次世代路面電車「芳賀・宇都宮LRT」が開業1年で乗客数が累計600万人! 沿線周辺への転入増や住宅地の地価上昇などプラス影響も
8月末、栃木県宇都宮市と芳賀町を走る次世代型路面電車「芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)」が開業1周年を迎えた。今年11月19日には累計乗客数600万人を突破。計画当初は、宇都宮既成市街地と鬼怒川左岸台地地域を結ぶ交通渋滞の緩和が主な狙いだったが、まちづくりという面で注目され、次世代路面電車を検討する他都市からの見学も多いという。そんなライトライン開業の経緯や、現状を宇都宮市や宇都宮ライトレール株式会社の関係者に取材した。
停滞していたライトライン事業が一気に進んだ理由
栃木県宇都宮市と芳賀町を走る路面電車ライトラインの運営が好調だ。2023年8月の開業後は、平日の通勤・通学に加え、休日にはショッピングや観光での利用などにより、多くの人々が利用。今年11月には、利用者数600万人を達成した。
開業直後の平日の乗客数は1日1万2000人。社会人や学生の新生活を迎える2024年4月には快速を投入。始発から8時半までの運行本数を18本から20本に増便するなどのダイヤ改正も実施し、現在の平日の乗車数は1日1万5000~1万8000人に及ぶ。市が掲げていた「3年目に約1万6000人」という目標は、開業1年も経たずに達成した。
そもそもLRTとは、通常の電車と比べてモーター音が静かで振動も少なく、平均時速40キロ以下で走る次世代路面電車。床が低い車両で、全停留場にはスロープが設置。車いすやベビーカー、高齢者の買い物カートなども乗り降りしやすいバリアフリーな点も大きな特徴だ。鬼怒川を渡る橋も含めて専用空間を走り、路面バスと比べても時間通りに走る定時性に優れている。ライトラインは、開業後1年経った今も、スマホやカメラで撮影する人々の姿が見られ、街のシンボルとなりつつある先進的なデザインにも注目が集まる。
宇都宮市でのLRT構想の始まりは、今から約30年も前のこと。同市は南北にJR線や新幹線が通るが、東西の公共交通はバスのみ。JR宇都宮駅から東にある清原や芳賀エリアには大きな工業団地があり、そこに出勤する人々のラッシュ時の車渋滞は免れず、緩和のために新しい交通システムの導入が検討された。
2005年、LRTを軸としたまちづくりの案が本格化。宇都宮市の財政能力や輸送能力を考慮し、地下鉄やモノレールなどの建設費よりは導入コストが低い点などが注目された。「開発の歯車が動き始めたターニングポイントは、主に2つ」と話すのは、宇都宮市のLRT整備課協働広報室の室長・安保雅仁さんだ。
1つは、2007年にLRT事業において「公設型上下分離方式」が可能になったこと。「公設型上下分離方式」とは、宇都宮市や芳賀町といった自治体が車両の導入やレールの整備などを担当し、民間会社・宇都宮ライトレール株式会社が実際の運行業務を担うスキームだ。運行会社が整備に伴う巨額な債務を背負わずに、LRT事業をスタートできる利点がある。
LRT事業の運営方法である「公設型上下分離方式」の説明図(画像/芳賀・宇都宮LRT公式ホームページ「MOVENEXT UTSUNOMIYA」より)
「実際の総事業費は684億円で、その約半分は国の負担です。県からは市債償還時を含め、83億円の補助金が出ており、市の負担額は約313億円(町の負担額は約45億円)。市債を発行し20年かけて返済しますが、そのピークの金額は13億円。金額だけ見ると大きく感じますが、市の財政の約0.6%で、決して市の財政を脅かす額ではありません」(安保さん)
休日の車両内の様子。学生やベビーカーを押すファミリー層、中高年など、利用者の年齢層はさまざまでほぼ満員(撮影/白石知香)
「魚の骨ネットワーク」で誰もが移動しやすくなる!?
