55名でつくるシェア型本屋「城南書店街」で日常から一歩踏み出す体験を。建築家に便利屋、うどん屋、郵便局員など職業も多彩 香川県丸亀市
自分の暮らしている地域で何か面白いことをしたい。でも何から始めてよいかわからないという人も多いだろう。それが「小さな本棚」の店主になることで、ほかの店主と知り合い、みんなで何か新しいことを始められると聞いたらどうだろう。
丸亀にはオープンなコミュニティスペースが少ないと感じた藤田一輝さんは、2023年シェア型本屋「城南書店街」を始めた。
藤田さんはもともと自宅の裏庭で「地域に出会う商店 ふじたしょうてん」という、小さなアンテナショップを営んでいた方。どんな思いからシェア型本屋をオープンしたのだろう?現地を訪れて聞いた。
丸亀市内にある城南書店街(撮影/Fizm加藤真由)
短パンTシャツの藤田さんと秘密基地のような店へ
まずは「ふじたしょうてん」へ向かう。
細い路地に入り、住宅街の中を進む。こんなところに店があるのか…と不安になりかけた頃、道脇に小さな看板を発見した。
藤田さんの実家の前に出ていた小さな看板。謎めいた「FUJITA」のロゴが暗号のようだ。この裏庭に「ふじたしょうてん」がある(撮影/Fizm加藤真由)
藤田一輝さん。ふじたしょうてんの店主であり、「城南書店街」の発起人でもある。学生時代にはリヤカーの荷台に小屋を立てて各地をめぐりコーヒーを淹れるなど面白い活動をしてきた方(撮影/Fizm加藤真由)
迎えに出てくれた藤田さんは、丸刈りに黒縁メガネに黒のTシャツに短パンという格好がよく似合う、ニコニコして人当たりが良さそうな方だった。
「こちらです」と案内され、藤田さんちの駐車場を通り抜けた先の裏庭に「ふじたしょうてん」はあった。子どものころに憧れた秘密基地のような雰囲気が漂っている。
ふじたしょうてんの外観。ほんとに物置!(撮影/Fizm加藤真由)
もとは物置だったという3坪の建物を改装し、コーヒーの飲める小さなアンテナショップとしてオープン。中に入ると壁沿いの棚には藤田さんが企画を手がけたプロダクトが並んでいて、向かいにはドリッパーなどのコーヒーグッズ。右手奥にカウンターがあり、そこで藤田さんがコーヒーを淹れてくれる。
藤田さんがカウンターに座ると、そこはまさに「藤田さんのための場所」だった。
コーヒーを淹れるシーンを演出するためにつくられたというカウンター。藤田さんが座るとしっくりハマっている(撮影/Fizm加藤真由)
「地域に出会う商店 ふじたしょうてん」
店に並ぶ品は、藤田さん自身が企画して、香川県内のつくり手とともに商品化したものがほとんどだ。
「地域に出会う商店」と店名に付したのも、自身が「香川で出会った面白い方々を紹介したい」との思いからだった。
(撮影/Fizm加藤真由)
たとえば、香川の風景としてお馴染みの「おむすび山」の形をしたカスタネット、郷土料理である「しょうゆ豆」の形をした木製の「歯がため」、藤田さん自身が使いやすいように開発したコーヒーのメジャースプーン、香川の手島にある「てしま島苑」と共同開発したカップなど。近隣で縁があって出会った人たちの「ものづくりの力」を伝えたいと、藤田さん自身が企画したり、メーカーから仕入れてこの店に置いて紹介しているものばかりだ。
中には、ここでしか買えないものもある。
おむすび山の形をしたカスタネット(撮影/Fizm加藤真由)
コーヒー関連のグッズも多い(撮影/Fizm加藤真由)
「これも面白いんですよ」と見せてくれたのは「FUJITA」のロゴが刺繍で入った布製のバッグ。
「この辺りに看板も出ていないけど、すごい刺繍屋さんがあるんです。ずっとおばあちゃんが一人で足踏みミシンで刺繍していて、30~40年ずっと丸亀の小中高校の体操服の名前などを刺繍してきた方で、丸亀市民1万人以上が知らないうちにお世話になっている方なんです。刺繍マシンより手が早いので、一人で毎年、1000人以上分の苗字などを縫ってらっしゃる」
ご近所の刺繍屋さんに縫ってもらった布製バッグ(撮影/Fizm加藤真由)
そんな風に、藤田さんが「面白い、すごい」と思った人に依頼をして新しい商品をつくる。友人の出産祝いにつくった木製の歯がためなどの木工製品は、香川の「讃岐おもちゃ美術館」などでも販売されている。
コーヒーと本は人とつながるツールになる
