音楽家夫妻、パリとの二拠点生活は田舎の家で。築340年超の古民家に惚れ込みセルフリノベ、古家具が似合いすぎる空間に パリの暮らしとインテリア[19]
ピアニストの越智まどかさんと、アコーデオン奏者で作曲家のフレデリック・ダヴェリオさんは、プロの音楽家夫妻です。共に音楽家家庭に生まれ、それぞれに音楽活動を続ける中で出会い、結ばれた。現在はご夫婦でデュオ活動もされるという、まるで物語の中のカップルのようなお2人です。今回は、そんなまどかさんとフレデリックさんが週末を過ごす、セカンドハウスを訪問しました。そこで伺ったお話の数々もやはり、聞けば聞くほどそれはまるで物語。「こんなにいい話が、現実?」と、驚きの連続なのです。家づくりそのものにも、物語のようなポエジーが息づいている。敷地面積は2ha、建物の面積は500平米の一軒家に暮らすまどかさんとフレデリックさんご夫妻、そして愛猫シマシマの、田舎の家へいざ、ご案内します!
(文/角野恵子)
思う存分に練習できる広い場所を求め、郊外へ
「私たちは2009年から、パリのサンルイ島にあるアパルトマンに暮らしています。広さは60平米、二人暮らしには申し分ないのですが、ピアノとアコーデオンが同時に音を出して練習することはできません。そこでコロナ禍前から約1年間、10件以上の不動産屋に問い合わせ、パリから気軽に練習に行けるような場所に小さなセカンドハウスを購入したいなと情報収集をしていました」と、まどかさん。
2haの広大な敷地の持ち味を生かしながら、自分たち好みの自然な庭づくりを実践中(写真撮影/Manabu Matsunaga)
購入当時は、ゴルフ場さながらにきっちりと刈り込まれた一面の芝生だったというのがウソのよう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
サンルイ島はパリの真ん中、セーヌ川の中洲にある2つの島のうちの1つです。もう1つのシテ島には、ノートルダム寺院があります。シテ島同様にサンルイ島も歴史が古く、住人はユネスコ世界遺産の景観の中で生活しているようなもの。女優の岸惠子さんが暮らしたことでも知られています。
そんなサンルイ島にはお2人の友人のイギリス人ファミリーも年に3、4回使うセカンドハウスを持っており、
「自分の留守の間は練習に使っていいよ、とアパルトマンを貸してくれていました(そんな人がいるとは!)。ところがそのアパルトマンが売りに出されることになって」
まどかさん夫婦は、広い場所を確保する必要に迫られたのでした。
グランドピアノのある離れ。生徒さんたちの発表会を行ったり、ダンサーのパフォーマンスを開催したり、人々が集う場となっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「物件を比較検討する中で、フェリエール・アン・ガティネという中世の街から程近い集落にある、この家を訪問しました。その時、庭の奥にある納屋がたくさんのイマジネーションを掻き立ててくれて。ここでコンサートをするのもいいね、詩人を招いての朗読会やディナーも楽しそう、などなど夢が膨らみ、購入の決め手となりました」と、まどかさん。
ご縁が導いてくれた、広大な敷地を持つ一軒家
「1680年から何度も増築、改築されてきた古い家なので、その歴史の中では音楽家が住んでいたこともあったとか。そして偶然にも、私たち夫婦も音楽家です。この家を紹介してくれた不動産屋さんは、そんなご縁を重要に感じ取ってくれたようでした。
実は、私たちの他にも購入希望者は何組かあって、私たちのオファーの金額よりも高い金額で申し入れる人たちもいたようです(フランスでは購入する前に売り主が提示する価格に対して、自分たちの希望購入額を提示することができます)。それなのに不動産屋さんは私たち夫婦を応援してくれて、オーナーを説得してくれたのです。他の購入希望者よりも低い金額を提示していた私たちがこの家の持ち主になったのですから(そんなことがあるとは!)、本当に不思議なご縁を感じます。この家の持ち主になったというよりも、この家の長い歴史の一節に寄り添う存在、そんな気がしています」
庭の中に川! 自分の家の敷地内に、自然の川が流れているというのも珍しい(写真撮影/Manabu Matsunaga)
まさにご縁。何はさておき高く売りたい不動産売買の現場で、こんなに良い話を聞いた人がいるでしょうか? こうして縁あって住むことになったこの家を、まどかさんとフレデリックさんは自力でコツコツとリノベーションしました。まず、サロンの真ん中にあった4本の柱と、その下にあった暖房器具を壁側に移動させて、60平米の広々とした空間をつくりました。グランドピアノを置いて、ここに大勢の友達が集まれるように。