もう1つのターニングポイントは、バス会社との連携だ。案が浮上した当初、市内の交通網の要となるバス会社は開業に消極的だったと安保さん。そんななか同市は、ライトラインを軸にしたまちづくりに関して説明し続けた。「地道な活動が功を奏し、全面的に協力いただけることになりました。これが事業の推進力になったのは確かです」と安保さんは語る。
宇都宮市が目指す「ライトラインを東西基幹公共交通の軸としたまちづくり」とは、「階層性のある公共交通ネットワーク」だ。別名、「魚の骨ネットワーク」。魚の背骨のように南北の鉄道とあわせ宇都宮駅から東西にライトラインの路線を延ばし、背骨から南北に向けて、あばら骨のようにバスを新設や増便して再編。あばら骨の隙間をタクシーなどの交通網で埋めていくイメージだ。
そのため、バス停やタクシー乗り場、駐車場を設置した交通結節点(トランジットセンター)を、5つの停留場に整備。「公共交通の連携を強化したネットワークづくりにより、自力で移動しにくい高齢者を含め,誰もがマイカーを使わなくても、移動しやすくなります。新幹線のJR宇都宮駅や大型ショッピングモールなどにもラクに移動でき、まちなかから工業団地へ移動する交通ラッシュも緩和されると考えました」(安保さん)
ちなみに、栃木県は1世帯当たりのマイカーの普及台数が全国で5位(一般財団法人 自動車検査登録情報協会調べ。2024年3月時点)。ライトラインが市民の生活動線になれば、交通渋滞の緩和だけでなく、昨今ニュースに流れることが多い高齢者による運転事故防止なども期待できる。
2013年には、「東西基幹公共交通の実現に向けた基本方針」が策定され、2015年に宇都宮ライトレール株式会社を設立。2018年には起工式が開催された。構想は30年前だが、着工から5年のスピードで開業したことになる。
ライトラインの停留場と附帯施設の一覧。黄色で記されている駅が「トランジットセンター(乗り継ぎ拠点)」に指定されており、附帯施設も充実しているのが分かる(画像/芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)事業概要より)
清原地区市民センター前にあるトランジットセンターには、バスやタクシー乗り場があり、駅から南北エリアに住む人々の足となる(撮影/白石知香)
取材した休日、駅前の無料駐車場は、ライトラインを利用する人の自家用車でほぼ満車(撮影/白石知香)
電車やバスを待つ待合室には、宇都宮市のイベントや飲食店情報が検索できるタッチパネルも設置(撮影/白石知香)
大企業による通勤用企業バスの廃止や減便
「3年目に約1万6000人」という市の需要予測を超えて、現在の平日の乗車数は1日1万5000~1万8000人だが、順調に増えている要因はいくつかある。その1つが、大企業の通勤手段の変化だ。「ホンダグループがJR宇都宮駅からの通勤用企業バスを廃止し、グリーンスタジアム前停留場前にあるキヤノンも半分に減便したと聞いている」と安保さん。
「totra(トトラ)という地域連携ICカードも開発し、今や乗客の9割以上がIC決済を利用。朝のピーク時はほぼ100%の利用率。定期券利用者も増えており、地域の足として定着したと感じます」と話すのは、宇都宮ライトレール株式会社の経営企画部長・今井宏行さんだ。
さらに、ルート設定も、利用者が増えている要因の1つだと言う。「宇都宮市から清原工業団地を通って、芳賀工業団地までは約14.6km、停留場は19カ所です。工業団地といった働く場所、住宅街、大型ショッピングセンターといった買い物する場所、高校や大学などの教育機関、グリーンスタジアムなどのエンターテインメントの場、鬼怒川やのどかな田園風景といった景色を楽しむエリアも通ります。通勤・通学、買い物、趣味や余暇といった生活の動線となり、観光も楽しめる。あらためてみても、絶妙なルート設定だと思います」(今井さん)
高齢者への認知度や利用度を高めるという課題
実際に取材で訪れた日は休日だったが、乗車客に話を聞くと、来年受験を控える高校3年生の男性は、「ライトラインのおかげでJR宇都宮駅近くの塾に通いやすくなり、とても便利。自転車だったら、1時間以上かけて通わなければいけない。ライトラインのおかげで通いやすくなり、進学先も広がると思います」と話した。
また、孫を連れた女性は、「停留場にできた無料駐車場に車を停め、遊びに来た孫をライトラインに乗せてショッピングモールまで行きます。ベビーカーも乗りやすくて便利だし、かっこいい電車に乗れるので、子どもたちは喜んでいますね」とうれしそうだった。
工業団地にある清原地区市民センター前停留場には、ショッピングモールやJR宇都宮駅などに移動する人々の姿(撮影/白石知香)
今後の課題は、高齢者がさらに利用しやすいように、路線バスを再編したり、ICカード購入に誘導したりする点が挙げられる。「市長は常に『誰でも自分の意思で移動できる交通圏を目指し、行政が移動の権利として保障していかなければいけない』というメッセージを発しています。そのためにも、引き続きPR活動で認知度を上げ、便利に利用できるようにさらに整備や誘導をしていきたい」と安保さんは話す。
ライトラインの利便性が移住者の誘致に
ライトラインの開業に伴い、まちも変化しつつある。JR宇都宮駅から東へ約13km地点にあるゆいの杜(もり)エリアは、ライトラインの整備に伴い宅地開発が活発化した。商業施設も建設され、2021年にはゆいの杜に小学校が開校し、今や市内最多児童数のマンモス小学校になったという。また、「この5年ほどで、宇都宮駅の東口にも高層マンションや賃貸マンションなどが建設されています」と話すのは、宇都宮市の都市ブランド戦略課課長の青柳裕さん。
