【「本屋大賞2024」候補作紹介】『君が手にするはずだった黄金について』――承認欲求に囚われた人々の虚実を描いた短編集
BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2024」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、小川 哲(おがわ・さとし)著『君が手にするはずだった黄金について』です。
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昨年は『君のクイズ』で「本屋大賞2023」にノミネートされた小川 哲氏。直木賞受賞後の第一作として出したのが『君が手にするはずだった黄金について』です。
クイズプレーヤーの頭脳戦の世界を描き出したミステリー『君のクイズ』から打って変わり、同書はなんとも不思議な読み心地を抱く作品かもしれません。主人公となる「僕」の名前は「小川哲」。東大生の時期があったり、小説家として歩んでいたりと、名前だけでなく経歴も作者と同じ設定になっており、最初は「エッセイの類なのかな?」と思わせられます。しかし実際に読んでみると、これは紛れもなくれっきとした小説。主人公・小川哲が身の回りで遭遇した怪しげな人物たちについて描いた連作短編集になっています。
ここで言う”怪しげな人物たち”とは、いわゆる「承認欲求を渇望する人々」のこと。タイトルにもなっている一作「君が手にするはずだった黄金について」に出てくる「片桐」はまさしくそんなタイプの男性です。片桐は「僕」の高校の同級生。自己評価が異様に高くて口だけ達者で「東大に行って起業する」と豪語していた片桐を、「僕」や周りの同級生は軽蔑の目で見ていました。しかし時を経て、「僕」は片桐が80億円を運用する有名投資家になっていることを知ります。六本木のタワマンに住み、インスタグラムには肉寿司やレクサス、高級な腕時計の写真や有名社長などとのツーショットを投稿しまくっており、どうやらそうとう羽振りの良い暮らしをしているようです。しかしある日、片桐の有料ブログは他からの無断転載ばかりだとして炎上。その後も片桐の嘘がどんどんとネットで暴かれていきます。
いつかかならず破綻するとわかっていながら、金を集めて、集めた金を配っているだけだった片桐。「そんなことをする意味がどこにある?」(同書より)と「僕」は信じられない気持ちになります。自分の未来を削り取ってでも、今の自分をよく見せたかった片桐が欲していたものは何だったのでしょうか。読んでいて、片桐を憐れに思いながらも心の底から笑えないのは、自分の周りにも似たような人がいるから、なんなら自分だってそんな一人かもしれないと思い当たるところがあるからでしょうか。
ほかにもニセの高級ブランド時計を巻く漫画家、どうしてもエントリーシートを完成させることができない就活生、占い依存に陥る女性など、どこかにいそうな人々が次々に出てくる同書。そこにあるのは「本当の自分とは何者なのか」という問いかけです。「僕は小説家なのだろうか。小説家の小川なのだろうか」(同書より)と「僕」自身が自問自答するように、同書を読み終わるころには皆さんもまた自分自身が何者であるかについて考えることになるかもしれません。
[文・鷺ノ宮やよい]
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