自社物件の孤独死で社会的孤独の課題を痛感。賃貸空室の無料貸出など居住支援活動を大家に広める活動も 岡野不動産合同会社
大学の博士課程で学生として「空き家と居住支援」について研究をしている岡野傑(おかの・すぐる)さんは、アパートやマンション、倉庫を所有するオーナーでもあります。その研究から、高齢者や外国人、低所得者など住まいの確保に配慮が必要な人たちへの支援の必要性を感じ、所有する物件を無料で貸し出すこともあるそうです。ただ、そのようなボランティア的な精神で続けているだけでは世の中にムーブメントは起きないと、同じ志の大家さんを集めるための啓蒙活動も行っているとのこと。
岡野さんがなぜ大家として配慮が必要な人たちの支援に携わるようになったのか、その活動と志についてお話を聞きました。
収益のために始めた大家業。孤独死が発生したことが転機に
岡野さんが初めて大家になったのは2010年のこと。当時はまだ企業に勤めており、自身の成長のためにFP(ファイナンシャルプランナー)の資格を取得しました。ある日、参加しているFPサークルで、財務省が国有地を売却するという話を聞きます。大家をしている友人の影響もあり、貸家業に興味を持った岡野さんは、自己資金で格安の土地と建物を購入。自分でリフォームしながら貸し出し、大家としての第一歩を踏み出したのでした。
転機は、所有物件が100室を超えるくらいまで大家業が軌道に乗ってきたころです。岡野さんは44歳で会社を退職し、専業大家となりました。さらにその翌年から三重大学大学院地域イノベーション学研究科博士前期課程に入学することに。大家として今後の収益を確保していくため「空き家問題」の研究を始めていました。ところが入学してすぐ、岡野さんが貸している物件で立て続けに2件の孤独死が発生したそうです。うち1件は死後1カ月以上も発見されなかったため、片付けに入った岡野さんはゴミ屋敷のようになった部屋や強烈な臭いに衝撃を受けました。
岡野さんの所有するアパートで孤独死が発生したときの部屋の中。孤独死の現場は想像を絶するもので、岡野さんの関心は「空き家」から「住まいに困っている人」へと移っていった(画像提供/岡野さん)
「社会的孤立という現実を目の当たりにして、関心が『空き家』から『人』へと移りました。社会には困っている人が大勢いるということを認識したのは、この時からです。さらに福祉関係の仕事をしている同じ社会人のゼミ生から、精神障がいのある人を支援する中で家を探したところ、全ての物件で入居を断られてしまったという話を聞きました。ゼミ生は、その人のために自ら中古住宅を購入して大家になったそうです。
私はそれまで収益を上げることを目的として大家業をやっていたので、大きな刺激を受けました。そこから『空き家問題』と『住宅に困っている人の問題』を組み合わせた問題解決が、私のライフワークとなったのです」(岡野さん、以下同)
空室を「無料」で貸し出し。論文として発表することで、問題提起も
岡野さんが入った大学院の指導教官は、資源循環やごみ問題などを研究しており、フードロスやフードバンクなどの事例を授業で扱っていました。フードバンクを実際に見てみようと思った岡野さんは、三重県にあるフードバンクを見学した際に、フードバンクと一緒に活動していた市民団体から話を聞くことになります。
当時、その市民団体の事務所はワンルーム。支援のための食料がいっぱいでスペースがないほどでしたが、どこにも行き場のない外国人がそこで寝泊りしたり、付近の川に入って魚を取って生活しているなど、外国人の悲惨な状況を知ることになりました。
「そこで『タダでうちのアパートの空室を1部屋使ってみてください』と提案してみたのです。空室は放っておいてもタダで、貸さなくても収益は0円。物件数100戸程度にまで事業が成長すれば、その1%=1戸を無料で貸し出しても収益に大きな影響はありません。もともと空き家問題の関心から大学院に入ったので、自分の空き家活用の研究にもなると考えました。
市民団体は最初は遠慮されていましたが、いざ借りてもらうと住まいが必要な人が何人も出てきて大助かりだったということでした。さらに食料支援や生活支援の活動から、住居という支援ができるようになって外国人を助けられる幅が広がった、という言葉をもらいました」
岡野さんが行った空き家の無料貸し出しの仕組み。住居の提供は大家である岡野さんが行い、それ以外の生活支援を市民団体が行った(画像提供/岡野さん)
岡野さんはこの取り組みを論文「民間大家による住宅確保要配慮者に対する家賃無料住宅についての考察」として発表。不動産投資メディアなどでも紹介され、多くの人が知ることになったわけです。
「事業が成長してこそできる」岡野さん流、住まいに困っている人への関わり方
これらの経験を経ながら大家業を始めて13年以上が経ちました。現在、岡野さんが大家として注力している活動は3つあります。
「ひとつは『住まい探しに困っている人の入居申込を断らない』こと。人が暮らしていくには最低限、家が必要です。家賃債務保証会社の審査を通ることが前提ではありますが、基本的に入居を希望する人を断りません。
2つ目は引き続き市民団体と協力し、空室を緊急で住むところを必要とする人のためのシェルターとして活用してもらうこと。現在、私の所有する物件215室のうち、アパートの4室を提供しています。特に外国人は見知らぬ土地で頼る人もいないうえ、ここ三重県では工場で働いている非正規労働者が多く、会社都合で短期に職を失うことも日常茶飯事です。言葉の壁や必要な手続きがわからず、十分な社会保障も受けられていないので、住まいの確保ができません。かなり危機的状況にあるといえるでしょう。
