「保育園留学」体験レポート。子ども主役の移住は何が違う? 1週間で親も驚きの変化、積極性うまれ、地域や新しい友だちへの愛着なども 北海道・小樽市
移住体験というと、何かと大人の暮らしや仕事の面を考慮しがちです。一方、子ども起点で移住体験をしてみると、また違った視点が必要になることに気が付きます。
”子ども”を軸に移住体験ができる制度、”保育園留学”が北海道小樽市で23年7月から始まりました。観光都市としてのイメージが強い街に移住するってどうなの?実際の暮らしはスムーズにできるの?仕事はどうするのか?―東京都心に暮らす夫婦と幼児1人の3人家族が、悪戦苦闘しながらも1週間暮らしを営む様子をレポートします!
商業・観光都市からの脱却を図ろうとする、北海道・小樽市
北海道にある人口約10万人の町、小樽市。道内でも一二を争う商港を持つことからピーク時には人口20万人が暮らし、港湾都市・経済の拠点として栄えていました。その後鉄道の発展とともに、港湾都市としての役目は衰退し、次第に観光都市として発展していきます。その数、年間800万人ほど。しかし居住者は毎年約2,000人のペースで減少し、2024年現在は最盛期の半分ほどの約10万人になりました。
運河クルーズの最中に臨む小樽運河の景色。ちょうど日が暮れる瞬間です(写真撮影/永見 薫)
夏の小樽運河の景色。多くの観光客が訪れます(写真提供/小樽市 産業港湾部 観光振興室)
市全体の転出者が3,514人に対して、転入者3,240人。転出者の方が上回っています。悩ましい現実です。
観光客としての来街者が多いことは良いこと。しかし定住者が減少していくのでは街の維持がだんだんむずかしくなっていってしまう。このままではいられないーー今、小樽市は観光都市からの脱却を図ろうとしています。その施策の一つとして取り入れたのが保育園留学制度です。
保育園留学は、株式会社キッチハイクが提供する”子どもが主役”の移住体験プログラム。全国各地に移住体験先が40拠点ほどあり、2021年から展開しています。親はワーケーションや観光、あるいは暮らしを営む傍らで、子どもは現地の保育園に通います。ここ小樽市では、2023年7月から受け入れが始まりました。
小樽市のプログラムは、社会福祉法人北海道済生会が経営する発達支援事業所「きっずてらす」と、北海道済生会小樽病院に併設する保育園「なでしこキッズクラブ」を行き来できるというもの。
医療機関が保育園留学を舵取りしているの?と思うかもしれません。小樽市は、居住者の定住、満足度向上のためにウエルネスタウン構想、つまり医療福祉の充実した暮らしやすいコンパクトタウンとなるため動き出しているのです。
大人よりも子どもが暮らしやすい環境を知りたい
いつかは移住をしてみたいーーそんな気持ちを持っていた筆者は、移住体験をする際にどんな街がいいのか?と常々思い描いていました。しかし現実的な不安は数々あります。何せ便利でなんでもそろう東京都内。車も持たず、徒歩かバス、電車でこなせる毎日。仕事も夫婦ともにほぼリモートワーク。もちろんスーパーなどの買い物も徒歩圏内。保育園も歩いて通えるような、都会育ちの3人家族です。
その点、小樽市は魅力的でした。JR線が通っており、快速電車に乗れば、札幌から約30分の距離。電車は最大で1時間に6本運行しており、終電は24時まであるため、都心部とさほど事情は変わりません。住む人からすれば通勤にも便利ですし、移住体験者にとっては観光や買い物にも便利。しかも小樽市内には7カ所も駅があります。さらに観光都市ゆえバス便も種類があり、タクシーも比較的潤沢な配車量があります。なんとかやっていけるのでは?と思い、この街を選びました。
JR小樽築港駅で快速電車を待つ。右手には超大型ショッピングセンター「ウイングベイ小樽」の姿がチラリと見えます(写真撮影/永見 薫)