地域で出会ったものを商品にするという発想は、藤田さんが東京にいたころに働いていた「シュウヘンカ」で学んだことだった。シュウヘンカとは、国分寺で「つくし文具店」を営んできたプランナー萩原修さんの会社で、西東京を中心にさまざまなコミュニティスペースの企画運営を行っていた。
当時、藤田さんは武蔵野美術大学で建築を学びながら、地域づくりや、まちの拠点の運営に関心があり、萩原さんの営む国立本店(くにたちほんてん)というコミュニティスペースに出合う。
その後、数年間はシュウヘンカで働きながら、自身もコミュニティスペースの立ち上げや運営に携わってきた。
「この時に学んだことがたくさんあります。場の自由度を高くすると大人同士でも揉め事が起こるし、ルールを厳しくしすぎると楽しくないし。
何より、ここでコーヒーをふるまう機会をもらったことで、本とコーヒーが人と人をつなぐきっかけになることを知りました」
ほかにも自転車にリヤカーをつないで各地でコーヒーをふるまう自主活動や、軽トラの荷台に小屋を建てて各地へ出向く「ポイトラ」という活動を友人たちと行ったり。こうした体験が、ふじたしょうてんやシェア型本屋の構想につながっていく。
ポイトラの活動写真。藤田さんのポートフォリオより(撮影/Fizm加藤真由)
まちを見る解像度が変わると、つながる相手も変わる
10年以上にわたりコーヒーについて勉強し続けているという藤田さん。豆もこだわって仕入れる。
「はじめは、ふじたしょうてんではコーヒーは売り物ではなくて、店で買い物してくれた方にサービスで提供しようと思っていたんです。わざわざここまで来てくださったお客さんとゆっくり話したかったので」
ドリッパーや珈琲グッズにも並々ならぬこだわりが(撮影/Fizm加藤真由)
だが藤田さんがこの店を始めたのは2020年の春、コロナ禍真っ只中だった。遠方からの客は期待できない。そこで、ご近所さんが何度も来やすいようにと片手鍋でコーヒー豆を焙煎し、販売を始めたのだという。すると、予想外のことが起こり始める。
「東京にいたころから香川に帰省するたびにいろんな方に会いに行っていたので、香川の面白い人とはもうつながり尽くしたかなと思っていたんです。でも店を始めてみると、この地域にもまだまだ面白い人がたくさんいることがわかってきて。都会の有名な焼肉店で腕を振るっていた人や、家業の民宿を継ぐために全国に店を持つホテルグループで修行されていた方とか、少年院の法務教官なんて方もいらして」
地域に対する距離感が変わると、地域の見え方が変わった。これまでとはまた違った解像度で、地域の人たちに出会うことができた。
「いまは遠方から来られるコーヒー好きのお客さんも多くて、僕もしゃべりたいし相手も話したいしで滞在時間が1時間から1時間半と、結構長くなります」
それでも、店主とじっくり話すことができたら、お客さんの満足度は高いのではないだろうか。いま藤田さんの仕事のなかで、コーヒーの淹れ方講座や研修など、コーヒー関係の仕事も多い。
「コーヒーの味は、豆7割、焙煎2割、抽出1割で決まると言われていますが、僕はそれぞれの要素が掛け算になると思っているんです。いい豆を使っても抽出がだめだと美味しくないし、同じ豆でも、焙煎、抽出でいくらでも味が変わります。たとえば、レモンティーのようなフレーバーの、軽い飲み心地のコーヒーを淹れるので、飲んでみませんか?」
ぜひとお願いすると、まさに見た目もレモンティーのようなコーヒーを淹れてくれた。
ふわっと爽やかに香り、飲み心地がさっぱりしている。初めて飲むコーヒーの味だった(撮影/Fizm加藤真由)
地域の人に出会うための書店ならぬ、書店街。シェア型本屋への挑戦
その藤田さんが2023年に新たに始めたのが、地域の人たちと共にシェアする本屋「城南書店街」だ。
「始めた理由はいくつかありますが、多くの人にこの地域に来てもらいたいと思ったとき、ふじたしょうてんだけではなくて、2つ以上面白そうな場所があれば、遠くからでも遊びに来てくれるんじゃないかなと思ったんです。また、ふじたしょうてんではつくり手が見えるモノを扱っていますが、本屋のほうは、“人”とつながるきっかけをつくれたらいいなと」
城南書店街の入り口外から中をのぞきこんだときの様子(撮影/Fizm加藤真由)
