独創的なアイデア、謎の展開、青春の葛藤〜松樹凛『射手座の香る夏』

独創的なアイデア、謎の展開、青春の葛藤〜松樹凛『射手座の香る夏』

 第十二回創元SF短編賞を受賞した松樹凛のデビュー短篇集。四作品を収録している。

 巻頭を飾るのは、その受賞作「射手座の香る夏」。SFのアイデアとしては一方に意識転移技術、もう一方に嗅覚言語という、別々のふたつを極とし、そこに土地に古くから伝わる凪狼(カーム・ウルフ)の噂、超臨界地熱発電所の実験的特区となり変わってしまった故郷という背景を組みあわせた、網目の多い作品である。ストーリーを牽引するのは、人工身体に意識を転送していた五人の作業員の身体が、鍵のかかった部屋から盗みだされるという事件の謎だ。エモーショナルな面では、二十年ほど前から不協和音を発している美菜(みな)と紗月(さつき)の友情、現在進行形でもつれている若い李子(りこ)と未來(みらい)の関係、ふた組の葛藤が平行することでテーマが深く打ちだされる。

 なんらかの謎をめぐるミステリー的な物語進行。青春小説的な葛藤のテーマ。この二点は、本書収録のすべての作品に共通する。

「十五までは神のうち」では、医療用の超小型タイムマシンの開発によって、受精前に遡っての出生選択が可能になる。日本では、十五歳になった誕生日に一度だけ、このまま人生を継続するか、それとも元からなかったものにするかを自己決定する制度が施行された。タイムパラドックスが起こるはずの設定だが、そうならないことがこの作品の本質にかかわるひそかな謎として、物語を最後まで運んでいく。

 語り手の三歳上の兄は、自分が生まれなかった選択をした。朗らかで優秀、誰からも好かれる、悩みなどひとつもないようだったのに、なにも前ぶれもなく。ずっとそれが引っかかっていた語り手は、兄の中学時代の先生からの手紙をきっかけに、当時住んでいた懐かしい島を三十年ぶりに訪れる。雰囲気といい展開といい、新海誠作品(とりわけ『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』)を思わせる一篇。

「さよなら、スチールヘッド」では、仮想空間〈アイデス〉で心身に不調をきたした人工知性たちの物語と、現実における苛烈なゾンビ禍のなかのサバイバルとが交互に語られる。両方の世界は物理的には隔絶しているが、それぞれのパートの登場人物の夢で接している。はたして夢みられているのはどちらか? この作品には、リチャード・ブローティガンとJ・D・サリンジャーへのオマージュがちりばめられている。

「影たちのいたところ」はほかの三作品と異なり、科学技術的なガジェットやそれにまつわる説明がなく、登場人物たちは異常な状況を異常なまま受けいれている。紛争地域では身体が影に変わる人間があらわれるようになった。影になると意識は元のままだが、誰かの身体にくっついていないと形がくずれてしまう。若い娘ソフィーは、イタリアの寂れた島で運び屋に出会った。運び屋は海の向こうから他人の影を預かり、平和な国へと連れていく仕事だ。その途中に、排外主義者に襲撃されたらしい。

 この作品では、あらかじめ謎が示されるのではなく、運び屋を助けて冒険するなかでソフィーが違和感を覚え、それが最後になって意外な真相へ逢着する。「潮の匂いを嗅ぐといつも、自分が世界一孤独な女の子だって気分になる」の一節が、作品全体の色調を象徴している。

(牧眞司)

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