市内は、観光エリアと居住エリアがくっきりと区分けされています。今回私たちが滞在したのは観光エリアの中心地である堺町通り商店街にある一軒家の民泊。
小樽といえば観光地、堺町通り商店街。南小樽駅から小樽駅の間、約1kmほど商店街が延びています。チーズケーキで有名な「ルタオ」の本店や、ガラス製品で有名な「北一硝子」の店もこの商店街内にあります(画像引用/堺町商店街HP)
夜になると、堺町通り商店街はライトアップされます(写真撮影/永見 薫)
今回滞在した際に宿泊した民泊。一軒家です。ひと通りの家電や、大型石油ストーブも完備。食材の調達は必要ですが、料理器具や洗剤、さらに洗濯用の物干しもあるので、しっかりと生活ができます。地元ホテルが管理しているため、こまごまとしたアメニティまで豊富にそろっていてとても便利でした(画像提供/済生会広報部)
リビング。ここで仕事と食事、リラックスタイムを過ごしました(写真撮影/永見 薫)
寝室。窓の外に見えるのは、せり立つ雪壁です。エアコン1台では室温が暖まらず、自宅から持参をした湯たんぽを使ってようやく眠りにつけるほどの寒さでした(写真撮影/永見 薫)
大型の石油ストーブ。これ1台で部屋の中は汗をかくほどに暑くなります。よく北海道の人は室内で半袖で過ごすとは聞きますが、その気持ちがよくわかりました(写真撮影/永見 薫)
調理器具がしっかりそろっていたので、ほとんど自炊していました。1週間の予算を決め、なるべく自宅で過ごしている時に食べ慣れているメニューをつくることで、普段の生活を再現(写真撮影/永見 薫)
堺町商店街の入り口にある小樽オルゴール堂本館前。人だかりができていますが、観光客の9割くらいが外国人。滞在時はアジア系の人たちが多かったです(写真撮影/永見 薫)
滞在した民泊は、最寄り駅の「小樽」駅から徒歩15分程度の場所で、駅前には大型スーパー、民泊の周辺にはコンビニエンスストアもドラッグストアもあります。もちろん飲食店や喫茶店も充実。何より素晴らしいのは、タクシーの配車アプリが使えること。これには驚きました。
駅から徒歩5分ほどの位置にある古き良き商店街。商店は元気に営業していました(写真撮影/永見 薫)
買い出しはしっかり。小樽駅前にはスーパーの長崎屋が。他にもイオンやコープなど至る所にスーパーがあるため買い物には困りません(写真撮影/永見 薫)
一方でデメリットも。私たちが滞在したのは2月。積雪がピークの時期でした。すると、冬季営業期間のため、路線バスが減便されてしまうのです。もちろん車で移動ができればそこまで大きな問題ではないのでしょう。ですが、都会からの移住体験者だった私たちは雪道を安全に運転できる気がしなかったので、今回はレンタカーを借りることを断念しました。子どもが滞在した園のスタッフの方々には「慣れれば歩くのも、車の運転も余裕よ」と笑われたので、移住したら馴染んでいくものなのかもしれません。
滞在中はほとんど毎日降雪しており、歩道もこのように小さな除雪機で地域の人が毎日雪かきをします(写真撮影/永見 薫)
余談ですが、雪の時期は歩くこともままならず、親子でいつもの2倍くらいの時間をかけて歩く始末。親に至っては脚が筋肉痛になっていました。情けない……。一転して夏は気候的にもとても過ごしやすいので、まずはハードルが低い時期に移住体験をするのがよいのかもしれません。
アットホームな保育園。事前に顔合わせも入念に
肝心な保育園についてどうだったか、気になるところですよね。保育園留学先は、観光エリアである「小樽」駅周辺エリアではなく、居住・港湾エリアである「小樽築港」エリアにあります。小樽築港エリアは、もともとJRの操車場跡地を利用して、超大型ショッピングセンター「ウイングベイ小樽」とマンション群、医療福祉施設群の設けられた、再開発エリアなのです。施設や住宅は駅から直結。直結するスロープは全天候型、雪国らしい風雨や降雪にも負けないつくりです。保育園は、ウイングベイ小樽に隣接する「済生会小樽病院」の中にあります。
