中干しと直播で水田からのメタン排出削減を目指すシンガポールのアグリテックRize
農地が国土の1%しかない都市国家シンガポールにも、農業分野のスタートアップが存在する。といってもシンガポール本国で農業をするわけではなく、周辺諸国の農家をサポートする企業だ。
Rizeは、データ駆動型の実践により持続可能な稲作を実現するプラットフォームを開発するスタートアップ。同社のテクノロジースタックには、測定(Measuring)、報告(Reporting)、検証(Verification)を行うMRV技術が含まれる。
同社のテクノロジースタックは、持続可能な農業に不可欠な農業データを収集し、稲作農家の気候変動耐性および作物収量を向上させるほか、コスト削減や資金へのアクセス効率化まで促進するというもの。
何より、CEOであるDhruv Sawhney氏が語るように、Rizeは温室効果ガスであるメタン排出問題に取り組んでいる。やや意外だが、水田が排出するメタンガスは世界全体のメタン排出量の10%を占めている。同社が目指すメタンを極力排出しない稲作とは、つまり「水の使用量を削減する水稲農業」だ。一見矛盾した言い回しだが、Rizeはこの方法をアジア各国に普及させようとしている。
生育途中で水を抜く「中干し」
稲作には、大きく分けて水稲農業と陸稲農業の2種類がある。稲作と聞いてイメージするのは、多くの場合前者ではないだろうか。水稲農業においては、水田は常に水から栄養を補給できるため、連作障害が発生しない。長年にわたって同じ土地で穀物を収穫できるのだ。
しかし、その水稲農業が大量のメタンを排出しているという。科学技術振興機構が運営するメディアScience Portalの記事を参考にその理由を見ていきたい。
水田には当然、水が張られている。田植えして間もない時期は土の中に酸素が含まれているため、それがメタン生成菌の活動を抑制してくれる。しかし、時が進むとイネが酸素を吸い上げてしまうのだ。
「それなら空気中から酸素を補給すればいいのでは?」と考えてしまうが、田に水を張っている限りそれは不可能。酸素を土に取り込むためには、一度水を抜かなければならない。英語では「Alternate Wetting and Drying」と呼ばれる農法だが、これは日本語にすると「中干し」である。
すなわち、Rizeは中干し農法を普及させようとしているスタートアップなのだ。
田に直接種を蒔く「直播」も実施
もうひとつ、Rizeが取り組んでいる農法がある。英語では「Direct Seeded Rice」と呼ばれるもので、日本語では「直播(ちょくは・ちょくはん)米」となる。
稲作と言えば田植えの光景を想像する人が多いだろうが、田植えとは苗床で育てたイネの苗を田に移植する方法だ。直播は、水を張っていない乾いた田に直接種を蒔き、それをある程度育ててから水を張るという流れになる。
中干しと直播には、「できるだけ水を使わない」という共通点がある。要するに、アジアの一部地域で伝統的に行われている農法をアジア全体に普及させようというのがRizeのミッションなのだ。
降水量の少ない地域の希望になるか
Rizeの主張によると、中干しを実施するだけでも農業用水の使用を3割削減でき、さらにワンシーズンごとに1ヘクタールあたり1.4トンのメタンの排出を削減するという。同社はすでに、ベトナムやインドネシアでメタン削減農法普及に取り組んでいる。
農業用水を削減できる点にも注目が必要だ。ひとくちに東南アジア諸国と言っても、地域によって降水量が大きく異なる。たとえば、インドネシアのジャワ島西部はケッペン気候区分の熱帯雨林気候だが、東部は熱帯サバナ気候。バリ島、ロンボク島…と東へ行くほど降水量が少なくなる。ダム建設も行われない地域では、農業用水の確保も容易ではない。
中干しと直播を用いた農法は、そうした地域に光を与えるかもしれない。
Rizeは2024年5月にシリーズAラウンドで総額1,400万ドルの資金調達に成功したばかり。来年2025年にはベトナムとインドネシア以外の国でのプロジェクトも開始するとしている。CEOのSawhney氏はこの資金調達の際、南・東南アジアの小規模農家に正確な情報が届いていないこと、農業コストの増加、気候変動問題についても言及。自社の技術で農家の経済的な安定を目指すという。
温室効果ガスの削減、食料増産、小規模農家支援を同時に実現しようという同社の取り組みは、アジアの稲作の在り方に一石を投じるものでもある。
(文・澤田 真一)
ウェブサイト: https://techable.jp/
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