正反対な二人のにぎやかな夏休み〜天野茶玖『サボタージュ・サマー』

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今夏の暑さは圧倒的だった。……と過去形で言いたくなるが、残念なことにまだ終わっていない。処暑も過ぎ、夜になれば虫の声も聞こえるようになったというのに、日差しはまだまだ強く気温も高い。いい加減、逃げ出したくなってくる。私の知る夏は、暑いなりにもう少しやさしくて、楽しめるものだったはずなんだけどな──そんな心地で、遠い目をしながら本作を手に取った。

22歳のミナトは、都内の美容院でアシスタントとして働いている。順調にキャリアを積んでいたものの、ある日突然、会社の事情により職を失ってしまう。気力が湧かず、実家でビールを片手に「しばらく休みたい」と愚痴る彼女に、意外なチャンスがやってくる。海外出張へ行く親戚夫婦の代わりに、ひと夏の間、その家の一人娘の面倒を見ることになったのだ。

すっかり夏休み気分のミナトが向かった先は、山間部にある町だ。あとがきによれば、著者の生まれ故郷である岡山県井原市(いばらし)がモデルだという。10年ぶりに再会した親戚の小学生・ランに、「この家のことはあたしに任せなさい!」と胸を張るミナト。しかし家事オンチでズボラな彼女は、初手からポンコツぶりを披露し、ランの冷たい視線とフォローを受ける。

明るくて子どもっぽいミナトと、冷静で大人びているラン。正反対な二人の共同生活がとにかく楽しい。たとえば小学校で使っている上履きひとつにしても、しっかり洗おうとするランに対し、ミナトは「あたし一度も洗ったことないかも」「キレイなのは買い換えた時だけで それ以外はいつも真っ黒になったの履いてたな」と笑顔でのたまい、ランにドン引かれる。万事が万事この調子で、どちらが「お世話をする側」なのかわからなくなってくるのがたまらなくおかしい。

そして、かつての自分がどちらの側だったのかをふと思う。完全にミナトの側だった人や、ランの側だった人、両方が混ざり合った人などさまざまだろう。どちらかといえばミナトの側に近かった私としては、彼女の行動の端々に昔の自分を見るようで、気恥ずかしくも懐かしくなった。目をしょぼつかせながら参加したラジオ体操に、近所のどぶ川を渡ろうとした時のこと。近道を友達に教えた時の得意げな気持ち。夏の全部が冒険で、暑くても気にならないほど楽しい時間だった。

本作は『COMIC FUZ』(芳文社)のwebとアプリで連載されている。初回は長めの24ページ、その後は12~18ページの連作短編で、1巻にはおまけマンガも収録された。話が進むにつれ、ご近所の人やランの友達も登場し、夏休みはにぎやかさを増していく。存分にサボるミナトに振り回されながら、これまでに過ごせなかった夏を体験するラン。ふたりの日々は、これからどうなっていくのだろう。現実の暑さにめげることなく、続きを心待ちにしている。

(田中香織)

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