カリスマアイドルの恋愛をめぐる短編集〜斜線堂有紀『星が人を愛すことなかれ』
赤羽瑠璃。愛称・ばねるり。アイドルグループ「東京グレーテル」の孤高のブラック。がむしゃらな努力で勝ちとった自身の人気により、地下アイドルだったグループをメジャーに躍進させたカリスマである。想像力を刺激するこの魅力的なスターをめぐる、四篇の短編が収録されている。読み始めるともう、ばねるりのことが気になって仕方がない。
最初に収録される『ミニカーを捨てよ、春を呪え」の主人公・冬美は、物理学を専攻する地味な大学生である。在学中に人生のパートナーを見つけたいと考えていたところ、卒業間近に大学院生の渓介を紹介された。垢抜けないけれど誠実そうな「良い奴」で、容姿にコンプレックスがある自分にはお似合いの相手だと思った。ときめくところは全くないが、無難な相手と思って付き合うことにしたのだが……。
渓介は、赤羽瑠璃を応援し続けている筋金入りのアイドルオタクであることを、ずっと冬美に隠していた。休日出勤といっていたのは嘘で、ライブに通っていたのだ。SNSでは「ばねるりが生きがい」と言い切っている。冬美に会う時間より、アイドルを優先している。そんな渓介に、冬美は「浮気と同じじゃん!」とキレる。渓介は、嘘をついていたことを謝ってくれた。今後もファン活動は続けるが、隠し事をしないことや、冬美のことを蔑ろにしないことを約束してくれて、結婚を前提に一緒に住むことも提案してくる。
いい彼氏じゃん。ドルオタなことくらい、まあ問題ないのでは?と私は思う。しかし冬美は、無難という理由で付き合っているはずの恋人なのに、アイドルに夢中であることを受け入れられない。彼がアイドルに捧げる情熱や時間と、自分に与えられているものをしつこく比べ、突き詰めて考えてしまう。ありがちな男女のすれ違いも絡み、不安に心が囚われていく。その心理描写には迫力とリアリティがあって、目が離せない。地下アイドルからメジャーなタレントへと階段を登っていく赤羽瑠璃に、冬美は憎悪を募らせ、ついに感情が爆発する出来事が起きる。
表題作である二篇目では、元「東京グレーテル」のメンバーで現在は人気Vtuberとなった主人公が、恋愛と仕事の間で悩む。三篇目では、メンズ地下アイドルとこっそりつき合っていた現役メンバーが、ファンと浮気をした彼氏に復讐をしようとする。そして、最後に収録される「星の一生」には、赤羽瑠璃本人が登場する。一人のファンに対するばねるりの一途な思いと、完璧なアイドルであろうとする愚直なまでの努力が強烈だ。最初の短編の印象が、ガラッと変わる。
主人公たちは、自分が得られなかったものに執着する。自分が受けた「愛」よりも、別の相手に向けられた「愛」の方に尊さを見出して苦しむ。アイドルの恋愛なんて、私の現実と100%無関係なのだから、フィクションとして軽く楽しめばいいはずだ。そのつもりだったのに、気がつくと「愛とは何か」を真剣に考えさせられていた。
この本の姉妹編というべき『愛じゃないならこれは何』(集英社)をまだ読んでいなかったので、反省しつつすぐに購入した。どちらから読むのもありだと思うが、ぜひとも両方読んでいただきたいと思う。
(高頭佐和子)
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