小樽築港駅前にある巨大分譲マンションエリア。ほぼ満室です。首都圏とさほど差異がない価格で取引されているよう。駅直結であることから、札幌に通勤する人にも人気だそうです(写真撮影/永見 薫)
地域の中核医療機関である、北海道済生会小樽病院。ここにグループホームや障がい者施設なども併設しています。今回滞在した保育園もこの施設の中にありました(写真撮影/永見 薫)
JR小樽築港駅の待合室。直結スロープを通じて分譲マンションエリアや、ショッピングセンターへ行くことができます(写真撮影/永見 薫)
プログラムに参加する前には、事前に園や事業所とオンライン面談があります。ここで不安なこと、わからないこと、子どもの性格や特性、できること、苦手なことなどを共有。園の先生からはクラスの人数やお友達の様子を伺い、先に知っておくことで心構えができました。
もちろんそれだけではありません。暮らしについても質問や相談をさせてもらいました。
例えば気温や積雪の状況、スーパーや商店などお買い物スポットのことや、バス路線配置やタクシーの有無などといったインフラ状況についてです。事前に細かなことを相談でき、オンライン上とはいえ顔を合わせられたことでとても安心しました。
今回はこの保育園のほか、発達支援事業所、いわゆる療育を受けることができる施設「きっずてらす」も利用しました。こちらはウイングベイ小樽のテナントの一つ(写真撮影/永見 薫)
親の想像を越えて、のびのび過ごす子ども
実際に子どもが保育園に馴染めるかどうか不安でしたが、まったく見知らぬ環境に行ったにもかかわらず、初日から我が子は知らぬ間に友達と手を取り合い「遊ぼう! 」と意気投合。あっという間に馴染んでいたようです。そのことを保育士から聞いて、私たちも驚きました。なぜならそこまで新しいことに対して積極的にアプローチする性格ではないからです。そこは園児の人数が全学年で40名程度と少なくアットホームだったことが功を奏したのかもしれません。
初めて出会ったお友達とも仲良く電車遊び(写真提供/発達支援事業所「きっずてらす」)
この日はフルーツバスケットをしたそうで、みんなで話し合いながらゲームを進めます(写真提供/発達支援事業所「きっずてらす」)
遊びの途中で休憩。お茶を飲みながらおしゃべりが止まりません(写真提供/発達支援事業所「きっずてらす」)
人数も少ないことはもちろん、都心部の最低限しか確保されていない面積と異なり、室内スペースにはゆとりがあります。思い思いに過ごすスペースがあることも、自分らしく過ごせる一つのポイントだよな、と送迎の際に外から眺めて私は感じてました。
保育園は異年齢混合保育のため、大きなお友だちから小さなお友達まで、満遍なく関われたのが良かったよう。我が子は小さい子を積極的にお世話していたようで、園の先生から聞いてびっくりしました(写真提供/済生会広報部)
小樽では待機児童もなく、概ね希望通りの園に入れるとのこと。また子どもがいると急な体調不良のときのことも心配ですが、総合病院も、障がい福祉施設も大きな拠点が備わっていること、今回の保育園留学もサポートしてくれていて安心。不安要素もなく、医療機関の充実度は、子どもも大人も暮らす上では見逃せないポイントだよな、と改めて今回思い知らされた気がします。
仕事に遊び、時々観光地も。その土地の流れに身を委ねる
滞在中、夫婦は基本的にリモートワークをして過ごしました。家の中にはWi-Fiが完備されているので室内で作業をするほか、近所の喫茶店やコワーキングスペースなどにも通って仕事ができます。朝起きて朝食を食べたら、まずは雪かき。雪かき後には送迎車が家の前まで迎えに来るため子どもは登園。そして私たちは簡単な家事を済ませたら仕事を始めます。
まずは玄関の雪かきからスタート。寝て起きるとゆうに数十センチ積もっていることも(写真撮影/永見 薫)