そして3つ目として、高齢者の多い物件で交流会を実施して、住民同士のつながりをつくっています。同じ敷地内に住んでいるにもかかわらず、住人間の関係は希薄でした。時にそれは孤立を生み、孤独死にもつながります。そこで住民同士が仲良く話し合えるきっかけを提供することで、自分たちで協力しあってお隣同士で助け合う関係をつくろうとしています」
定期的に入居者同士の交流会を開催。交流を持つことで入居者の孤立を防ぎ、孤独死や近隣とのトラブル防止にもなる(画像提供/岡野さん)
住まいに困る人の受け入れは「不安」「リスク」よりも「メリット」が大きい
当然ながら、高齢者や外国人など、入居に配慮が必要な人たちに物件を貸し出すには、家賃滞納や孤独死など、大家にとってのリスクも考えなくてはなりません。しかし、岡野さんは自身の事業を「住宅セーフティネット業」と位置づけ、困っている人を助けることが仕事だと考えています。このように考えられるようになったのは、所有物件が100戸を超えたころから。収入的にも時間的にも余裕を持てるようになったことも大きいといいます。
「大家は、入居する人たちが暮らし続けるためにしっかりと修繕を行い、税金を払い、金融機関に借りたお金を返済していかなくてはなりません。そうやって成長することで、さらに多くの住まいを求める人たちを受け入れられるのです」
加えて、住まいに困っている人を受け入れることは、社会的な意義だけではなく、オーナーとしての利益につながるとも。
「三重県では空き家率が20%を超える地域もあり、今後も人口減少や新築アパートの増加を考えると賃貸業を継続していくのも難しくなる一方です。ところが、私の所有する物件では入居する人の約20%がいわゆる『住宅確保要配慮者』といわれる住まいに困っている人たち。積極的に受け入れることで、入居率はほぼ95%を維持しており、リスクを考慮しても空室にするより貸し出す方がメリットは大きいと考えています。
さらに物件周辺の整備を含めた地域貢献は、結果的に『入居率が上がり、業績が良くなる』ことにつながり、『融資を受けやすくなって物件を増やすことができる』という好循環をもたらします。そして何よりも、住まいに困っている人たちに住居を提供して社会問題に取り組むことで、社会に役立っているという幸福感を得られるのです」
「空室にしておくなら無料で貸しても収益は変わらない。市民団体にシェルターとして貸し出すことで銀行の非財務項目評価がアップして融資に有利に働くこともある。何より、社会に役立っているという幸福感を得られる」と岡野さんはいう(画像提供/岡野さん)
目指すのは江戸時代の大家さんと店子(たなこ)の関係。同志を増やすための活動も
しかし、岡野さんが行っているような居住支援の活動に興味を持つオーナーは、10人に1人いれば良い方だといいます。
「支援の輪を広げていくためには、社会貢献に興味がないオーナーに『収益アップ』『空室の減少』『空室が少ないことで高く売れる』といったメリットを強調する必要があると思います。そして、管理や滞納などトラブルのデメリットを克服できる方法があることを伝えるべきでしょう」
実際に岡野さんが気をつけていることは「管理をしっかりと行って問題を減らす」ことです。例えば、ゴミの分別がわからない外国人入居者のために日本語と母国語でゴミの出し方を貼り付け、分別できていない入居者を特定できる場合は、直接指導もするのだそう。頻繁に物件に通い、清掃をして入居者に挨拶したり、道路の草を刈ってゴミ拾いをしたりして入居者との間に関係をつくりあげると、トラブルが減り、何かあったときにも対応しやすくなると岡野さんは実感しています。
「私が参考にしているのは、江戸時代の大家さんです。喧嘩の仲裁や仕事や結婚の斡旋など、昔の大家さんは入居者と深く関わり合っていました。現代は業務の細分化や効率化が進み、管理会社に任せっきりなど、経営もドライになりがちです。しかし大家が直接働きかけることで、入居者に寄り添った経営ができると考えています」
週に2回、自ら建物の周りを清掃して、道路のゴミを拾い、入居者に挨拶をする。大家が直接働きかけることで入居者との距離が縮まり、建物や周辺環境が整えば入居が増えるという好循環に(画像/PIXTA)
さらに岡野さんのライフワークは、同じような考えを持った大家仲間を増やしていくことにも及びます。敷地内で実施する交流会やパーティーに大家仲間やその家族を呼び、自分の活動を見てもらったり、講演会に呼ばれれば話をしにいくとのこと。これから貸家業をやってみたいと考えている人には、決算対策や運営方法などについて無料で相談に乗ることもあるのだそうです。
海外の大学で発表をしたときの様子。講演会に呼ばれると、岡野さんは時間の許す限り話をしにいくという(画像提供/岡野さん)
いずれの取り組みも「困っている人に住まいを提供するかどうか、最終的に決められるのは物件を持っている『大家』であって、その母数を増やすためにアプローチすることが居住支援の取り組みを広げる近道」だとの思いから。
「私はきっかけをつくるだけ。こういう世界もあるよ、と全国の大家さんの世界を広げることができればいいと考えています」
岡野さんは「今は、賃貸運営で収益を得るよりも『大家さん、ありがとう』の言葉が嬉しい、住まいがなくて困っている人の役に立てることが喜び」だと言います。しかし、岡野さんのように、居住支援を継続できる状態まで、事業を成長させることは、簡単ではありません。そのためには「まずはきちんと貸家業を軌道に乗せ、入口の動機は収益であっても、このような取り組みが必要なことを知ってもらうことが大事」だという岡野さんの考えが、全国の大家さんにも届くことを願います。
●取材協力
岡野不動産合同会社 代表社員 岡野 傑さん
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