なぜ働くのか、どう働きたいのかを考える〜佐原ひかり『鳥と港』
「会社、燃えてないかな」
そんなことを思うほど、主人公のみなとは追い詰められている。彼女が大学院卒業後に就職したのは、昭和生まれの私からみても古い体質の会社だ。歓迎会では宴会芸を強要される。頻繁にある懇親会では、上司の脱いだ靴を揃えろだとか、暖簾を上げろだと?そんなの自分でやれよ、と本の外からビシッと言ってやりたい感じだが、新入社員のみなとは従うしかない。配属された部署では、課長の嫌味と高学歴いじりに苛まれながら、誰も読んでないとしか思えない社員の意識向上のための資料を作り続けている。感性豊かで真面目なみなとには、完全にミスマッチな職場だ。
ずっとここで働くなんて、ありえない。その気持ちはよーくわかる。さっさと辞めて、自分に合う仕事を探したら良いんじゃない? タフな派遣社員の下野さんは何かと助けてくれるし、経営も安定しているようだし、次の仕事が決まるまでは、クソ課長の時代錯誤発言をネタにしつつ、割り切ってお給料をもらっとくのもいいかもね……なんてことを、人生の半分以上の年月を会社員として過ごしてすっかり図太くなった私は思ってしまうのだが、みなとは就職してから9ヶ月後に職場のトイレから出られなくなり、そのまま逃げるように会社を辞めてしまう。
次の仕事を探さなければと思うけれど、また同じような会社だったらと思うと動き出せない。やりたいことなんて思いつかないし、普通に働けない自分は社会不適合者なのだと思ってしまう。そんなある日、公園の草むらの中で「POST」と書かれた箱を発見する。中には「あすか」という人物から、発見者に向けての手紙が入っている。会ったことのない人物との、奇妙で楽しい文通が始まった。しばらく経って、ようやく目の前に現れた「あすか」は、不登校の男子高校生・飛鳥くんだった。「おもしろくなくっちゃ、死んじゃうよ」彼はそう言って、「文通屋」を始めようと言う。そんなのうまくいきっこない…と思ったものの、飛鳥くんの瞳の奥から生まれる強い光が忘れられず、一緒にクラウドファンディングに挑戦することを決める。
ちょっと待った〜っ! 自分を追い詰めないでほしいし、いろいろチャレンジするのはいいと思う。だからって高校生とクラファンで文通屋? いくら小説とはいえ、考えが甘くないか? 傷ついた若者たちが文通ビジネスで癒し合う小説? 今はそういうゆるふわな気分じゃないんだよね…と意地悪目線になりつつも、どんどん読み進めてしまった。佐原ひかり氏は、主人公に安易な救いを与えない作家だと知っていたからだ。
文通屋「鳥と港」は、大手企業で働くみなとの幼なじみ・柊ちゃんのアドバイスを受けて始動し、飛鳥くんの超強力な人脈(?)のおかげで注目を集める。だが、うまく行くことばかりではない。小さな違和感や失敗、慣れない雑務、仕事とプライベートの境目、責任、未来への不安、大切な人たちとの心のすれ違い……。手紙を書くことが好きで始めた仕事なのに、二人の気持ちは思わぬ方に向かっていく。
好きなことを仕事にすることの難しさに悩みながら、みなとは周囲の人たちの働き方や、悩んでいる自分を見守ってくれていた人たちの生き方や考え方にも目を向けて行く。なぜ働くのか、どう働きたいのか、それは人によって違う。会社でうまくいかないからって、働くことができないわけではない。好きな仕事を続けることにも、辛さや苦労はある。うまくやっているように見える人にも、悩みや迷いはある。わかってるはずなのに、どうしてか人は片方の側からしか物事が見えなくなってしまう。
「大事なことはいつも二択の間にこそある」という言葉が心に残った。私にとって、そして目の前にいる誰かにとって、「二択の間」ってなんだろう? そういうことを考えて動くのも、働くっていうことなのかなあと思う。
(高頭佐和子)
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