荒川弘『黄泉のツガイ』に飲み込まれる!
秋はマンガ大賞が始まる季節だ。まずは私を含む11人の実行委員が、マンガ好きの友達にそれぞれ声をかける。参加条件は「自腹で読むこと」と「推薦作には必ずコメントを寄せること」で、毎年100名前後を選考員として登録する。
一次選考は元日に始まる。実行委員は自宅や帰省先で、除夜の鐘を聞きながら準備に勤しむ。選考対象は前年に出版されたコミックの内、最大巻数が8巻までの作品(電子書籍も含む)。選考員はその中から「いま、誰かに薦めたい!」と思った5作を選出し、その集計結果から得票数10位までの作品が二次選考へノミネートされる。選考員はノミネート作をすべて読んだ上で3作を選び、一番得票の多かった作品が、その年のマンガ大賞に決定される。
選考結果は春に発表する。今年は桜が咲き始めた4/2に、マンガ大賞2024授賞式を行った。例年は3月中旬から下旬に開催していたが、17回目となる今年は会場の都合により、初めての4月開催となった。
さてマンガ大賞2024受賞作をご紹介したいところだが、今年は泥ノ田犬彦氏の『君と宇宙を歩くために』(講談社)が選出された。以前、当コーナーで取り上げた作品である。だから今年は次点の作品を取り上げたい。荒川弘氏の『黄泉のツガイ』だ。
とある山奥。下界から閉ざされた村で育ったユルは、狩りを得意としている。彼の双子の妹・アサは「大事なお務め」のため、牢の中でしか暮らせない。両親は二人を置いて村を出た。その理由はわからないものの、アサを大事に思うユルは毎日牢へと通い、猟や村の様子を話して聞かせる。そんなある日、村に突然響いた爆音とともに、謎の襲撃が始まって──。
著者は『鋼の錬金術師』(スクウェア・エニックス)や、マンガ大賞2012受賞作『銀の匙』(小学館)で知られている。また農業高校を卒業後、実家の農家で働いた経験をもとに描いたエッセイコミック『百姓貴族』(新書館)は昨年アニメ化され、今秋には第二期が放送予定。本作は『鋼~』と同じく『月刊ガンガン』での連載で、11年ぶりとなる古巣への帰還ということもあり、連載当初から話題をさらっていた。
ヘリコプターや銃にくわえて、正体不明の力による圧倒的な殺戮に、村人たちはなすすべもない。ユルは弓を片手にアサがいる牢へと走るが、そこで目にしたのは血まみれで倒れた妹と、自らを「アサ」と名乗り、ユルを「兄様」と呼ぶ眼帯の少女だった。
初回に提示される数々の謎と設定、シリアスな展開と早さには、飲み込まれるような心地がした。その後、徐々に作品世界が判明していくものの、情報量の多さと目まぐるしさに、一度は2巻で読む手を止めた。
だが今年、本作はマンガ大賞2024二次選考にノミネートされた。読むしかない。そうして冒頭から対象巻数までを一気読みしたところ、見え方が変わり、面白さが増した。新たに登場するキャラクターの造形も、合間に挟まれるコメディも、著者の持ち味が存分に発揮されている。ページを括る手が止まらない。選考員たちの「いま薦めたい!」という気持ちが、確かに届いた瞬間だった。
(田中香織)
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