介護付きシェアハウスのまちづくり、空き家活用で街を拡張中。見守り付き賃貸住宅やバー、クライミングジムなどに 「はっぴーの家ろっけん」兵庫県神戸市
兵庫県神戸市長田区にある「はっぴーの家ろっけん(以下、ろっけん)」は、高齢者から子どもたち、外国の人、若者までが集い、まるで大きな家族のように過ごす、多世代型の介護付きシェアハウスとして注目を集めている。そのユニークな取り組みは、映画化もされるほど話題に。運営を手がける株式会社happyは、不動産会社でありながら、空き家再生事業を進める一環として高齢者等の見守り付き賃貸住宅や、クライミングジム、スパイスバーといった多彩なサービスを展開。代表の首藤義敬(しゅとう・よしひろ)さんが挑む「空き家×多世代×街づくり」は、地域にどのような変革をもたらしているのだろうか。
介護付きシェアハウス「ろっけん」と見守り付き賃貸住宅「HANARE」
JR神戸線新長田駅から六間道商店街(ろっけんみちしょうてんがい)を通って、ろっけんへ向かう。シャッター街だが、八百屋や履物屋など生活を支えるお店は、ぽつんぽつんと開いている。肉屋のおかみさんが、自転車で来た高齢の女性に「気を付けて帰ってな」と声をかけるのを見て、人情が残っている街なんだなと感じる。
取材時、通りに面したビルの1階にあるろっけんでは、「住み開き(すみびらき)」イベントを開催中で、道行く人も足を止めていた。「住み開き」とは、住居などのプライベートな空間の一部を開放し、多様な人が集う場所として共有する活動や拠点のこと。ろっけんには、看板がなく、一見さんは入りにくい雰囲気。そこで、日常の延長線上として、ろっけんを街に開くイベントを不定期で行っている。
2024年4月に開催された「ゆるごちゃな春」(写真撮影/水野浩志)
ギターの弾き語りとペインティングライブ。道行く人も足を止める。「前から気になっていたの」とスタッフに声をかける人も(写真撮影/水野浩志)
イベントには、「ろっけん」の活動に関心を持ち、県外から見学にやってきた人々もいた。首藤さんは、皆を前にして、「大事にしているのは、ハッピーな暮らしを問い続けること」と語りはじめた。ろっけんは、多世代型介護付きシェアハウスだが、「私たちの会社は介護だけを行っているわけではありません。街の中の空き家をリノベーションするのが事業の主軸。空き家を使って、いろんな人の居場所やイベントスペース、自分たちの遊び場に変えています」と話す。
「使われていないものを使って街を面白くしていく」と首藤さん(写真撮影/水野浩志)
多世代、多様な人が集うろっけんのリビング(写真撮影/水野浩志)
首藤さんは1985年に神戸市長田区で生まれた。一度地元を離れたが、2008年に家族と共に戻り、遊休不動産の活用事業および地元・神戸市長田区を中心とした空き家再生事業をスタートさせた。その背景には、小学校3年生の時に経験した阪神・淡路大震災がある。
「街は、一瞬でめちゃくちゃに壊されました。震災後、お金をかけて再開発され、次々とビルが建ったけど、人は戻ってこなかった。街はきれいになったけど、人の繋がりが形骸化されてしまったのかもしれません」と振り返る。
「もともと、長田区には、外国の人やマイノリティの人がたくさん住んでいて、外からは近づきにくい街と思われていたかもしれません。今は、シャッター商店街で、若者も少ないです。しかし、裏を返せば、使える余白がたくさんあり、すごいダイバーシティだと思っています。ハッピーに生きるには、他者との関わりが大事。介護も子育ても個人でできることは限界があるから、街の中にコミュニティをつくっていきたいんです」(首藤さん)
不動産事業、介護事業に加え、医療事業、教育事業など運営する事業は多岐にわたり、兵庫県の住宅確保要配慮者居住支援法人としての指定も受けている。
※住宅確保要配慮者居住支援法人/住宅確保要配慮者(低額所得者、被災者、高齢者、障がい者、子どもを養育する者、その他住宅の確保に特に配慮を要する人)の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るため、家賃債務保証の提供、賃貸住宅の情報提供・相談、見守りなどの生活支援等を実施する法人として都道府県が指定するもの
