不条理や不合理も買い取る店〜高川ヨ志ノリ『怪奇古物商マヨイギ』

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基本的に、右肩上がりの人生だ。──そう言うと聞こえがいいものの、残念ながら「体重」の話である。せめて余分な肉で何かできたらと思うが、うまい話はそうそうない。ただ一ヵ所、不用品はもとより、この世の不条理や不合理をも買い取ってくれるという「あの店」を除いては。

本作の舞台は、山間(やまあい)の都市「芽石町」(めいしちょう)。文明開化の波が押し寄せる街には、作家の箱根崎(はこねざき)が住んでいる。恰幅が良く甘党な彼は、なじみの編集者・竹ノ花から原稿料を前借りしては、流行りの甘味を大量に買うことを楽しみに生きている。

 おりしも芽石町では「内村屋」と「外村屋」という二つの店が、あんパン販売にしのぎを削っていた。味だけでは差が出せないと考えた店主たちは、「購入数に応じて店員と話せる」サービスを導入し、それぞれ人気を博している。両店の店員である女性たちから「ハコ先生」の愛称で親しまれるほど、日々あんパンだけを目当てに通い詰める箱根崎にとってみれば、その仕組みは邪道でしかない。

そんな状況を憂いながらの帰り道、箱根崎が目にしたのは珍しい市松模様のネズミだった。小説のネタに飢えていた彼は、ネズミの後を追って一軒の店へとたどり着く。「古物商馬酔木」(こぶつしょうまよいぎ)と看板のかかった木造家屋には、ネズミと同じ色合いの髪をした店主がいた。彼の佇まいに恐怖を感じた箱根崎は、冗談で場をしのぐべく「腹の肉を売ろうかな」と提案するが、店主は迷うことなく快諾して──。

状況だけ聞くとホラーにも思える展開だが、大丈夫、まったく怖くない。むろん題名に「怪奇」とうたわれている通り、ハコ先生の身に起きたことや、その後の店で起こるあれこれは立派な超常現象だ。一方で、たとえば担当編集の竹ノ花をはじめ、古物商を利用する街の人たちは、そこでの出来事を楽しんだり喜んだりしながら受け入れている。どうしてそれが起きたのか、店主の正体は何なのか。そういったことを気にする人は、ハコ先生以外誰もいない。人々のいい加減さと朗らかさが楽しくて、思わず笑って読んでしまう。

余談だが、本書は出版社・KADOKAWAから2024年6月26日に刊行された。同社は6月上旬に起きたサイバー攻撃により、2024年7月現在もいまだ復旧作業に追われている。その中で本書は発売日に、無事出版された。その事実に安堵するとともに、関係各所の尽力と今後も続く努力に、敬意と感謝を表したい。

さてその後、あんパン屋同士の争いはいよいよ過熱し、路地裏には大量のあんパンが捨てられていく。現場を目にした箱根崎は顔を曇らせるが、捨て去る人物たちは己の行いを「実に合理的だ」と鼻で笑う。憤慨した箱根崎が古物商の元へと走ると、意外にも店主はその想いを買い取った。「モノを粗末に扱わないための商い」を営む店主にとって、現状は受け入れがたいものだった。

現代の問題を取り入れた展開は、後日のオチも含めて風刺が効いている。ちなみに箱根崎から取られた脂肪は、あんパン屋の女性店員さんの胸へと収まった。怖くもあるが私の脂肪も、そうして引き取り活用してもらえないかと、つい夢想した。

(田中香織)

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