78歳から92歳の読書会に引き込まれる!〜朝倉かすみ『よむよむかたる』

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 舞台は小樽の古民家喫茶店だ。クセのある人々(全員高齢者)が、次々とテンポ良く店にやってくる。トンチンカンだけど妙にリズミカルな会話がツボにはまった。読んでいるだけで耳を塞ぎたくなるような騒々しさと、自由な振る舞いに呆れながらも、だんだん愉快な気分になってくる。ほんの数ページで、登場人物たちに愛着を覚えてしまった。

 主人公の安田松生は、この喫茶店で雇われ店主をしている青年だ。4年前に新人賞を受賞して単行本も出版されたものの、その後は執筆をしていない「自称小説家」でもある。オーナーで叔母の美智留が再婚して転居することになり、この店の運営を引き継いだばかりだ。美智留からくれぐれもよろしくと頼まれていたのが、「坂の途中で本を読む会」のことである。78歳から92歳まで6人の男女が所属しており、月に一度の読書会をこの喫茶店で開いているのだ。コロナ禍でしばらく集まれなかったが、3年ぶりに全員が集合した。

 まず、人の話を聞いていない。というか、全員耳が遠くて聞こえないらしく、話はすぐに脱線する。そのくせ、興味のある話は一致団結してちゃんと聞こえるようだ。あっという間に彼らに巻き込まれて、断る猶予もなく「名誉顧問」にさせられた安田は、二十周年事業(公開読書会と冊子づくり)の責任者を任されてしまう。

 個性あふれる会員たちに、安田はこっそりニックネームをつけている。これが大変わかりやすい。元アナウンサーの「会長」は、素晴らしい朗読技術があるが、持病を抱え怒りっぽくなっている。いつもメルヘンなお召し物を着ていて、時々天然爆弾を投げる「シルバニア」と、このメンバーの中ではしっかりしており安田の知らない事情や方言を解説してくれる「蝶ネクタイ」は元中学校の教師仲間だ。ふくよかで彫りの深い顔立ちの「マンマ」は、会計を担当している。最高齢のまちゃえさんと、その夫で唯一の70代であるシンちゃんには、若くして亡くなった息子がいたらしい。まちゃえさんは、美智留が息子・明典の恋人だったのだというが……。

 このメンバーでの読書会って、成り立つのか?と思わずにいられないが、ユニークで心に響くやりとりがそこでは行われている。ひとり2ページくらいを朗読し、その都度朗読と小説の内容の両方について感じたことを言い合う。物語と朗読に触発され、個人の思い出も語られていく。課題本は佐藤さとる氏の『だれも知らない小さな国』(講談社青い鳥文庫)である。なんと!私の子どもの頃の愛読書だ。人生経験を積んだ人々だからこその、思いもよらない解釈に驚かされつつ、彼らの読書会をこっそり覗き見しているような気持ちで読んだ。

 元気に話してはいても、安田以外は全員が高齢者である。体調は悪くなり、感情のコントロールが効かなくなり、記憶は曖昧になっていく。時には諍いもある。それでも、読書会に参加したいと強く願う会員たちの思いと、小説に触発されて語られるそれぞれの人生に、安田の心も、私の心も動かされていく。安田が小説を書けなくなってしまったきっかけとなった出来事、小説を読んでいて甦ってきた記憶の謎、美智留と明典の本当の関係が、物語が進むにつれて明かされていく。

 物心ついた時から、ずっと本を読んできた。読みながら、いろいろなつぶやきが心の中に生まれてくる。それは、自分の経験したことや誰かに聞いた話のことだったり、過去に読んだ別の本のことだったり、登場する人たちに対しての無責任な声援やら細かいダメ出しだったり、意味不明な妄想のようなことだったり……、誰かに感想として語ったり、書いて発表できるようなこととはちょっと違うことが、たぶんほとんどなのである。読書が好きなのは、本と私だけの世界にいられるからだとずっと思っていたけれど、自分ではない誰かの中を流れていくそういう気持ちを聞くことで、本は違う世界を見せてくれるのかもしれない。

 当たり前のことだけれど、本もそれを読む人の人生も、どれ一つとして同じものはない。かけがえのないもの同士が出会うことの尊さと幸福に、この小説は気づかせてくれた。

(高頭佐和子)

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