ダーウィンも挑んだニッチの謎… 生き物が野外で生き抜くための進化と知恵

ダーウィンも挑んだニッチの謎… 生き物が野外で生き抜くための進化と知恵

 突然だが、生き物の住処について考えたことはあるだろうか? 魚がどこに住んでいるのか尋ねられたら海や川、虫はどこに多く生息しているのか尋ねられたら草木の生えた場所など、大多数の人が当たり前のように答えることができるだろう。

 しかし、その当たり前の「居場所」を実際に自然界で生き残り勝ち取るには、さまざまな試練を乗り越える必要がある。大崎直太氏の著書『生き物の「居場所」はどう決まるか 攻める、逃げる、生き残るためのすごい知恵』(中央公論新社)では、さまざまな生き物を参考に、生き残るための巧妙な知恵や進化、生態などについて詳しく紹介している。

 ”ニッチ”という言葉を聞いたことがあるだろうか。最近ではビジネスの世界でよく使われていて、専門的で小規模の市場や、新しい販路を開発するなどして生み出された産業など、大企業が進出していない隙間産業のことを「ニッチ市場」という。この”ニッチ”は生物学の世界でも使われている。

「全世界に1000万種以上いると推定されている生き物のそれぞれの種の『居場所』を指す言葉である」(同書より)

 チーターは草原にしか棲めず、モンシロチョウはキャベツ畑を飛ぶ。生き物の居場所は決まっているのだ。大崎氏は「たとえば、天然ウナギのニッチといえば、河口近くのテトラポッドや石垣の隙間などで、この地球上の広い世界のほんの狭い場所に限定されている」と説明する。

 昔のキリスト教世界の人々は、それを神の定めた「居場所」と考えており、各生き物は神の定めた「居場所」で神の作った秩序に従って生きていると信じていた。

 しかし1859年に、イギリスのダーウィンが異論を唱える。”生き物は己の「居場所」を競争によって獲得している”と考えたのだ。生き物が利用できる資源は限られているので、資源を巡って競争があり、資源をより効率的に利用できる個体の子孫が繁栄している。これが生存競争であり自然淘汰である――。

 この考えは、実際に数理モデルや室内実験によって鮮やかに証明され、ニッチの厳密な定義も生物的要因・科学的要因・物理的要因の組み合わせで説明されるようになったという。しかし時は流れ、20世紀の後半には新たな説が提起されることとなった。

「現在、ニッチは天敵からの被害を最小限に抑えることのできる『天敵不在空間』であると考えられている」(同書より)

 野外生態学者から、天敵や自然災害によるかく乱などによって野外の生き物の密度は低く抑えられているので、”餌資源や住処を巡っての競争は存在しないのではないか”との説が提起されたのだ。

 ニッチが受け入れられる生き物の数には限度があり、その限度を”環境収容力”という。同じ種の生き物が増殖して、環境収容力に達すると競争が起こる。そしてより環境に適した個体が勝ち残り、その子孫が繁栄する。環境に順応できなかった個体は死に絶え、子孫を残せない。この競争を生存競争と呼び、その結果に引き起こされる減少が自然淘汰で、進化の最大の要因だと、ダーウィンは考えたそうだ。

 だが実際の生き物の反応は単純なものではなかった。生き物は高密度になると産卵数を減らして密度調整をする。しかも、相変異といって、低密度のときには短い翅を持って定住的だった昆虫が、高密度になると長い翅を持ち、窮屈なニッチから飛び出して別の場所に移っていったというのだ。産卵数を調整したり翅を進化させたり、生き物はとても神秘的で不思議だと感じる内容だ。

 実際の自然界には競争は存在しないのではないか、という考えを見ていくのも面白い。始めは1960年に、野外生態学者の立場から投げかけられた証拠を伴わぬ疑問だった。5ページにも満たない、論文というよりはエッセイというほうが妥当ではないかという推論を重ねた内容で、”草食動物と植食性昆虫にとって、餌となる植物は捕食者の数を制御する要因とはなりえない””その結果、植食者には餌を巡っての競争も存在しない”とあったそうだ。

「自然界は緑に溢れていて、緑の植物を利用している生き物の間に、植物を巡って競争があるとは思えない」(同書より)

 今現在も資源不足の問題を除けば、植物を主食としている生き物が多数いるにもかかわらず、自然界には緑が溢れているように見受けられるので納得がいくように思う。

 さらに1970年代になると、「実際の自然界では、植物を利用する生き物だけでなく、他の資源を利用する生き物にも競争はないのではないか」という考えが広がっていったというのだ。

 このほかにも同書では歴史を交えながら、「天敵不在空間」「繁殖干渉という競争」など、6章に分けて生き物の知恵や生態について詳しく説明している。生き物の競争や”ニッチ”の概念に対するさまざまな研究の歴史的経緯、「種」などについて興味のある人はぜひ読んでみてほしい。

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