「幼い頃、ロンドンでテレビや映画を観ていても、自分のような姿をしたキャラクターはいませんでした。だからこそ、この物語はすごくオリジナルなんです」プリヤ・カンサラ『ポライト・ソサエティ』インタビュー
『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』『レ・ミゼラブル』などの名作を生み出してきたワーキングタイトル社が製作。英国インディペンデント映画賞最優秀新人脚本家賞を受賞、バラク・オバマ元米国大統領の2023年お気に入り映画にも選出された『ポライト ・ソサエティ』が8月23日(金)公開される。
ロンドンで暮らすパキスタン系イギリス人のムスリム家庭に生まれ、スタントウーマンを目指してカンフーの修行に励む女子高生リア・カーン。周囲からは堅実な職に就くことを期待される中、芸術家を志す姉のリーナとは互いの夢を応援し合っていた。しかし、リーナと富豪との結婚話が浮上し、2人は自分自身であることと社会規範や求められる役割の狭間に立たされる。パワフルなアクション、スタイリッシュでユーモアたっぷりの画づくり、芯を貫くシスターフッドのストーリーが抜群のバランスで配置された本作について、長編デビュー作にして主演を務めたプリヤ・カンサラに話を聞いた。
――ジェンダーロールや世代間の意識の違いなど、あらゆる問題を強烈な勢いで解決していくリアの姿に、爆笑しながらエンパワメントされる素晴らしい映画でした。
私は特に姉妹喧嘩の部分が大好きで、姉妹間でこのような激しいアクションを伴った喧嘩を映画で観たことがないことをおかしいと思わなかった自分の中のバイアスにハッとしたんです。本作にはそのような瞬間がたくさんありました。
プリヤ「私もそう! 全く同感です。考えてみれば、姉妹だって兄弟と同じくらい激しく喧嘩しているんですよね。兄弟の喧嘩を描写した映画はマフィアものから何からたくさんあるのに、同じような関係を持っている姉妹のアクションを伴った喧嘩になると画面で捉えられたことがあまりない。監督には姉妹がいらっしゃって、姉妹が大好きなんだけど同じくらい激しく喧嘩するとおっしゃっていて、それを当たり前のこととして『ポライト・ソサエティ』という作品で見せているんです。映画を観たオーディエンスのみなさんも『私と姉(または妹)と全く同じ!』とおっしゃっていて。そういう風に、姉妹だって激しい喧嘩をするんだと可視化できたのは私にとってもとても嬉しいことでした」
―あのシーンを始め、アクションシーンのほとんどをスタンドなしで演じられたそうですね。ファイトトレーニングとマーシャルアーツの練習を2ヶ月間、週3で行っていたとか。
プリヤ「あの時期は、5か月間で1日くらいしかオフがなかったんです。トレーニングが週3、4日ある以外にも、役作りやリサーチ、演技のレッスンやリハーサルなど、いろんなことをずっとやり続けていて。
本当にたくさんの吸収することがあったので、毎朝自分のためにちょっとした儀式を行なっていました。まず日記を書く、それから10分くらい瞑想をして、いつものお茶を飲むーーそうやって自分が大好きなことを仕事にできていることに心から感謝する時間を全体的に15分くらいとることで、激動の日々に圧倒されないようにしていました。その時間をとれたからこそ、仕事で100パーセントの力発揮できるし、落ち着いた心持ちで向き合えたと思います」
ーー映画内では移民2世と3世との意識の違いも描かれています。アクションやユーモアと共に、センシティヴな問題が繊細かつ的確に描かれているのも本作の魅力ですが、その素晴らしいバランスを演者としてどのように感じていましたか。
プリヤ「私たちは本当にたくさんの会話を交わしたんです。監督は自分の体験や姉妹を含めた家族の関係、友情など、そういったもの全てを脚本に取り入れているんだけれども、リハーサル中、他のキャストやスタッフも含めてみんなで親子の関係について、例えば厳しかったのはなぜだったんだろうとか、 こういう言い方をしていたよねとか、伝統的な家庭もあればモダンな家庭もあるけどなぜうちはモダンだったのだろうかとか、かなりディープに話をしたんですよね。みんなで自分の体験を話して、聞いて、その中で全体のバランスを見つけていきました。それが重要だったと思うし、リアというキャラクターを理解するうえでもそうでした。そのおかげで、リアとそれぞれのキャラクターとの関係性をしっかりと理解することもできたんです。
例えばリアの親は、南アジア系の中では結構モダンに描かれています。カンフーのレッスンを受けさせてくれているわけだし、恋愛に関しても、好きにデートをしてもいいというオープンな家庭。けれども、美大に行ってもいいけど最終的には安定した伝統的な仕事に就いてねという少し古臭い部分もあって、そういうところのバランスを話し合いながら見出していきました」
――そんな風に同じルーツの女性たちと体験をシェアし合ったことはこれまでにありましたか?
