他人事と思えないリアルな短編集〜篠田節子『四つの白昼夢』

 平和な日常を過ごしていたはずが、突然に不穏な出来事や奇妙な現象に見舞われ、怯えたり困ったりする大人たちを主人公にした短編集である。篠田節子氏といえば、短編集『家鳴り』(集英社文庫)を読み、生きている人間が一番怖いということに身も心も凍りついたことが忘れられない。『四つの白昼夢』というタイトルからホラーな展開を予想していたのだが、直球の「怖い」とは違う読み心地だ。小説の中に登場するごく普通の中高年たちの戸惑いぶりが、リアルすぎてゾクっとする。フィクションと分かっていても、自分を安全な場所に置きながら読むことができない。

 「屋根裏の散歩者」の主人公・祥子は人気イラストレーターである。夫の貴之はチェリストだが、演奏活動より個人レッスンをメインに収入を得ている。以前は駅近くのマンションを住まい兼教室にしていたのだが、生徒が増えたため離れた場所にある一軒家を借りて住居を移した。大家はこの家を建てたものの、ずっと海外在住らしい。緑に恵まれた環境も著名な建築家に依頼したという自然通風の設計も申し分なく、祥子も仕事をしやすくなった。おおらかな性格の夫との関係も良く、生活は満ち足りている。

 ところが、ある日を境に天井からの異音に悩まされるようになる。最初は幻聴や屋根の上に異物が乗ったせいだと考えるのだが、そうではないようで、重たいものを引きずるような音が時折するのだ。天井裏を覗いた夫は「何かがいるような気がする」と言う。庭にあった石の下を掘り返すと、ヤバいものが発見される。近所に住む老女が、「出る」という噂やら過去の事件のことなどをわざわざ祥子に告げてくる。不吉のオンパレードである。これはもう、引っ越し一択ではないか。祥子さん、早く逃げてっ!と小説に向かって呼びかけたくなったところで、あまりにも意外な事実が発覚する。

 酒に酔った男が電車の中に骨壺を忘れていく場面から始まる「妻をめとらば才たけて」と、4編の中で最もホラーの色が濃い「多肉」は、コロナ禍で不要不急の外出や会食を控えることが求められている中で、運命が変わってしまった主人公を描く。他人事と全く思えなくて切ない。

 最後の一編「遺影」の主人公は、認知症だった義母の介護を終えた女性だ。夫と一緒に遺影になる写真を探すが、なかなかいい写真が見つからない。ようやく一枚、近くの森林公園で撮影されたと思われる明るい笑顔の写真が見つかるが、義母の肩先には軽く抱き寄せるような手が写っている。公園によく連れて行っていたのは主人公だが、写真に記憶はない。この手は誰のものなのか。写真を撮ったのは誰なのか。家族にも心を開かなかった義母が、無邪気に笑っているのはなぜなのか。読み進めるほどに、登場人物たちの人生が立体的に見えてくるこの短編が、私は一番好きだ。

 どの物語にも心にチクチクと刺さってくる部分があるのは、主人公たちの生活に入り込んでくるものが、ある程度の年齢まで生きた大人ならば誰もが関わる可能性のある問題に起因するものだからなのだろう。みんないろんな現実を抱えていて、人を巻き込んだり巻き込まれてたりしながら暮らしていて、時にはこんな「白昼夢」を見るハメになる。人間って怖いけど、やっぱり愛しくもあるなあと、しみじみ思った。

(高頭佐和子)

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