最近では、ろっけんの半径車で10分以内の空き家になっていた一軒家やマンションをリノベーションして「HANARE」という高齢者や障がい者の見守り付き賃貸住宅を提供している。現在運営しているのは、全部で20戸ほど。看護師や介護士が関わりながら、見守りサービスや食事の提供を行っている。「HANAREは、一石三鳥の取り組み」と首藤さんは話す。
「HANARE」のメリットは、主に3つある。
①高齢者の見守り
②空き家問題の解消
③コミュニティーづくり
特徴的なのは、「HANARE」のサービスには、ろっけんで行われるイベントやサードプレイスの利用権があること。
「ろっけんに遊びに来てほしい」という思いで、週に3回の体操とお茶会を催したところ、多くの居住者が参加してくれるようになった。
左は、一戸建てタイプの「HANARE」に住む男性(画像提供/Happy)
入居中の男性が入院し、ろっけんが愛犬の面倒を見たこともある。おばあちゃんや子ども達のアイドルになり、皆で世話をした(画像提供/Happy)
「HANARE」が、 8050問題(※)解決の糸口になりうるというエピソードを聞いた。
※80代の親が50代の子どもの生活を支えることで、経済的にも精神的にも困窮する社会問題
介護施設というと高齢者のケアをイメージするが、ろっけんでは息子さんを受け入れた事例も。65歳を超えて「HANARE」に入居した人から、「息子が障害をもっている。自分も高齢になったし、息子の将来が心配」と聞いた首藤さんは、親子で受け入れ、二人暮らしのサポートを行うことに。息子さんに、「医療的・介護的にサポートをされるだけでなく、人の役に立つ喜びを感じてもらいたい」と、「WAGOMU」で仕事もつくった。息子さんの表情が明るく変わってきているのを日々感じるという。
「WAGOMU」とは「Water Ground Mountain」の略。自然アクティビティと障がい者支援の経験を持つWAGOMUと、医療サポート組織を持つHappyが協力し、高齢者や障がい者など社会的マイノリティが自然環境に触れる機会を提供しようと、「WAGOMU事業部」を立ち上げた。
肩から上が動かず、言葉を発せない要介護5の入居者さんのご家族から、「思い出の詰まった海に入れてあげたい」という要望があり、須磨ユニバーサルビーチプロジェクトの協力のもと、happyが医療的なサポートをして叶えた(画像提供/Happy)
世代・国籍・障がい問わず、アウトドアと出会える「WAGOMU」。ろっけんの入居者さんに体験してもらったこともある。若いころ、船の仕事をしていてインドから来日したカンバーロ・ピオ・ジャシントさんは、家族が海外に住んでいるため身近に身よりがなく、ろっけんに入居してきた。入居中、「WAGOMU」を利用し、大好きな海に入ったり、車椅子ごと木につるすツリーイングを楽しんだ。
海を訪れたピオさん(画像提供/Happy)
「Outdoor for ALL」を掲げ、健常者も障がい者もハイキングや沢登り、キャンプができる。写真は、車椅子ごと木に吊るすツリーイングの様子(画像提供/Happy)
ピオさんの葬儀はろっけんで執り行った。ピオさんが大好きだったリビングで、「大きな木のような家族をつくりたい」という願いを叶えるお別れ会をした(画像提供/Happy)
「WAGOMU」の場所は新長田駅から歩いて15分ほど。5階建てのビルの一室をリノベーションして運営している。
工業ビルの一角にある(写真撮影/水野浩志)
本格的なボルダリングの施設(写真撮影/水野浩志)
フリースペースは、ワークショップやパーティーイベントを楽しむ場にもなっている(画像提供/Happy)
陶芸のワークショップの様子(画像提供/Happy)
「街の中で大きな音楽を鳴らせる場所をつくろうと、フリースペースで、2カ月に1回、大きなクラブイベントを開催しています。若い人だけが来るわけではなく、ろっけんに住んでいるおじいちゃんやおばあちゃんも遊びに来るんですよ」(首藤さん)
