読書・翻訳・原稿・詩作・古書……五つの物語〜高野史緒『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』

読書・翻訳・原稿・詩作・古書……五つの物語〜高野史緒『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』

 高野史緒は、第六回日本ファンタジーノベル大賞に投じた歴史幻想小説『ムジカ・マキーナ』によって1995年デビュー、2012年にドストエフスキー作品に斬新な解釈を加えたミステリ『カラマーゾフの妹』で第五十八回江戸川乱歩賞を受賞、2023年に発表した時間線が交叉する青春SF『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』によって第五十五回星雲賞長編部門および『SFが読みたい! 2024年版』における国内第一位を獲得した。いくつものジャンルにまたがって、野心的な挑戦をつづけてきた実力派である。

 本書は、本を愛することや作品を書くことを主題に、さまざまなアプローチの五篇を収録した最新短篇集だ。各篇は独立した物語で、内容に合わせて文章表現も異なるが、本全体としては巻頭に作者独白「ダブルクリップ」、巻末にそれと対となる「ダブルクリップ再び」を配する、洒落た枠物語の形式だ。ダブルクリップは原稿や校正紙の仮留めに用いる、文筆家にとって身近な文房具だが、メタフィクション的な含意も感じられる。

 第一篇「ハンノキのある島で」は、風変わりなディストピア小説だ。ほとんどの作品に寿命が定められ、それを超えたものは厳格に廃棄される「読書法」が各国で成立する。完全な抹消であり、テキストデータすら残してはならないのだ。異常な方策だが、意外なことに「読むべき本」の洪水にうんざりしていた読者からも、先行作品に悩まされる職業作家からも、ビジネスとして本を売らなければならない出版社からも、これを支持する者が少なくなかった。そうした経緯を、現実の出版界を取り巻く状況を踏まえ、そしてSNSなどで出まわっている無責任な主張への皮肉も交えながら、まことしやかに説明してみせるあたりが、高野史緒のタフなところだ。

 もちろん、「読書法」に服従しない者もいる。ある書評家は作品をスキャンしてひそかに保存しよう試みたあげく、官憲にマークされて姿をくらました。書籍の電子データを他のデータ上に拡散させる方法の開発にかかわった男は、執行猶予なしの実刑判決を受けた。学業そっちのけで反対運動に奔走した高校生は、自ら命を絶つまでに追いこまれた。

 物語の主人公は、それなりに読者を得ている小説家の久子。彼女の視点で、このディストピアの実状と、自作を未来へと伝えようとする息を潜めるようなあがきが綴られる。淡々とした叙述で、いっけん平穏に見える日常の描写がつづき、それがかえって絶望の深さを際立たす。レイ・ブラッドベリ『華氏451度』の、現代的な変奏ともいえる味わいの一篇。

「バベルより遠く離れて」は、言語を題材とした奇譚だ。主人公の水島泰(あきら)は、南チナ語というマイナーな言語の日本における唯一の翻訳者である。その彼が偶然に知りあいになったトゥーッカというフィンランド出身の老人が、自分は日本語の言霊で呪いを書きこまれてしまったので、それを解くために日本語を勉強しているのだと言う。その呪いとはいかなるものか? 泰とトゥーッカとの温かな交流を通じ、言語を身につけることの意味を問うていく。哲学的な匂いのするジェントルな一篇。

「木曜日のルリユール」は、辛口で知られる中堅の文芸評論家、森佑樹が、本屋で『木曜日のルリユール』という新刊を見つける。それは、他人は知らないはずの彼の若書き(学生時代に現実逃避的に書いた小説)だった。誰にも見せず、原稿は抹消したはずのに……。物語のはじまりはサスペンスだが、その後の展開は不条理小説のようでもある。あるいは、分身テーマの幻想小説としても読める。

「詩人になれますように」は、ものを書くことの執着を扱った作品。女子高生詩人としてデビューし、ポップカルチャーの寵児として脚光を浴びた大久保詠美(えいみ)は、二冊詩集を出したのち、凋落の人生を歩んできた。彼女はふとしたきっかけで、子どものころに祖母からもらった勾玉のことを思いだす。そのとき祖母は言った。「これはね、あんたの望みをふったつ、叶えてくれるよ」。二つではなく、ふったつと祖母は繰り返した。いまの詠美の望みは何だろう……。この短篇集のなかでもっともファンタスティックな要素を抑えた作品。だが、クライマックスの主観描写は凄まじく幻想的だ。執拗にして凄惨な、そこまでやるかと思うほどの記述がつづく。

 最後の一篇「本の泉 泉の本」は、ボルヘス的奇想を絶妙なユーモアに仕上げた佳作。四郎と敬彦というふたりの古本愛好家が古書店で棚を漁っている場面からはじまって、しだいに建物の迷宮性が明かされていく。さまざまな種類の古書をめぐる架空の蘊蓄が、じつにもっともらしくて楽しい。本好きの凸凹コンビによるバディ小説でもある。怒濤のごときスラップスティックなクライマックスが、あっけないほど爽やかな結末へとつながる、物語の緩急がみごとだ。

 陰鬱な作品もあれば愉快な作品もある、バラエティに富んだ短篇集だが、どの作品も最後には一条の光が差しこむような場面で幕を閉じる。それは希望というよりも覚悟だ。

(牧眞司)

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