2023年の5月からクラウドファンディングを始めたところ、132人から1,639,611円が集まった。ここで“ショーテンシュ”と呼ばれる書店の棚主を募集。46名が集まった。8月には、無事に店をオープン。
城南書店街へさっそく移動する。ふじたしょうてんから自転車で2分、歩いても10分ほどのヴィンテージビルの1階にある。
ただの「書店」ではなく「書店街」をイメージした店内は、壁一面に本棚。
壁一面の本棚。店主ごとに棚がある(撮影/Fizm加藤真由)
室内の反対側にはコーヒースペース。ここにもこだわりのコーヒーメーカーが設置してあった(撮影/Fizm加藤真由)
本を買ってくれたお客さんには、コーヒー1杯が無料でサービスされる。日替わりの売店や、コミュニティスペースにもなる。
いま棚主は、15~69歳の55名。職業も実に幅広い。建築家に便利屋、編集者、郵便局の職員、司法書士、理学療法士、自転車屋、Vtuberの書店員、教員、うどん屋さん、高校生、不動産屋、小説家、タクシードライバー……。そう聞くだけで面白そうだ。どんな場所に暮らしていても、それほどいろんな職業の人たちと知り合う機会は滅多にないだろう。
「入っていただく前に僕が一人一人と面談するようにしています。漠然と何かしたいと思っている方が多いですね。仕事が変わるタイミングとか、人生の過渡期にある人もいるし、出会いを求めている人、場づくりを勉強したい人。学校関係者とか」
それを反映するように、本棚のテーマもさまざまだ。小説家自身が手がけた本を並べている棚もあれば、餅屋兼食堂を営む人が「本読む餅屋」と命名した本棚も。
「たとえば、この餅屋さんは近所で有名なうどん屋さんでもあるのですが、この棚から本を買った人にうどん屋さんにもぜひ行ってみてくださいと紹介したら、その人がうどん屋さんのお客さんとして来てくれる。そんな出会い方が街のなかで増えたら面白いんじゃないかと思うんです」
各本棚には、店主、ショーテンシュの自己紹介カードがついている(撮影/Fizm加藤真由)
加盟できるコースは2つあり、3カ月に一度店番を担う月額2500円のコースと、店番はしなくていい3800円のコース。加えて、3%ちょっとのシステム利用料がかかる。
それとは別に、本が一冊売れるごとに100円を店に入れてもらうが、その分はコーヒーの豆代に充填される。
コーヒー1杯170円の原価がかかっていて、藤田さんの儲けにはならない。ただやはりコミュニケーションツールとして“美味しいコーヒー”は欠かせないと思っている。
「何とか生きていければいい」
藤田さんのやっていることは、まちに風穴を開けるような行為かもしれない。人と人の関係が新たにできたり、シャッフルされたり、ほぐされたりして、風通しがよくなっていく。
そのほとんどが、藤田さんの「楽しそうだから」で成り立っている。
どれが主に生計になっているんですか?と尋ねると、「ねぇ、一体どうやって生きてるんでしょうねぇ」と呑気な答えが返ってきた。
「ふじたしょうてんは実家の庭ですし、コストがかからないんですよね。焙煎した豆の販売と、店の売上と。あとはコーヒーを淹れる研修や講座なんかで呼んでいただく機会も多くて。城南書店街のほうは家賃がかかりますが、赤が出ないようにはしています。儲けは多くないですが、何とか死なない程度にやれればいいかなと思ってるんですよね」
城南書店街の入る雑居ビルの向かいにはお洒落な洋服屋も(撮影/Fizm加藤真由)
今年に入ってから城南書店街では、ゲストを招いてのトークイベントなども次々に行われている。この4月からはFMラジオ(西日本放送ラジオ)で隔週月曜に、城南書店街のコーナーも始まった。店主さんたちと一緒にイベント企画なども行っていきたいという。
地域のつくり手を知ってもらうためのプロダクトを紹介する店「ふじたしょうてん」と、地域の面白い人たちを知ってもらうための「城南書店街」。
2店舗こうした店があることで、近くに暮らす人同士が知り合うきっかけにもなり、文化の発信地になり、そして訪れる人たちのほっとできる憩いの場所にもなっていくのだろう。
人と人の小さな出会いが積み重なる場所があれば、生活圏はより豊かになっていく。
城南書店街の入る雑居ビルの向かいにはお洒落な洋服屋も(撮影/Fizm加藤真由)
●取材協力
ふじたしょうてん
城南書店街
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