「私もそうですがフレデリックにも、人が集う場所をつくりたいという気持ちが強くありました。また、空間を流動的にして、家の外と中がひとつながりのような、庭の緑を家の中に取り込むような、そんなインテリアにしたいとも思っています。音楽家だからでしょうか、音と同じように、光でも香りでも空気に何かが乗ってゆく、その感じが好きなので」
60平米の広々空間に変身したサロン。抜け感が最高!(写真撮影/Manabu Matsunaga)
beforeのサロン。中央に4本の柱と暖房器具があった。「空間の中央に暖房器具を設置したのは、効率を考えてのことかも?」とまどかさん。柱は抜きとり、その下にあった暖房装置を撤去して60平米ひと続きの広々とした空間に。抜き取った柱は良い素材だったので破棄せず、別の用途が見つかるまで保管中(写真提供/まどかさん)
使い込んだ味わいのある家具は、蚤の市的な専門サイト、セレンシーで購入(写真撮影/Manabu Matsunaga)
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
暖炉を囲むソファのスペースは、飾る収納にお気に入りのものを並べて親密な雰囲気に(写真撮影/Manabu Matsunaga)
美猫シマシマ!(写真撮影/Manabu Matsunaga)
フレデリックさんが演奏するクラシックアコーデオンは、ピッコロの高音からコントラバスの低音まで奏でられる特殊な楽器。ラヴェルの「ボレロ」などオーケストラの楽曲を自ら編曲し、ピアノとクラシックアコーデオンのデュオで演奏している(写真撮影/Manabu Matsunaga)
広い空間に心地よさを差し込む古い家具たち
ブロカント(中古の雑貨や家具を売る店)にあるような、時間を経た趣のある家具が好きで、ピカピカの新品に興味がないというまどかさん。棚やテーブル、椅子などの家具は、セレンシーという専門のサイトで見つけて、たくさん購入しました。使い込んだ家具を配置すると、広い空間が親密なムードになり、居心地の良さが生まれることが、こうして拝見するとよくわかります。また、収納と飾りの要素を兼ね備えた棚も、居心地の良さの演出の重要な要素。ソファとクッションは新品で、ソファはイタリアのメーカーGervasoni (白い麻のカバーは、まるごと取り外しが可能なので、お洗濯も気軽にできるのがポイント高!)、クッションカバーはH&Mで麻のものを購入しました。ここにシマシマが加わると、居心地の良さはもうマックス!
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
壁の一角は、友人が置いていった小さな絵やメッセージなど、思い出を飾るコーナーです。洗濯バサミで軽く止めた演出も素敵。
「詩人や画家など、芸術家の友人が多いです。似たもの同士が集まるのでしょうね。考えてみれば、友人に銀行家はいません」と、まどかさんは笑うのでした。
壁には友人たちの思い出を集めたコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
お互いを尊敬し合い、尊重し合う音楽家カップルであっても、「この家を購入して、一緒に家づくりをするようになってから、喧嘩(?)が増えたのですよ」とまどかさん。妥協のない家づくりは、お互いの意思をとことん伝え合う根気のいる作業なのだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
サロンに続きもう1箇所、大リノベーションをしたのがキッチンです。購入時、状態こそ悪くはなかったものの、作業台は使いにくいタイル張りで、壁は一面暗い木目の戸棚……田舎風といえばそうですが、全体的に時代遅れで暗い雰囲気が漂っていました。そこで、まどかさんとフレデリックさんは全て自分たちで壁にあった戸棚を撤去。代わりに、飾りと収納を兼ねるボードを設置しました。床に据え付けられた戸棚(作業台やシンクの下の部分)の方は、明るいブルーグレーに塗り替えです。色を変えただけで、こんなに印象が変わるとは!
そして、問題の作業台のタイルは、一度は白いペンキで塗り替えたものの、メジの凹凸がどうしても気になり、上から内装用のコンクリートで加工しました。これはフレデリックさんが専用のキットを購入し、独学で調べながら丁寧に仕上げた力作です。その甲斐あって、見違えるほどスタイリッシュなキッチンに変身です!
