柔らかく率直なインタビュー集〜金井真紀『テヘランのすてきな女』
『パリのすてきなおじさん』という本がある。イラストレーターで文筆家の金井真紀さんが、パリに住む男性たちにインタビューし、その生き方を書いた本だ。親しみの湧くイラストと文章がなんとも良い感じの本だ。ぜひシリーズ化して他の地域バージョンも出していただきたいとずっと思っていた。パリの次はヴェネツィアとか? 台湾やタイも人気があるし面白いかもねえ、などと勝手に候補地をピックアップしていたのだが……。
テヘラン! それは予想外だった。興味はあるけれど、いろんな意味で遠い場所だ。そこで生きる普通の女性たちがどんな暮らしぶりなのか、どんなことを考えているのか、映像を見たり本を読んだことはもちろんあるけれど、あまりイメージが湧かない。読み始めると想定外の驚きが次々に襲ってきた。きゅうりは果物? 6割以上の女性が豊胸手術? 男子より女子の方が大学進学率が高い? いろんなことにびっくりしつつ、自由が制限された国で生きる女性たちと、会話をしているような気持ちで読んだ。
まずは、避けて通れないのがスカーフ問題である。1979年のイスラム革命以来、イランでは、女性たちにスカーフの着用が義務付けられている。外国人であっても異教徒であっても例外とはされない。通訳のザフラーさんは、「金井さんは外国人だから、しなくても大丈夫ですよ」と言う。彼女自身、スカーフはベリーショートの髪の襟足あたりにかかっているだけだ。2022年に「反スカーフデモ」が起こり多数の死者が出て以来、髪を隠していないという理由で連行されるようなことはなくなったという。しかし、街角に立つ風紀警察から口頭注意はされるし、車に乗っている時にスカーフをしていないと、スマホに「今後は注意してください」というメッセージが届くのだそうだ。職務質問とかもされたことのない私から見ると、充分こわいんですけど……。
街を歩けば、チャドル(黒いマント)で全身を覆っている若者もいる。フード付きのジャケットを着ていて、警察が来たらそれを被るという年輩の女性もいる。スカーフをしている人が多い地域もあれば、髪の毛を隠していない人が多く集う自由な感じのカフェもある。スカーフをしている人としていない人の間には明確な溝があるように考えてしまうけれど、必ずしもそういうわけではないようだ。公務員や教師になって出世したいからと言う理由で、身につけている人も多いのだという。いろいろ考えて、著者は滞在中スカーフを着用することに決める。
一般家庭ではチャドルの着用方法を教えてもらい、ハンマーム(入浴施設)では女性たちの豊かな胸に驚き、女子相撲の練習場では選手たちに四股(!)を教え、週末のピクニックでは一緒に料理をし、ホームパーティーではみんなで踊り、男性通訳とは車の中であの90年代ヒットソングを熱唱し……。人々の心に柔らかく率直に、楽しみつつ気遣いもしながら迫っていく著者が頼もしい。ぜひこの感じで世界中を回っていただきたいと思う。
登場するテヘランの女性たちは、年齢も経歴もバラバラだ。専門職の人、経営者、スポーツ選手、性的マイノリティ、アフガニスタンからの移民……。自由を求めてたたかっている人もいれば、国の未来に希望が持てず海外で暮らすことを希望している人もいる。悲しいことがあると買い物をする人もいれば、どんなことがあっても神様がいれば大丈夫という人もいる。どの人も、自分の考えをバシッと持っていてパワフルだ。だけど、その芯の強さや元気の裏側には、自由を制限されているという現実がある。
自由に生きられない、自分らしくいることが許されないという状況を、苦しく感じない人はいないだろう。そういう状況にある人は、テヘラン以外の場所にもいることも、私は知っている。「どうかそれぞれがその人らしくいられますように」という著者の祈りのような言葉を、何度も思い返している。そしてそのたびに、本に登場した女性たちのイラストや、報道で見たことのあるいろんな国の人たちのこと、そして私にとって身近な人たちや懐かしい人たちの顔が次々に浮かんできて、心の中に小さな火が灯ったような気持ちになる。
(高頭佐和子)
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