シャッター街に生まれたプラスの変化、街唯一の本屋さんも
イベントの終盤、話の締めくくりに、首藤さんは、「ろっけんを見学しても意味ないです」ときっぱり。
「それより、前の通りをよく見てください。いろんなヒントが隠されています。ご覧の通りシャッター商店街ですが、ろっけんをつくるとき、ぼくらは、街の人にたくさん話を聞いて、みんながやりたいことを事業計画のベースにしました。やるだけでなく、やりたい人を応援してきました。シャッター商店街がどんどん変わっていっているんですよ。この近くでべビーラッシュが起きたり、起業する人が現れたりと、プラスの変化が起きています。そういった変化を楽しんでもらえたらと思います」(首藤さん)
ろっけんのスタッフに引率され、住みびらきの参加者たちが六間道商店街へ出かける。
昭和のレトロ感がある入口のアーチ(写真撮影/水野浩志)
震災による建物倒壊後、手つかずだった空き地を地元建築士がレンタル菜園や災害時の避難場所として再生・活用する事例も生まれている(写真撮影/水野浩志)
使われていなかった住宅を活用した古本屋「空地文庫」。立ち上げたのは、移住者でダンサーをしている小松菜々子さん(写真撮影/水野浩志)
街の人から本を寄付してもらう代わりにアーティストに無料で場所を貸し出し、地域の人に向けたイベントやワークショップを行ったり、地域の子ども達に講演と”勘違い”して利用してもらうなどオルタナティブ本屋として活動している(写真撮影/水野浩志)
スパイスのように多様な人や価値観が混じり合う場「丸五SpiceUp」
次に向かった丸五市場は、大正11年に誕生した市場で、阪神・淡路大震災の日、偶然定休日だったことから火災を逃れた。そのため、古き良き下町情緒が残されている。
錆びついた外観にレトロ感のある書体が渋い(写真撮影/水野浩志)
商店街の中にある丸五市場にて、2024年4月、取材時には、Happyが運営する丸五SpiceUpを工事中だった(2024年11月1日にオープン予定)。
丸五市場の中で今でも賑わう横丁。名物「そば焼き」のお店やアジア系料理のお店が並ぶ(写真撮影/水野浩志)
SpiceUpの立ち上げを任されたのは 、ろっけんのスタッフである宮本篤さん。宮本さんはろっけんに来るまで介護業界で働いた経験はなかったが、実際、やってみて、「介護は身近な仕事」だと感じたという。
「大変そうで自分には無理だと思う人もいるかもしれないけど、介護は特別なことじゃないです。例えば、少し遠くに物があると、近くにいる人に『ちょっと取って』と頼むでしょう? 手が届かない人がいて、僕が届くならとってあげる。手伝う程度に、大なり小なりあるけど、それを繰り返している感覚です」(宮本さん)
ろっけんに来る前、タンザニアの農園と契約してクラフトチョコレートの工場を立ち上げた経験を買われ、丸五SpiceUpの立ち上げを任された。
丸五SpiceUpは、元鮮魚店をリノベしてつくられた(写真撮影/水野浩志)
「スパイスを使った美味しい料理に惹かれて来る方と、もともとのコミュニティの方とが触れ合えるお店にしたい。スパイスって単体だと面白くないですよ。何かと合わさって真価を発揮するもの。スパイスの力を皆に発信しつつ、いろんな人が気軽に集まれるような場所をつくりたいです。自分の中のバランスを取りながら、介護の仕事や料理の提供など、多角的な活動をしていきたいと思っています」(宮本さん)
宮本篤さん(写真撮影/水野浩志)
街歩きをしながら、暮らしやすい街とは? と考えた。家以外にも自分の居場所があり、そこで出会う人がいる。顔見知りがいて、繋がり合える街。Happyが、現在、取り組んでいる事業は、10以上もあるが、「全て、空き家再生事業の一環。街を面白くする取り組み」と首藤さんは話す。今後、3年間で500戸の空き家活用を目指している。3年後の街をまた歩いてみたくなった。
●取材協力
・株式会社Happy
・首藤義敬(X:Twitter)
・首藤義敬(Instagram)
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