人口5万人の街に1万2000人が来場! 商工会議所発の音楽フェスが成功したワケ 街なか音楽祭「結いのおと」茨城県・結城市

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人口5万人の街に1万2000人が来場! 商工会議所発の音楽フェスが成功したワケ 街なか音楽祭「結いのおと」茨城県・結城市

2024年4月末、茨城県西部に位置する結城市は熱気にあふれていました。2014年にスタートし、11年目の開催となる街なか音楽祭「結いのおと」。音楽とワークショップやマルシェでにぎわうイベントです。地域の伝統芸能とのコラボレーションや住民との一体感が特徴のフェスは、どのように生まれたのでしょうか。主催する一般社団法人MUSUBITOの野口純一さんと、開催初期からボランティアとして運営に関わっている鈴木哲也さんにお話を伺いました。

人口5万人の街に1万2千人が集まる音楽フェス「結いのおと」

音楽フェス「結いのおと」ライブ風景

茨城県結城市は、伝統工芸品「結城紬」の産地としても知られ、江戸時代からの商家の街並みが残る城下町です。結城市で毎年開催している野外音楽フェス「結いのおと」は、コンサートホールや都市公園、寺社仏閣や酒蔵、結城紬の産地問屋など、街のあちこちがステージになっています。

これまでの出演者は、スチャダラパーや水曜日のカンパネラ、THA BLUE HERB、七尾旅人など幅広い層のアーティストです。神楽殿でアーティストがライブをしていたり、全国各地からやってきた飲食店や工芸ショップが古民家に出店していたり、城下町を活かした会場設計となっています。

縁旅MAP

近隣住民はもちろん、県外からの来場者も多く、2024年の動員数は2日間でのべ1万2千人を達成しました。

商工会議所が音楽フェスを主催する理由

音楽フェス「結いのおと」ライブ風景

「結いのおと」主催者の一人は、結城商工会議所の職員である野口純一さん。野口さんと、結城市出身の建築家である飯野勝智さんが2010年に立ち上げた「結いプロジェクト」がフェスの運営母体です。

商工会議所の職員が音楽フェスを運営するのは、全国的に見ても異例なことです。どのようにして街を巻き込んだイベントを開催するに至ったのでしょうか。

「結城市は多くの地方小都市同様、若年層の東京圏への流出が課題としてありました。この課題感と、『こういうイベントが結城にあるといいよね』と自分たちが思えるやりたいことのベクトルが一致したから、ここまで続けられたのだと思います」(野口さん)

結城市

2010年当初はイベント開催にあたり地域の住民に説明をするも、なかなか理解を得られなかったといいます。しかし、野口さんが商工会議所の職員だったこと、飯野さんの実家が7代続く左官屋だったことが安心感に繋がり「それなら話を聞こうかな」と聞いてもらえることもあったそうです。

「商工会議所の職員の立場が、自分の個性であり強みになっている感覚はあります。どんどん街に主体的な活動をする人が増えていくといいなと願いながら活動をしています」

会場設営や騒音対策などの苦労はあったものの、10年以上にわたる活動で、地域の認知度と協力体制が少しずつ培われ、開催を支えているのです。

2023年には、「結いのおと」の取り組みが評価され、日本商工会議所の「全国商工会議所きらり輝き観光振興大賞」を受賞しました。

シャッター街の再生のため、まず立ち上げたのはクリエイティブチーム

野口さんは、結城市の隣にある古河市の出身。それまで勤務していた都内の大手アパレル企業を退職後、結城商工会議所に入所しました。野口さんがUターンで戻ってきた2007年当時、商店街は後継ぎがおらず廃業する店舗もあり、シャッター通り化。さらには国道沿いのチェーン店に人が流れ、閑散としていたといいます。

「地域を巻き込み、結城の新しい魅力を育てていきたい。いろいろな人がチャレンジできる、主体的に活動できる人を増やしたい。そのためには活動だけでなく、しっかりしたクリエイティブをつくって、地域や外の方々にアピールすることが大事だと考えました」(野口さん)

