気候変動と新自由主義がもたらす荒廃〜ジョナサン・ストラーン編『シリコンバレーのドローン海賊 人新世SF傑作選』

気候変動と新自由主義がもたらす荒廃〜ジョナサン・ストラーン編『シリコンバレーのドローン海賊 人新世SF傑作選』

 原書は2022年刊。パリパリの新作からなるオリジナル・アンソロジーだ。収録されているのは十作品。

 副題にある「人新世」とは耳慣れない言葉だが、「人間の活動が地球環境に影響を及ぼし、それが明確な地質年代を構成していると考えられる時代」だという。編者ストラーンが序文で強調しているのは気候変動だ。もっとも、巻末収録のインタビュー「資本主義よりも科学──キム・スタンリー・ロビンスンは希望が必須と考えている」(聞き手ジェイムズ・ブラッドレー)で指摘されているように、まず、いまの世界に蔓延っている新自由主義的資本主義という”ひどい欠点”を克服しないかぎり、環境破壊にブレーキはかけられない。収録作品もそれを意識したものが多い。

 メグ・エリソン「シリコンバレーのドローン海賊」では、経済格差が甚だしい近未来のアメリカで、巨大通販物流システムへのハッキングがおこなわれる。当初は不良少年たちの悪戯にすぎないが、それが社会の底辺に押しやられた層の反抗に結びついていく。資本主義に対する一種の革命である。

 サード・Z・フセイン「渡し守」も、経済格差が拡大したディストピアを扱う。高度医療による臓器移植でほとんど不死に到達したひとにぎりの富裕層、けっして本物の富を得られぬまま澱んだ日常をすごしている中間層、職業選択・収入・教育機会すべてにおいて制限されている下級層。中間層は富裕層に巧妙に搾取されているのだがそれは可視化されず、もっぱら下級層への差別意識を募らせている。物語は、下級層に生まれた死体回収人ヴァルガの視点で、この社会の欺瞞への批判と、仮想現実の新技術を駆使した自由の獲得を描く。この作品では、革命は静かにゆっくりと進行する。

 サラ・ゲイリー「潮のさすとき」の主人公は、大企業が経営する海底農場で、危険な低賃金労働に就いている。こちらは、未来におけるプロレタリア文学といって良かろう。

 テイド・トンプソン「エグザイル・パークのどん底暮らし」では、ナイジェリア沖合に浮遊するプラスチック塵芥の島に、世界各地から社会に適合できない者が集まって、奇妙なユートピアを形成している。島の社会秩序がどのようになりたっているかという謎(そこに大掛かりなSFのアイデアが潜んでいる)と、ユートピアを破壊しようとする旧体制の策動とが、物語を動かしていく。

 巨大な体制によって周辺へと押しやられた個人という構図は、陳楸帆(チエン・チウフアン)「菌の歌」でも同様だ。この作品の場合、体制を代表するのが、気候変動に対応するために構築されたシステムというところにひとひねりがある。国民を超皮質ネットワークでつなぎ、AIを使って資源配分、エネルギー消費、汚染物質の排出、人口流動、植林計画などを地域間で動的に調整し、気候変動に対する損失リスクをできるだけ分散させるのだ。すでにネットワークは国土のほとんどにおよんでいるが、奥深い山岳地に未接続の村があった。そこに赴いたエンジニアは、村の奇妙な習俗と、人智を越えた自然にふれることになる。SFらしいアイデアのインパクトでは、本書のなかで一番だ。

 グレッグ・イーガン「クライシス・アクターズ」では、陰謀論が俎上にあがる。気候変動はでっちあげだと考える組織の一員カールは、秘密指令を受けて災害ボランティア団体へ潜入する。陰謀論者だからといってかならずしも狂信的・非合理的ではないのがポイントで、カールはボランティアとしてじゅうぶんな仕事を果たす。イーガンとしては珍しいテイストの、アイロニカルにして余情のある一篇。

 気候変動問題へのアプローチや新自由主義批判より、もっぱらストーリー・テリングで読ませる作品も収められている。

 ダリル・グレゴリイ「未来のある日、西部で」は、大規模な山火事が迫る近未来のカリフォルニアで、女性医師、カウボーイ、投機師、この三人の行動が交互に語られる。独立していたそれぞれの物語が思わぬかたちで結びつく結末が鮮やかだ。

 ジャスティナ・ロブソン「お月さまをきみに」では、パンデミックで衰退したのちの世界で、人類は新しい生活を築きつつある。難破船の処理という現在の仕事に満足しているダリウス、その息子で再現されたヴァイキング船に乗りたいと望むジャック、ダリウスの仕事仲間で月への旅行のためコツコツと貯金しているエスター。三人の互いに対する善意が、すれ違っては、またつながる。O・ヘンリーを思わせるハートウォーミングな物語。

 マルカ・オールダー「〈軍団(レギオン)〉」のように、現状への糾弾を強く押しだした作品もある。この作品が扱うのは他の収録作とは異なり、弱者の安全をどう担保するかというデリケートで生々しい問題だ。〈軍団(レギオン)〉と名づけられたネットワークシステムを構築し、ノーベル平和賞を受賞したチームがあり、その代表者がインタビューを受ける。司会者が社会的強者そのものの男性であり、彼の思惑と代表者である女性との噛みあわないやりとりによってストーリーが進む。肝腎の〈軍団(レギオン)〉の内容について当初はっきりと示されず、だんだんと明かされていく構成だ。小説としていささかあざといが、それだけに作者の主張がストレートに伝わってくる。

 それと対照的なのが、ジェイムズ・ブラッドレー「嵐のあと」だ。ストーリー性によらず、またテーマを前面に出さず、丁寧な情景描写と人間関係の微妙な動きを積み重ねて、古典文学のような厚みを実現している。海面上昇によって沿岸部が水没しつつあるオーストリアが舞台。主人公の少女チャーリーは複雑な家庭の事情、友人たちとの難しい関係を抱えながら、なかば諦め、なかば怒りの感情に翻弄されていく。緩慢な破滅小説にして、グルーミーな青春小説だ。気候変動がもたらす環境が、内宇宙的に扱われている点で出色の一篇だ。

(牧眞司)

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