マニア心の裏に潜んでいるもの〜村雲菜月『コレクターズ・ハイ』
何かのオタクであることが、否定的にとらえられることの多かった時代を知っている私としては、多くの人がオタ活だの推し活にハマっていることを公言し、好意的にすら受け止めてもらえる今を、生きやすい時代になったと思っている。好きなものを応援し、お金と時間を使い、エネルギーや癒しを得て明日の活力とする……、いいことではないかと思う。一方で、グッズやらチケットやらの入手に一喜一憂し、情報に振り回される状況は、ふと我にかえるとどうしようもなく滑稽に思えることもある。期待の群像新人賞受賞作家によるこの小説は、そんなマニア心の裏に潜んでいるものを、シビアに炙り出す。
主人公の三川は、玩具会社でカプセルトイの企画をしている会社員である。アイディアはあるのだがなかなか企画が通らず、入社3年過ぎても活躍できないままだ。なにゅなにゅという丸くて柔らかなキャラクターのオタクで、グッズは全て手に入れたいと思っている。新商品が発売される日は、そのことで頭がいっぱいになってしまうほどだ。
三川の周りには、別のオタクがいる。髪型について迷ったり悩んだりしたくないという思いから縮毛矯正をしてストレートヘアにしているのだが、いつも施術してくれる美容師・品田は髪オタクだ。つややかになった三川の髪を手で梳きながら、興奮気味な表情を見せる。熱心というか……ちょっと怖くないか?と私は思うが、マニアであるからこその技術を、三川は信頼している。もう一人は、クレーンゲームオタクの男性・森本だ。ゲームは上手いがグッズには興味がない森本に、いつもなにゅなにゅグッズをとってもらっている。最初にグッズをもらった時に、何かお礼をしたいと申し出たところ、森本は「頭を撫でさせてほしい」と言ってきた。何それ、やばいっ!逃げろ!と私は思うが、三川はなにゅなにゅグッズの入手のためにそれを受け入れた。それ以上の何かを求められることもなかったので、グッズをとってもらう代償として頭を撫でさせるという関係が続いている。
キャラクターグッズオタクと、髪オタクと、クレーンゲームオタク。それぞれの執着がうまく循環していると思っていた。が、いくつかの出来事が重なり、過去の記憶もよみがえってきて、その均衡は崩れ始める。部屋を埋めつくすなにゅなにゅグッズに対し、やすらぎとは別の感情が渦巻き始めるのだが……。
登場人物たちは、自分の好きなものには強い執着を持つが、そこに関わっている相手の気持ちを、想像することはしない。それぞれの欲望は暴走していくが、本人だけがそのことに気がつかない。目を背けたくなるような不気味さともの悲しさがあるラストシーンに、息を呑んだ。オタクという自覚のある人はもちろん、何かを強く愛したことのある人には、ぜひ読んでいただきたいと思う。
(高頭佐和子)
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