そしてまちおこし事業の一環として、グラフィックデザイナー、筑波大学の芸術学部の大学院生など地域のクリエイティブな人材を集めた「結いプロジェクト」を2010年に立ち上げました。

結いプロジェクトの初企画として開催したのは、マルシェ「結い市」。会場と物販スペースには、江戸時代からの商店建築様式で店舗と住居を兼ねた建築物「見世蔵」を活用しました。

見世蔵活用の様子

「結城市は関東で3番目に見世蔵が多い街です。ただ、どの見世蔵も雰囲気があるのに、ほとんどは活用されていませんでした。跡継ぎがいなくなって店を閉めても、居住スペースにそのまま暮らしている方が多く、店舗部分を賃貸スペースとして明け渡すことが難しいからです。まずはイベントを通し、見世蔵を再利用したいと考えました」(野口さん)

「お店部分を貸してほしい」と、見世蔵のオーナーである住民ひとり一人に声をかけ、2年目以降は開催エリアを街のあちこちに拡大。

神社エリアや街中エリア、酒蔵エリア、問屋街エリアと、エリアごとにゾーニングし、結城紬の問屋やお寺の境内など、街の象徴的な建物を活かしました。そしてそのそれぞれでワークショップやスタンプラリーなどファミリー向けの催しや、トークイベント、神社の神楽殿でのライブも開催。来場者が自然と結城の街を歩き回るような仕掛けです。

見世蔵活用の様子

「出店者のみなさんにも事前に結城に来てもらいました。街歩きをすると、地域への理解が深まります。見世蔵の家主さんたちともコミュニケーションを重ねて、結城市以外の地域からでも、お互いに安心して出店できる体制を整えました」(野口さん)

メンバーによる丁寧なコミュニケーションと、市内外から多くの人が集まる様子を見た地元の人たちから「うちの物件も使って」と声をかけられることが少しずつ増えていったそうです。

そして「結い市」の成功をきっかけに、音楽フェス「結いのおと」が2014年に生まれました。

ボランティアが主体の音楽フェス運営

ボランティアのみなさん

近年、大型イベントでも、人件費の高騰や人員確保の課題が発生しています。そんな中で、「結いのおと」を支えているのは、なんとボランティアのスタッフ。自治体の関係者や地域住民、そして地方創生を学ぶ大学生や、もともとフェスに来場していた観客など、県外からも多くのボランティアが参加します。

「イベントが好きだから参加したいという人、運営の内側を見てみたい人など、関わる動機はいろいろです。初日にボランティアをして、2日目はお客さんとしてイベントを楽しむ人もいます。ルールをがちがちに決めるのではなく、ボランティアのみなさんにも主体性を大切にすることで良い関係のままイベントを実施できていますね」(野口さん)

写真左:鈴木さん、中央:野口さん

「結いのおと」を開催初期から支えるボランティアスタッフの鈴木哲也さんは、結城市の近くの茨城県桜川市出身。前職は音楽業界で、現在は京都でご自身の音楽レーベルを主宰している、音楽のプロ。もともと野口さんらと知り合いだったわけではなく、ポスターを見て参加を決意したといいます。

「結いプロジェクトの問い合わせフォームから応募して、ボランティアとして参加しました。地元を盛り上げたい気持ちがありましたし、なにより『結い市』のポスタービジュアルがあまりにかっこよくて。仲間になりたいって思ったんです」(鈴木さん)

鈴木さんのような音楽業界の知識が豊富なボランティアが参加してくれたことで、運営も一気に前に進んだそうです。

「立ち上げ初期からプロに入っていただけたのはありがたかったですね。プロジェクト立ち上げ当初から、クリエイティブには力を入れてきたことで、こういうご縁に繋がりました。時間と労力をかけるからには、自分たちのやりたいことをしていきたい。私たちのワクワク感が伝わったのだとしたら嬉しいですね」(野口さん)