キッチンに絵を飾る。それだけで「調理して、食べる」実用の場所が、くつろぎつつ時間を過ごす空間に(写真撮影/Manabu Matsunaga)
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
極め付けは、アイランドキッチンとして使用している大きな家具。
「この家を買う1年前から気に入って購入し、いつか田舎の家を買った時にはキッチンの中心に置きたいとそれまでパリのアパルトマンに置いていたものなのですよ。ようやく理想的な居場所に置いてあげられた気がします」
ここまでキッチンに力を入れたのは(そして時間とお金もかけたのは)、もちろん理由があります。フランスでは、キッチンは家の心臓部と言われ、人が集まる最も重要なスペースだから。やはり「人が集まる」が、まどかさんとフレデリックさんにとって、一番のキーワードなのでした。
beforeのキッチン。田舎流の広いキッチンではあるが、実に暗くて重い印象(写真提供/まどかさん)
「こうあるべき」と思わず、ドビュッシー的に、流れる感性に従って
家の中はもちろん、家の外壁、そして庭も、まどかさんとフレデリックさんはコツコツ、そして時には大胆に、手を入れています。木目だった鎧戸は明るいブルーに塗り替え、家全体の印象を軽く、明るく。庭には桜の木を植えて、その木陰にテーブルを置いています。4年前、この家を購入すると真っ先に植えたこの桜は、今では大きく成長し、「桜の木下で食事をする」というまどかさん夫妻の夢を叶えています。
家の中と外の境界をなくすこと、抜け感のいい空間をつくることを最優先し、インテリアを考えている(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「20代の夫婦であれば、古い家を買って自分たちでつくり直しながら暮らす、というスタイルもあるでしょうが、私たちはそういう年齢ではありません。広い家を探していたとはいえ、こんなに家に手をかけることになるとは、実は予想していませんでした。第一、私たちにはDIYや庭仕事の経験が全くありませんでした。でもフランス人にとっては、家も庭も自分で手入れをするもの、という常識があるようですね。
フレデリックはなんの疑問も抱かずに、コツコツと色々な作業をしてくれます。私も、家具の配置はもちろんのこと、一旦植えた植物でも配置がしっくりこないと感じたら、別の場所に植え替えたりするのですよ。
こうあるべき、という決まりを持たずに、ドビュッシー的に住まいづくりをしている感覚、とでも言うのでしょうか。ベートーベンというよりはドビュッシー。世の中も変わるし、人生も変わってゆくものですよね。今の自分の感覚を信じて、良きと思う方向へ行くように。そんな感覚です」
モネやルノワールがここに来たら、きっといい作品が生まれるに違いないと思わせる庭に、テーブルが2つも! お招き好きな夫妻の家であることがよくわかる(写真撮影/Manabu Matsunaga)
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「自分の前世は木だった」と言い切るフレデリックさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)
beforeの庭。短く刈り込んだ芝生が広がっていた(写真提供/まどかさん)
今の自分の感覚を信じて、良きと思う方向へ
田舎に、大きな家を購入した場合、買って住んでみて初めてわかることはたくさんあるはずです。いやきっと、初めてわかることばかりでしょう。まどかさんとフレデリックさんは、パリと田舎を行き来する生活を1年間体験し、二拠点生活がどれだけ経済的・体力的負担になるのかを知った、と打ち明けてくれました。そこで数年前からは、この田舎の家をちょっとしたイベントなどに貸し始め、そこで得た収入を維持費に充てるようにしているそうです。「こうあるべき」と決めないからこそ柔軟に、この大きな一軒家と付き合うことができるのかもしれません。
「私たちもいつまで体力があるかわかりませんから、ゆくゆくはこの家を売って、もっとこぢんまりした家に移ることになるでしょう。その時も同じように、自分の感覚を信じて、良きと思う方向へ、と思っています」
決めつけず、力まずに、ドビュッシー的に住まいをつくる。人生の質を左右する大切な存在=家だからこそ、自分の感性を信じることの重要さを教えてもらいました。本当に、物語のようでした。
昔ながらの洗濯場が残る牧歌的な集落に、まどかさんとフレデリックさんの田舎の家はある(写真撮影/Manabu Matsunaga)
車で15分ほどのFerriere en gatinaisフェリエール・アン・ガティネの街。毎週金曜日に可愛らしいマルシェが立つ(写真撮影/Manabu Matsunaga)
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
近隣の村Égrevilleエグルヴィルにあるブールデル美術館。ブールデルの彫刻作品と美しい庭を堪能できる、まどかさんおすすめのスポット。フレデリックさんはパリのブールデル美術館で演奏したことがあり、ここにもご縁が(写真撮影/Manabu Matsunaga)
●取材協力
越智まどかさん Madoka Ochi
●関連サイト
デュオ
フレデリック・ダヴェリオ Frédéric Daverio
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