「いじめ」疑惑と過去の記憶〜朝比奈あすか『普通の子』 

 読み進めることが、辛くなる小説だった。だけど、途中で止めることはできなかった。「普通の子」が身近にいる人はもちろんのこと、かつて「普通の子」だった人なら誰でも、他人事と思えないであろう問題が小説の中で起きる。苦い記憶がよみがえってきてしまう人もいるだろう。いろいろなことを、冷静に受け止められる心境の時に、手にとっていただきたいと思う。

 主人公の佐久間美保は、セキュリティサービス会社に勤める会社員だ。同じ会社に勤務する夫、和弥と、小学五年生の息子、晴翔と三人家族である。和弥は家族を顧みない夫ではないが、不規則な仕事なので、家事も育児も美保のワンオペだ。残業時間の少ない管理部門から負担の大きい営業所に異動したばかりで、気持ちが休まらない日々を過ごしている。

 息子の様子に気になることがあると感じた翌日、学校から連絡が来る。晴翔が教室のベランダから転落し、大怪我を負ったのだ。自ら飛び降りた理由を、彼は説明しようとしない。美保は、自分が小学生だった時の経験を思い出し、晴翔がいじめにあっていたのではないかと考える。

 美保は中高生の頃から、他人とは深くかかわらず距離を保つようにしてきた。誰かに相談したり、心を開いて話し合うことができず、頑なになってしまうようなところがある。そこには、小学生時代にあるクラスメイトの存在に苦しんでいたことや、家庭の事情からそれを親に相談できなかったことが影響している。

 怪我をした日、教室で何が起きたのか。晴翔は大人たちに何を隠しているのか。いくつもの疑問に、過去の出来事が重なっていく。美保の言動には共感しづらいところもあり、違和感に心がざわつく。

 この小説に、結末は描かれていない。最終章は、読者に向けられている。忘れたふりをしても、塗り替えようとしても、過去を変えることは誰にもできない。そのことをどう受け止め、背負っていくのかは、読んだ者ひとりひとりが自分で決めなければならないのだと思う。

(高頭佐和子)

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