描いたと思われる一枚の絵が発見される。『楽園』というタイトルのその絵に描かれた場所が、彼女の行き先であることがわかった。だが、その場所に辿り着くことは、普通の人間にはかなり困難である。そこで、 過酷な旅に必要なある特殊な力を持つ、三人の男女が集められた。
頭抜けた運動能力と暴力性を持つ五十九彦、知能が異様に高い三瑚嬢、人間の三大欲求にしか興味がない蝶八隗。冗談のような名前とてんでばらばらの個性を持つ彼らだが、少年マンガのヒーローのようにそれぞれの特技を活かし、協力して困難を乗り越えていく。目的地に近づきながら、彼らが交わす雑談が興味深い。伊坂ファンなら、グッとくること間違いなしだ。
「人間は、どんなものにも理由があって、どんなものにもストーリーがあると思い込んでいる」と、ある時三瑚嬢は言う。だから「ただの言葉よりも、物語の方が有効」なのだと。
「俺も、性病が蔓延していますっていう情報よりも、性病をうつされてボロボロになった男の話の方が怖いし、気持ちが引き締まったもんなあ」という蝶八隗の感想に、三瑚嬢は呆れ気味だけど、わかりやすい例えだなあと感心してしまった。私も、いつだって物語に動かされている。何がほしいのか。誰を応援するのか。どんなことを恐れるのか。そこにはいつも、物語が存在している。
ユニークで深い会話を楽しんでいると、あっという間に旅は終わろうとしていた。彼らは無事に〈先生〉を発見し、世界を救うことができたのか。それは、ぜひご自身で確かめていただきたい。読み終えると、彼らが交わしていた雑談が違う音色で脳内に響き、奇妙な清々しさが心に残った。そんなふうに感じるのも、私の脳が物語を求めているからなのだろうか。
(高頭佐和子)
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