子どもだったの頃の気持ちが蘇る〜辻村深月『あなたの言葉を』

 辻村深月氏が、「毎日小学生新聞」で連載していたエッセイである。辻村さんの小説は好きだけど、小学生向けのエッセイは読まなくてもいいんじゃないか。そんな気持ちが一瞬よぎったのだが、読むことにしてよかった。子どもだった時のことを、いろいろ思い出させてくれる一冊だった。心の底の方に沈んで濁っていた部分が、少し透明になったような気持ちになった。

 最初の章で著者が触れるのは、自身のベストセラー小説『かがみの孤城』(ポプラ社)のある場面についての思いだ。主人公の女の子が、「雨の匂いがする」と口にしたところ、クラスメートたちに真似をされて笑われてしまい、言わなければよかったと後悔するというエピソードである。なぜからかわれたかと言えば、それが「かっこいい、すてきな言い回し」と思われてしまったからだ。笑った子たちは、「自分の言葉」を持っている主人公が怖かったのではないかと、同じ経験があると言う著者は書く。思ったことを口にすることは悪いことでもなんでもない。それはわかっているのだけれど、笑われたくはない。著者は、友だちの前では出せなかった気持ちをノートに書くことで、「『自分の言葉』の成長」を止めずにすんだと言う。

 本屋で働いていて、時々思うことがある。ベストセラーになる小説の主人公は、人と違う感性を持っていたり、風変わりな行動をしたり、多くの人が思っていても口を閉ざしていることをバシッと言うことが多い。

「主人公の気持ちがよくわかります」
「私も同じです」
「ちゃんと言ってくれてすっきりしました」

 本が売れるとそんな感想も多数聞こえてくるのに、実際の世の中では、人と違うことって相変わらず歓迎されていないのではないだろうか。変わった人は生きづらいし、勇気を持って何か発言しても揶揄されたり否定されたりされる。主人公の気持ちがわかる人がこんなにいるのに、どうしてなのだろう。

「自分の言葉」を持っているのに、笑われたり変な人と思われるのが嫌でのみこんでしまう。それは、子どもも大人も一緒なのではないかと思う。小説には、世の中を大きく変える力はないのかもしれない。だけど、心の中に生まれた言葉は消えるわけではない。読んだ人に「自分の言葉」を育てる力をくれるのではないだろうか。育った言葉は、小さな勇気になって、時間はかかってもきっと何かを変えていく。理想論かもしれないけれど、私はそう思いたい。

「自分の言葉」を内側で成長させてきた著者は、大人になって小説家になった。そして、いまたくさんの子どもや大人が、「自分の言葉」を持つ手伝いをしてくれている。私も、辻村氏の小説に助けられている一人だ。『かがみの孤城』や『この夏の星を見る』(KADOKAWA)を読んで「自分はどういう大人でいたいのか」ということを考えさせられた。まっすぐで温かく、嘘のない言葉がたくさん詰まったこのエッセイに、かつて子どもだった大人として、たくさんの「言葉」をもらった。小学生の時に出会いたかったけれど、大人になったからこそ愛しいと思える一冊である。

(高頭佐和子)

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