朝は送迎車がお迎えに来てくれるので、玄関でバイバイ! ぐずられるかな?と少し心配していましたが、初日からするっと離れて乗車。その後も毎日はりきって登園しており、親の私たちが拍子抜けしました(写真撮影/永見 薫)
この日は近所の喫茶店まで出勤。仕事とはいえ、気持ちを切り替えるためにたまには外に出るようにしていました(写真撮影/永見 薫)
時折休憩をはさんだり、観光地を散歩したりして、夕刻には親が子どもを迎えにいきます。そして夜18時を過ぎると街は静かにあかりを落とし、眠るのです。観光地とはいえ、商店はみな19時までには必ず閉まります。普段住んでいるエリアだと考えられないような過ごし方です。ああ、規則正しく生きるって気持ちいいな……何度そう感じたことでしょうか。
郷に入れば郷に従え。私たちも、この時は夫婦共に残業をせずに仕事を終え、夕食を楽しみ、ゆっくりと家の中でくつろぎました。観光だけでは味わえない心持ちです。
19時を過ぎると、商店街は一気にひと気がなくなります。雪も深くどこへ行くわけでもないので、家でのんびり過ごします(写真撮影/永見 薫)
私たちはリモートワーカーですが、人によっては転職などをする必要があり、仕事をどう確保するのかが悩ましいのではないかと思います。
そこは小樽市としても力を入れており、2023年にはおたる移住・起業「ひと旗」サポートセンターがオープン。移住希望者の就職先の紹介だけではなく、起業のサポート、住居探しなど、ワンストップでさまざまな相談に乗ってくれます。また昨今移住支援を促進する地域にある移住支援金や、住居の購入支援金が小樽市にもあります。
市外から転入し、すでに小樽市内に2年以上居住する世帯と三世代同居や三世代市内近居を始める方を対象に、中古住宅(マンション含む)の購入や増改築等に要する経費を最大30万円まで補助してくれます。もちろん移住支援金もありがたい制度。単身移住の場合が60万円、世帯移住の場合は100万円まで支援金が出ます。本当に移住しよう!と検討し始める際には、こういったサポート面もしっかりチェックしておくべきだと感じました。
保育園を半日早退して、この日は小樽市総合博物館へ(写真撮影/永見 薫)
博物館内には、SLや古い列車がたくさん展示されており、電車好きな子どもにはたまらないスポット(写真撮影/永見 薫)
移住で生じる大なり小なり暮らしの変化に対して大人は受け入れ、あるいは回避することができます。しかし子どもには移住を「不快」だと感じても大人ほど回避する逃げ道や方策がありません。失敗したと思ったら戻ればいいとは言いますが、とはいえ移住するのも辞めるのもどちらにしてもエネルギーは必要です。
そういう意味でも、一度”子どもを主役”にして、子どもに”この街いいな”を体験してもらうことは良いことなのではと感じました。
たった1週間とはいえ、観光で訪れることと、暮らしをするために訪れることはまるで見える景色が異なります。今回の滞在で、子どもの心には小樽の街のことが深く刻まれたようです。東京に帰ってからも、何度も小樽での思い出や、先生やお友達のことを口にします。思い出しては胸を高ぶらせ「次のお休みも行くんだ」と地図を開いて夢を描いています。こういう気持ちを抱いてくれたらきっと本当に移住する際にはうまくいくのかも。とぼんやり親の私たちもまだ見ぬ未来を想像しています。
何より頭で考えることと実際に体感することは全く違います。まずは1週間でも、2週間でも体験すること。移住に挑戦するのもしないのも、軽く体験してからの方がより色濃くイメージができるのではないでしょうか。家族みんなで移住をする未来をぼんやり描いている人は、まずは一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
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