特殊設定のロジックと交錯する感情〜芦沢央『魂婚心中』
ミステリの領域で大活躍している芦沢央の、SFとしてははじめての短篇集。六篇を収録している。
表題作「魂婚心中」では、廃れた風習であったはずの死後結婚が、マッチングアプリKonKonの登場によって新しい社会文化として甦る。本来は自分の希望に合致する相手をさがすためのアプリだったが、ひとつの宣伝媒体と割りきって利用する芸能人も多い。ファンの側からみれば、推しと同じ時期に自分が死ねば、死後結婚ができるかもしれないのだ。もちろん、それは一縷の望みにすぎない。
語り手の私(女性)は、アイドルの神宮寺浅葱の追っかけだったが、ふとしたきっかけで浅葱ちゃんがアイドルの浅葱ちゃんとしてではなく、非公開の個人アカウントでKonKonに登録していることを知る。そのアカウントは、死後結婚の対象を女性限定でフィルターをかけていた。私にとって浅葱ちゃんはかけがえのない生き甲斐だが、そのいっぽうで浅葱ちゃんが死ぬ状況をあれこれと考えずにはいられない。
浅葱ちゃんが死んで、私も死ぬ……。ふくれあがっていく死の夢想が、私の最大の理解者だった兄の死をきっかけとして、思わぬ方向へと動きだす。
(1)現代版の死後結婚という特殊なシチュエーション
(2)それを支えるシステムKonKonから発展するロジック
(3)誘起される主人公の欲動や葛藤
これらが有機的に絡まって、異常で哀切な物語が構成される。(1)のシチュエーションはSFたる特質であり、(2)のロジックはミステリ的な読みどころ、そして(3)の欲動・葛藤は小説の核心をなすテーマだ。
この短篇集に収録されている諸篇は、内容的にはまったく独立していて世界観もさまざまだが、(1)(2)(3)が一体となった力学はいずれの作品でもみごとに成りたっている。
「ゲーマーのGlitch」は、電気信号によってプレイヤーの感情を刺激する禁断のゲームが題材。世界一の座を争うライバルが対戦するさまを、実況形式で描く。ゲームに関するジャーゴンが容赦なく繰りだされる疾走感に満ちた物語の背後、ライバルそれぞれがこの大会に出場する動機が隠されていた。
「二十五万分の一」は、嘘をついた者がその瞬間に消えてしまう世界の物語。最初からいなかったように跡形もなく消えるので、「嘘をついたら消える」というルールさえ、知られていない。唯一そのルールを知っているのは、この世界の調整役を担う一族だけだ。論理パズル的な設定のもとで、一族のひとりである語り手と、語り手とは対照的な天然系の先輩との関係が描かれる。
「閻魔帳SEO」では、いきなり閻魔帳が可視化されるようになって社会が激変する。死後の行き先は、ひとつの天国と七つの地獄のいずれかであり、どこになるかは閻魔帳の評定しだいだ。閻魔帳のアルゴリズムを分析して、少しでも評定を良くする裏技も編みだされるが、閻魔帳の側でも随時アルゴリズムの更新をおこなっており、いたちごっこがつづいている。振りきったユーモアSF。
「この世界には間違いが七つある」は、「見られている間は決して身動きしてはならない」という制限が課せられた空間で起こった殺人事件をめぐる、特殊設定ミステリ。特殊設定から必然的に導かれる登場人物たちの心理がカギとなる。フレドリック・ブラウンの系譜につらなるトリッキイなSFでもあり、読者の意表を突く叙述トリックでもある。
「九月某日の誓い」は、伴名練『なめらかな世界と、その敵』にインスパイアされて執筆され、雑誌初出後に伴名練編のアンソロジー『新しい世界を生きるための14のSF』に再録された作品。大正時代の実業家邸を舞台に、自由に育ったお嬢さまと奉公人である私—-ともに十代の娘である—-との抜きさしならない絆を描く。もともと仲の良かったふたりを、さらに強く結びつけたのは連続しておこった奇妙な事件だった。どうやらそこになんらかの超能力が作用しているようだが、実態は判然としない。お嬢さまと私は謎を共有しながら、互いに伝えられない部分もある。伝えられないのは相手を慮ってのことでもあり、事態の悪化(外部への発覚、もしくはふたりの関係の崩壊)を畏れるからでもある。真相をめぐるサスペンスと、複雑な感情が幾重にも交叉する作品。
(牧眞司)
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