プリヤ「初めてでした。役者としてもここまで深く関わり合うような作業をしたのは今回が初めてだったのですが、演技の美しいところは、自分の一部、それもとても脆い部分を分かち合うというところであり、そこを求められる仕事であります。だからみんなでコラボレーションしながら、そうやってオープンにそれぞれの体験について話し合うというのはグループセラピー的な感じもあったし、それで絆が深まったことによって、その繋がりが撮影が終わった今も続いているんですね。仕事場でこれだけ馬が合って、家族のようになるというのはそんなにあることではないと思うんですが、母親役のショナ(・ババエミ)さんであったり、ラヒーラ役を演じたニムラ(・ブチャ)さんであったりを含めて、みんな本当にすごく仲がすごくいいんです。シスターフッドみたいな、一緒に遊びに行ったりできるような仲間たち。そういう作品だったし、特別な体験ができたことに感謝しています」
ーーたくさんの対話があったとのことですが、ニダ・マンズール監督と、リアのキャラクターを確立させていくうえで印象深かった言葉があれば教えていただけますか。
プリヤ「私は初めての主演で、これまでの役どころとは全く作品内でのサイズが違っていました。そんな中で、リハーサル中に『これをやってもいいですか?』と監督に尋ねたら、『これはあなたの映画。リアの映画であり、リアの物語で、あなたにリアという役を信頼して渡しているわけだから、リアとしてなにか違うなと思ったら言ってほしいし、あなたが思うリアに私たちはベストな形で近づけていきたい。だって、リアを一番理解してるのはあなただから』って言ってくれたんです。これはとても重要な会話でした。彼女は監督のみならず、脚本家であり、クリエイターでもある。そんな彼女がそう言って託してくれたことにすごくエンパワメントされたし、自分の能力に自信を持って演じることができるようになりました。そんな風に自分がリアという役で正しかったと思えないと、1つの映画を座長として担うことはできなかったと思います」
――姉のリーナを演じたリトゥ・アリヤとのコミュニケーションについてはどうですか? 本当に仲良くしていて、実際の会話が作品にも使われたそうですね。
プリヤ「リハーサル中にアドリブで入れた会話を監督が実際に使ったことが何回かあったんです。やっぱり姉妹ならではの言語や内輪ネタみたいなものってあるじゃないですか。この2人の姉妹ならではのそういう言語を見つけることが重要だったから、アドリブでそれを見出そうとやり取りをしていたのを面白いからそのまま入れようとなったんです。
リトゥ・アリヤとは、ただただ一緒に遊んで時間を過ごしていました。一番最初の出会いの時にカードとプレゼント持ってきてくれて、座って、『じゃあ、私が姉だから』って感じで始まって(笑)。『あ、はい。姉妹なんですね』って。その時から感覚が合う感じがしたし、その後もリハーサル中にずっと色々な話をする中で作り上げていって。でも 1つすごく重要なポイントがあるとしたら、実はリトゥ・アリヤはバンドをやっていて、ドラマーなんです。それで昼間はリハーサルやってるんだけど、夜にそのバンドのライヴをやったりしていて、そこに遊びに行ったんです。音楽をやっている彼女はもうめちゃくちゃ格好いいんですよ。そこで、ハッと気づいたのが、リアは姉に美術の道を進んでほしいと願っているわけですが、実際に素晴らしいミュージシャンである彼女が音楽辞めると言ったら? それが作品の中でのリアの気持ちなんだと一気にわかったんです。すごく素敵な体験でした」
――そうしたシスターフッドと同じくらい重要なテーマとしてあったのが、「自分を信じる」ことだと思います。あなた自身も医療関係に進んでいたにもかかわらず、幼少期からの夢であるフルタイムの俳優を目指し退職しました。一度は諦めようとした夢を歩もうと思ったのはなぜ? 自分を信じる力をどこから得ましたか。
プリヤ「演じるということが本当に何よりも好きだったんです。この選択の結果がどういうものになるか、当時はもちろんわかりませんでした。役者稼業は、業界自体も不安定で、仕事ももらえるかどうかわからない怖さはあったけど、その心配よりもトライしなかったら後悔するだろうという気持ちの方が大きかった。うまくいかなかったとしても、2年くらい100%集中して役者をやった後であればまた気持ちが違うはず。だからとにかくやってみようと。
また、業界自体にも変化がありました。幼い頃、ロンドンでテレビや映画を観ていても、自分のような姿をしたキャラクターはいませんでした。だからこそ、この物語はすごくオリジナルなんです。フレッシュで、笑えて、しかもレプリゼンテーションも入ってるわけですよね。南アジア人コミュニティの、特に若い女性たちが、このレプリゼンテーションを本当に誇りに思ってくれて、たくさんのフィードバックをいただきました。本当に嬉しかった、感動したとか、『自分が小さな時にこの映画を観ていたら人生が違っていたのに!』とおっしゃっていて、私自身もそう思います。そんな作品に携われて、本当に誇りに思っています」
photography Marisa Suda(https://www.instagram.com/marisatakesokphotos/)
text Ryoko Kuwahara(https://www.instagram.com/rk_interact/)
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