2021年から2024年3月までの同市の住民基本台帳人口の累計で、ライトライン沿線内に転入してきた人が約1300人に。ライトライン沿線の地価は、事業化が確実になった2013年以降、ゆいの杜エリアを筆頭とした住宅地で約11%上昇している(国土交通省「地下公示」より)という。
JR宇都宮駅東口エリアは、ウツノミヤテラスなどのショッピング施設やスポーツイベントなどができるスペースも整備(撮影/白石知香)
さらに今、同市が力を入れているのは、「移住者の誘致」だと青柳さん。ライトラインをビジュアルに、移住者を誘致するテレビCMも放送し始めた。コロナ禍を経てリモートワークが定着した企業が増え、勤務先がある東京の都心に住む必要がなくなった。フルリモートでなくても、東京駅から宇都宮駅まで新幹線で最短約48分で、十分通える距離。東京駅近辺に勤務先があるとして、宇都宮駅近辺に住めば、約1時間程度のドアツードアも可能になる。
「実際に、都心から宇都宮市に移り住む人はここ数年で増え、シングル、子育て世代のファミリー、子育てを卒業した夫婦が目立ちます。東京・有楽町にある、全国の移住相談を受ける機関『ふるさと回帰支援センター』では、コロナ禍以降、移住相談者の人数が増えており、栃木県は移住先の上位に入っています。通える距離の都心に比べて住宅費が安いことが大きいですが、全国の中でも妊娠から子育てまでの支援の手厚さがトップクラスで、子育て世代からの注目が特に集まっているんです」(青柳さん)
具体的には、妊娠8カ月の面接を実施した人に3万円を支給する「もうすぐ38っ子応援金」や、「0~2歳児の第2子以降の保育料無償化」「病児保育の送迎支援」といった保育サービスがあり、市内に7カ所ある子育てサロンでは、経験や専門性を持つ「宮っこ子育てコンシェル」から子育てに関するアドバイスを受けることができる。
同市の子ども政策課によると、認可保育所には入りやすい状態で、園庭保有率も95.4%。親の就労状況など条件を満たした場合、小学6年生までの希望者は全員、放課後児童クラブに入ることができるという。医療費助成も高校3年生までが対象だ。
ライトラインの開業で、中心市街地での習い事や学習塾や、子ども向けに開催されるイベントなどにも参加しやすくなり、子どもたちの体験・経験の機会が増えると、子ども政策課は期待している。
「ライトライン×送迎保育」で共働きの負担を軽減
さらにライトラインの開業に伴い、JR宇都宮駅から1区間の東宿郷停留場付近に、市が社会福祉法人に委託した送迎保育ステーション「未来」が設立された。月2000円の利用料で、送迎先として連携している21の保育園などに、保育士が搭乗した小型バス(ハイエース)で送迎する仕組みとなっている。
8月末現在で、17人の幼児が利用。「保育園までの送迎の負担が減り、朝夕の時間を有効活用できる」、「より広い範囲から保育園を選べる」という保護者の声があり、「実際に新幹線で都心に通勤されている親御さんも、この送迎ステーションを利用されています」と青柳さんは話す。
宇都宮市は、宿泊費を含め無料体験できる「お試し移住」を実施し、これまでに約100組が体験。このほか、東京圏への移住者の通勤や小学生から大学生までの通学を支援するため新幹線での通勤・通学者向けの上限月1万円の定期券補助制度を導入し、幅広い世代に利用されていると青柳さんはいう。
送迎先となっている保育園等に小型バスで送迎する、ライトライン東宿郷停留場から徒歩1分の送迎保育ステーション「未来」。(写真提供:宇都宮市保育課)
送迎保育ステーションの室内では、保育士が見守るなか、いろんな園に通う子ども同士が遊びながら親のお迎えを待つ(写真提供:宇都宮市保育課)
西側の延伸で街はさらに変わる!?
現在、早期の開業を目指し、JR宇都宮駅から西側へ約5kmの延伸も計画中だ。「容積率を緩和し、高い建物を建設できるようにして、ショッピング施設等を含め、これまでのクルマ中心のまちから人中心のウォーカブルなまちづくりを進める構想です。まちの発展を見越して、マンションの再開発も東から西へと移動しつつあります」(安保さん)
西側には、東武宇都宮駅や県庁、オリオン通り商店街、高等学校などまちの機能施設が多くあり、通勤や通学、買い物で移動する人の増加も期待できる。ライトラインが軸となってコンパクトシティ化が進み、さらなるまちの発展、移住者の増加にも期待したいと安保さんは話す。
開業から1年経った今も、興奮気味に乗車する子どもたちや、スマホで撮影する人々の様子が印象的で、ライトラインのスタイリッシュな車体は、まちのシンボルになるポテンシャルがある。ライトラインの路線を軸に、JR宇都宮駅周辺のマンション開発や保育園の送迎サービスも進むなど、中心部に人が集まるまちの変革が進んでいる。そこに加え、JR宇都宮駅から西側の開業で、さらなる利用者の増進や商店街の再生も期待できるかもしれないと感じた。また、ライトラインの路線から南北のエリアに住む人々の、最寄駅へのアクセス手段となるバスの増便、駅前駐車場の充実、今後さらに増える高齢者や、子育て世代の利用しやすさも、乗客数を増やすカギになるだろう。
執筆/高島三幸
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