分断された人類に未来はあるか~王城夕紀『ノマディアが残された』
混乱の国際世界で繰りひろげられる、人類の運命をかけたサスペンス。設定がたいへん練りあげられている。
日本の外務省直轄の秘密組織「複製課(レプリカ)」は、最新技術と卓抜した演技力によって身分をいつわり、海外における日本人保護の作戦をおこなう秘密組織だ。シリアの難民キャンプで未知の感染症が発生するなか、同地を訪れていた複製課メンバーのひとりクイナが消息を絶つ。彼女が残した謎の単語「ノマディア」を手がかりに、複製課の同僚たちは追跡をはじめ、その過程で感染症の裏にひそむ戦慄の計画、それにかかわる複雑な勢力図が浮かびあがっていく。
背景となる世界のありさまが、この作品のSFとしての強度を支えている。
やむことのない紛争、人口減少、難民問題、蔓延る排外主義……世界中のあらゆる国家は疲弊している。そうした旧来の国家の領土内を虫が食うようにして、ガーデンと呼ばれる独立自治単位がいくつも生まれていた。ガーデンはブロックチェーン化した通貨によって経済的に自立をはたしているが、旧来の国家はガーデンを認めてはいない。ガーデンは反中央集権的な運営をおこなういっぽう、コミュニティの性質上、異分子に対しては通常の国家以上に神経質だ。
国家にせよガーデンにせよ、そこに属する者と属さない他者をいかに分別するかが重要となる。作中ではしばしば生体の免疫系に喩えて言及される。もちろん、社会における自他の線引きは、突きつめてしまえば恣意的なものだ。
人間社会の分断は、自治単位だけに限らない。この世界では身体に埋めこんだ生体チップで接続するネットワークが重要インフラとなっている。しかし、貧困層や難民の大半は生体チップを手配できず、ネットワークから閉めだされてしまう。彼らが代わりに頼るのは、遺棄された通信網を改造したローカルネットワークだ。それは「忘れられたネットワーク」と呼ばれる。
現代の世界が深刻な機能不全に陥っており、それは人類の本質と不可分であるというテーマにおいて、この作品のヴィジョンは伊藤計劃と共通する。また、テクノロジーを巧みに組みあわせたガジェットやアイデアについては、藤井太洋に近いセンスを感じさせる。なによりも「ノマディア」の意味が解けるクライマックスが印象的だ。
(牧眞司)
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