「結い市」の出店者も「結いのおと」の出演者も、公募は一切していないといいます。実行委員が「結城に来てほしい」と惚れ込んだ出店者やアーティストへ招待状を送っています。

イベントを企画することで、まずは結城市に来てもらい、そこから繋がりをつくる。「続けて、繋げる」ことが、結いプロジェクトが大切にしている考えです。

結いプロジェクトの広がりから生まれた街の変化

「結いプロジェクト」の活動は、マルシェや音楽イベントにとどまりません。空き家を活用したシェアオフィス「yuinowa」、第一線で活躍する専門家による地方での仕事のつくり方を考えて学ぶ「むすぶしごとLAB.」など、次々と新たな事業や企画が生まれています。

さらに、「結城に来てもらっても泊まる場所がない」という課題感から、3年間の準備期間を経て23年11月には築90年の古民家を改修した宿泊施設「HOTEL(TEN)」をオープン。

「これまでは街と人を結ぶ場所をつくってきたので、次のフェーズとして結城に長く滞在できる場所をつくりました」(野口さん)

「結いプロジェクト」によって、結城市の日常に着実に変化が生まれているのです。

御料理屋kokyu.

2013年には、昭和初期に酒造蔵元の別荘として建てられた古民家を活用した「御料理屋kokyu.」が生まれました。なんとオーナーは前年の「結い市」の出店者。結い市や結いのおとをきっかけに、他の地域からの移住者がやってくる環境が育まれています。

当初は地元の方から「結城市が開催するフェスなら、地元の出店者だけで固めてみては?」という意見もあったといいます。しかし、今や外からやってきた方々が街の担い手になりつつあります。

「結城市に移住したり、ビジネスチャレンジを始めたりする方が増えて最終的には『毎日が結い市』のようになる風景を思い描いていたので、現実になりつつあって感慨深いです。今は私たち以外にもマルシェを企画する人たちも出てきてくれたので、結いプロジェクトとしての結い市は2019年で一度終了し、今はシェアオフィスや宿の運営や『結いのおと』に集中しています」(野口さん)

商工会議所が主体となり、自治体を巻き込んでいる「結いプロジェクト」ですが、実は動員数や移住者数などの具体的な目標設定はしていないそうです。

「最初は『移住者を〇人増やす』といった数値目標を求められたこともありました。しかし、役場の人たちにも実際にイベントに関わってもらうことで、さまざまな繋がりができて、ようやく一人移住してくれるかどうかなんだと実感してもらえていると思います。現在『結いのおと』自体はコロナ以降なかなか黒字にはなりませんが、この活動がきっかけでこの街で商売を始める方も増えました。長い目で見て、このプロジェクトが街の活性化に繋がると信じています。

無理に地域おこしをするのではなく、自分たちのやりたいことと地域の課題解決がうまく重なったときに、活動は続いていく。これまでの歴史を大切にしながら、新しいことにチャレンジしたいという人が増えていったら嬉しいですね」(野口さん)

音楽フェス「結いのおと」ライブ風景

全国でも多くなった地域活性化を目的にした音楽フェスですが、集客が伸び悩んだり、開催に伴う人件費高騰など費用的な課題を抱え、なくなっていくイベントも少なくありません。

とくに音楽フェスは自治体や地域住民の理解が必要なだけでなく、芸能事務所など各所との調整が不可欠です。主催者のみならず、イベントとこの土地に魅せられた有志がボランティアとして関わりながら作り上げる大規模イベント「結いのおと」、そして他の地域からの移住者や経営者の受け入れに成功した結城市の事例は、今後の地域再生のヒントとなるでしょう。

●取材協力
結いプロジェクト
結城商工会議所

<取材・編集:ピース株式会社 / 構成協力:かたおか由衣>

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