【「本屋大賞2024」候補作紹介】『存在のすべてを』――二児同時誘拐事件から30年。明かされた真実にあったのは「本物の愛」

【「本屋大賞2024」候補作紹介】『存在のすべてを』――二児同時誘拐事件から30年。明かされた真実にあったのは「本物の愛」

 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2024」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、塩田武士(しおた・たけし)著『存在のすべてを』です。
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 『罪の声』が「2017年本屋大賞」、『騙し絵の牙』が「2018年本屋大賞」にともにノミネートされたことがある塩田武士氏。今回三度目のノミネートとなる『存在のすべてを』では、読者は序盤からそのスリリングな展開にのめり込むことになるでしょう。

 1991年(平成3年)、厚木と山手という神奈川県下の別々の場所で二人の子どもが誘拐される「二児同時誘拐事件」が発生。一人は無事に保護されますが、もう一人の子ども、当時4歳だった男の子・亮は、警察の判断ミスや不運が重なり犯人を取り逃してしまい、見つからぬまま行方不明となってしまいます。

 それから三年後のある日、祖父母のもとに突如戻ってきた亮。しかし亮が空白の三年間についていっさい口にすることはありませんでした。時は流れ、三十年後。この誘拐事件を担当していた刑事・中澤が亡くなったことをきっかけに、中澤と旧知の仲だった記者の門田は、亮が現在、「如月脩」という名前の気鋭の画家として注目を集めていることを知ります。真実を知りたい一心で再び取材を重ねた門田は、ついにある写実画家の存在に行き当たることに――。

 「子どもが誘拐され身代金を要求される」というのは、ドラマや小説で昔からよくあるミステリーの王道設定です。しかし、同書は「二人の児童が同時に誘拐される」というのが斬新なところ。これは最初の事件を囮にして捜査員を集中させ、体制が脆弱になった隙をついて第二の事件の被害者から金を奪うという犯人側の作戦でした。警察側と犯人側の攻防は読んでいて手に汗握るものがあり、これだけでもひとつのミステリーとして成立しそうですが、同書においては単なるつかみでしかないところがなんとも贅沢です。

 では同書の肝となるのはどこかと言えば、それは「空白の三年間」。亮はいったいどこでどのように暮らしていたのか、そして祖父母のもとに戻ったあともなぜその間のことを話さなかったのか。これに尽きるのではないでしょうか。そこにはまさに自身の「存在のすべて」をかけて大切な者を守ろうとする人々の姿があり、彼らの逃避行の間にあった苦しみや幸せを思うと、その壮絶な物語に自然と涙がこぼれてしまいます。

 作中、何度か登場するのが松本清張の作品名。同書はその現代版ともいえるような、重厚な人間ドラマが根底にある長編ミステリーとなっています。三十年という年月の間に隠された物語の真相を、ぜひ皆さんも読んで見届けてください。

[文・鷺ノ宮やよい]

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